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第三十三話「冒険者の町」

 ヴェルナーを出発してから十日が経過した。目的地の王都アドリオンまではまだ遠いが、冒険者の町、レマルクに辿り着く事が出来た。レマルクの周囲には大柄の魔物が多く生息しているからか、都市は背の高い城壁で囲まれている。


 馬車をゆっくりと進ませると、二人の衛兵が俺達を制止した。片方は長身で二本の剣を腰に差しており、もう片方はティファニーよりも若干背の高い女性だ。女性が衛兵をしているなんて珍しいな。ヴェルナーにも女性の衛兵が何人か居たが、魔物と交戦する機会が多い門番を任されている事は無かった。


「止まれ! どこから来た!」

「ヴェルナーからです。王都アドリオンに向かっています」

「冒険者か?」

「はい。食料や日用品を購入させて貰いたいのですが……」

「うむ。それでは属性を調べさせて貰う! レマルクは闇属性を持つ人間や召喚獣の立ち入りを禁じているのでな」


 属性を調べる? この町も故郷のレーヴェの様に、体内に闇属性を持つ者を拒絶しているのだろうか。金色の髪を長く伸ばした三十代後半程の男が石版を指差すと、女性の衛兵は怪訝そうな目つきで男性を見た。


「闇属性を秘めていると町には入れないんですか?」

「そうだ! 人間を殺める魔物や犯罪者は大抵闇属性を秘めているからな! 犯罪を未然に防ぐという意味でも、この町には闇属性を持つ者を入れない事にしている!」


 女の衛兵はヴィルヘルムさんとティファニーを見た後、俺の顔と魔装、クレイモアを穴が空くほど見つめた。それからはっとした表情を浮かべると、嬉しそうに俺に近づいてきた。


「もしかして、剣鬼、クラウス・ベルンシュタインさんじゃありませんか?」

「え? 俺の事を知ってるんですか?」

「ええ! たった四人で幻獣のゴブリンロードを仕留めた冒険者さんですよね! 確かアーセナルに所属している! 私、ベルンシュタインさんに憧れているんです!」

「それはどうも……」


 紫色の髪を長く伸ばした、雰囲気の良い女性が俺に握手を求めると、俺は彼女の手を握った。瞬間、俺の体内に雷属性だろうか、僅かに魔力が流れ込んできた。相性が良い相手とは手を握った瞬間に分かるものだ。何だか彼女とは仲良くなれそうな気がする。


 つり目気味の三白眼には紫色の澄んだ瞳が輝いている。ティファニーとはまた違った魅力を感じる女性だ。腰には銀の装飾が施されたレイピアを提げており、全身を白銀のライトメイルで覆っている。頭にはアメジストが中央に嵌っている美しい銀のサークレットを付けており、左手にはタワーシールドを持っている。


「衛兵さん。相談なのですが、私達のパーティーには闇属性を持つ者が居ます。二日程滞在したらすぐに町を出ますから、どうか町で滞在する事を許可してくれませんか?」

「駄目だ! 闇属性を秘める者は、たとえ剣鬼だろうがレマルクに立ち入る事は許可出来ん。即刻立ち去れ!」

「待って下さい、フォルケル衛兵長! 彼はヴェルナーで最もレベルの高い冒険者ですよ。剣鬼としても名が通っている幻獣討伐の英雄です! そんな彼がレマルクに滞在してくれたら、犯罪の予防にもなるのではありませんか?」

「駄目だ! 例外を作る訳にはいかん! 十五歳の天才的剣士だが何だか知らんが、仲間の力を借りて幻獣を倒したぐらいでいい気になりおって! 所詮、闇属性を秘める犯罪者予備軍だろう? ヴェルナーの冒険者ならヴェルナーで活動していれば良いんだ! レマルクは闇属性を持つ者の滞在を認める事は決してない! すぐに立ち去らなければこの場で叩き切るぞ!」


 二本の剣を腰に差したフォルケル衛兵長は、興奮しながら剣の柄を握った。やはりこの町も俺を拒絶するのか。確かに衛兵長の判断は正しい。闇属性を秘める人間が犯罪を起こす確率は非常に高い。危険は未然に回避するのが衛兵としての役目だ。ヴェルナーは例外的に俺を認めてくれたが、レマルクでは俺は歓迎されない存在なのだろう。


「わかりました。それではヴィルヘルムさん、ティファニーと二人で町に入って下さい。俺は近くの森で野営をします」

「それなら、買い物だけ済ませたら俺達も合流するぞ」

「いいえ、久しぶりに町に入れるんですから、宿でゆっくり休んで下さい。俺はこういう扱いは慣れていますから……」

「そうか。それならクラウスの好意に甘えて、二日だけレマルクで休ませて貰うとしよう」

「クラウス。本当に私達だけレマルクに入っていいの?」

「ああ。ティファニーも長旅で疲れたでしょう? 二人でゆっくり休んできてよ。俺は魔物でも狩りながら待ってるからさ……」

「なんだかクラウスに悪い気がするけど、私は町の図書館でエルザちゃんの呪いを解く方法を探してみるね」

「分かったよ。それじゃヴィルヘルムさん、ティファニー。また二日後に……」

「うむ。すまないな」


 俺は二人と別れると、紫色の髪をした衛兵が同情する様に俺の肩に手を置いた。二人が居ない生活なんて何ヶ月ぶりだろうか。思えば出会ってから半年近くも毎日一緒に時を過ごしていたから、二人が居ない時間が妙に寂しい。これから二日間も何をしようか。あまりにも退屈だ。


「フォルケル衛兵長。見回りに行ってきても良いですか?」

「うむ。よかろう」


 女性の衛兵は見回りを申し出ると、楽しそうに目を輝かせながら俺の手を握った。


「良かったら一緒に森に入りませんか? 衛兵は定期的に森に入って魔物が潜んでいないか確認するんです」

「良いですね。丁度する事も無かったので、俺で良かったらお供します」

「それじゃ、森でお昼を一緒に食べましょうか。サンドイッチを作ってきたので、少ないかもしれませんが、二人で食べましょう」

「本当ですか? 新鮮な料理は久しぶりなので嬉しいです」

「私は衛兵のリーゼロッテ・ベーレントです。私、以前からベルンシュタインさんにお会いしたかったんです」

「リーゼロッテさんとお呼びしても良いですか?」

「勿論です、ベルンシュタインさん。さぁ行きましょうか。私、どうも衛兵長の事が好きになれないんです」


 リーゼロッテさんは小声で衛兵長を批判すると、サンドイッチが入った鞄を背負い、ゆっくりと森を歩き始めた。レマルク付近の深い森に入ると、森で狩りを行っている新米冒険者だろうか、十五歳程のパーティーがゴブリンと交戦していた。


 七体のゴブリン相手に三人のパーティーは苦戦しており、男の剣士が一人、女の魔術師が二人で構成されているのにもかかわらず、剣士はゴブリンの攻撃を恐れて攻撃を受け止めないのだ。魔物を恐れて涙を流し、震える手で剣を持ちながら、何とか二人の魔術師の前に立っている。


「た……助けて下さい!」


 あどけなさの残る剣士の顔は恐怖で引きつっており、俺とリーゼロッテさんを見つめて助けを求めた。仲間の魔術師は防御魔法を使用出来ないのか、敵が放つ全ての攻撃を剣士に防御させている。剣士はなんとかゴブリンの攻撃を受けながらも、体には次々と傷が増えている。このままではたちまち命を落とすだろう。


 俺は瞬時にクレイモアを引き抜くと、下半身に力を入れて地面を蹴った。ゴブリンが気味の悪い笑みを浮かべ、ナイフを振り上げた瞬間、俺はクレイモアで敵を真っ二つに切り裂いた。それから三人を守る様にゴブリンの前に立ち、左手をゴブリンに向けて火の魔力を放出した。


「ファイアボルト……」


 なるべく敵を苦しめない様に、敵の心臓に炎の矢を撃ち込むと、六体のゴブリンは次々と命を落とした。ゴブリン相手に苦戦する様では、たった三人で森に入るのは危険すぎる。せめてゴブリン程度の魔物は魔法一発、剣一振りで倒せなければ、防御魔法すら使えない魔術師を二人同時に守る事は難しい。


 パーティーは人数が多ければ多い程、魔物との戦いで有利に戦えるという訳でもない。実力が離れた仲間が居れば守らなければならないし、戦力外の仲間が居るなら尚更、魔物との戦闘は厳しいものになる。三人はお互いを信じて命を任せていないのか、今の陣形では剣士だけが敵の攻撃を受け、魔術師はまともに攻撃魔法すら使用せずに立ちすくんでいるだけだ。


 拙い連携を見ていると、ヴィルヘルムさんとティファニーの偉大さが改めて分かる。ティファニーは魔術師だが、魔物が接近すればナイフを使って敵を切り裂くし、ゴブリン程度の魔物なら敵が武器を抜く前に仕留める事が出来る。ヴィルヘルムさんは仲間を守るためなら積極的に敵の攻撃を受ける。攻防共にそつなくこなす優れた魔術師だ。やはり俺には理想の仲間が居るから安心して命を任せて戦えるのだろう。


「ありがとうございました……」


 剣士が俺の顔も見ずに呟くと、リーゼロッテさんが剣士の頬を叩いた。それから二人の魔術師の頬を更に強く叩くと、鬼の様な形相を浮かべて三人を見つめた。


「全く! 実力以上の相手とは戦うなとあれだけ言ったのに! 一体何をしているんですか? 自分達なら七体の魔物を相手にしても生き延びられるとでも思ったのですか? 最近の冒険者は自分が死なないとでも思っているのかしら。死はすぐ傍にあるんですよ!」

「まぁまぁ、リーゼロッテさん。不意にゴブリンから襲われた可能性もありますし……」

「ベルンシュタインさんは黙っていて下さい! これは衛兵である私の仕事です!」


 三人の冒険者は俺の正体を知るや否や、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


「ベルンシュタインさんって。剣鬼ですよね! 幻獣のゴブリンロードを仕留めたっていう!」

「一ヶ月で五百体のブラックウルフ討伐! もはやベルンシュタインさんは伝説の冒険者ですよ!」

「私達、ベルンシュタインさんのパーティーに憧れているんです! 私達もいつか幻獣を討伐してみせます!」


 幻獣討伐? 一体何の夢を見ているのだろうか? ゴブリンすら狩れずに、たまたま通りかかった他人に助けを求める冒険者が。冒険者は戦う力を持たない市民を守る戦力である。そんな冒険者が魔物との戦闘中に赤の他人に助けを求めるとは、俺達がもし、魔物と戦う力のない一般の市民だったら、たちまちゴブリンに襲われて命を落としてただろう。


「あなた達が助けを求めた相手がゴブリンを仕留める実力がなかったら、ここにはあなた達三人と更に何体かの死体が転がっていたでしょう。適当な相手を見つけたからといって助けを求めて良い訳ではありませんよ!」

「すみません……」

「冒険者は民を守る力! 魔物が怖いなら町から出ない様に!」


 三人の冒険者達はリーゼロッテさんに叱られると、涙を流しながらレマルクに向かって歩き始めた。剣士が率先して攻撃を受けないだけで、あそこまで戦闘が成り立たないとは思わなかった。他人の戦いぶりを見るのも良い勉強になるのかもしれないな。やはり剣士は魔法職を守るために敵の群れに切り込み、最前線で敵の攻撃を受け止めなければならないんだ。


「恥ずかしいところを見せてしまいました。最近は冒険者登録をしたばかりの若い冒険者が無謀な戦闘を行う事もあるので、こうして定期的に森に入っているんです」

「衛兵も大変なんですね」

「全くですよ。市民を守る冒険者を守らなければならないのですから」

「まぁ、考え方を変えれば冒険者も市民ですからね。ですが、自分の命は自分で守るのが基本だと思います」

「そんな基本的な事すら理解していない、勘違いをした冒険者が森で命を落とすと、『衛兵が森に潜む魔物を狩り尽くしていないから』だと、市民から責められるんです。みんな誰かに責任を擦り付けたいんですね。森は魔物の領域。魔物が暮らす場所に人間が立ち入るのですから、命を落としても文句は言えないんです。魔物も生きるために人間を殺すのですから……」

「それはそうですが、俺達みたいに力のある者が、駆け出しの冒険者や市民を守るために奮闘しなければならないのも事実ですよね」

「そうですね。ベルンシュタインさんはやっぱり理想的な冒険者です! 私がずっと憧れていた剣鬼……やっと会えて嬉しいです!」


 俺は他人から憧れる様な事はしていないのだが、リーゼロッテさんは随分俺の事を詳しく知っているみたいだ。確かに、幻獣のゴブリンロードを討伐してから俺達パーティーの知名度は上がった事は事実だ。


「この先に綺麗な湖があるんです。そこでお昼を食べましょうか」

「そうですね」


 ゴブリンの死骸を埋葬してから、俺とリーゼロッテさんは湖を目指して歩き出した……。

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