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第三十話「英雄達の帰還と祝福」

 ヴィルヘルムさんは三年越しの復讐を遂げて感極まっているのか、涙を流しながら俺を見つめて微笑んだ。


「無事だったんだな。クラウス、ティファニー。帰りが遅いから迎えに来たぞ」

「ありがとうございます。だけど、どうしてこの場所がわかったんですか?」

「バラックさんがグロックを問い詰めたらすぐに共犯者を吐いたんだ。グロックはバイエルに雇われていたんだよ。クラウスとティファニーを誘き出せば俺とバラックさんもダンジョンに誘導出来ると思ったのだろう。それでこの十一階層で家族を殺された恨みを晴らすつもりだったんだな」

「盗賊団の家族がクラウスさんとバラックさんに逆恨みですか」

「そういう事だな。まずは俺達を殺してからヴェルナーを襲撃するつもりだったのだろう。愚かな男だ。俺よりも遥かに手強いクラウスを先に罠に嵌めるとは」


 盗賊団、シルバーフォックスのメンバー。アントニウス・バイエルの兄、アウリール・バイエル。一年前に殺された家族の仇を討つために幻獣のゴブリンロードと手を組み、俺とティファニーを十一階層に落としてから、盗賊団討伐作戦に参加していたメンバーを誘き出して仕留めるつもりだったのだろう。


 きっとバイエルは俺とティファニーの戦力を計算していなかった。まさか十一階層まで落ちた俺が復活するなどとは思っていなかったのだろう。もし俺に悪魔の力が無かったら、バイエルとグロックの罠に嵌って命を落としていただろう。今まで何度この悪魔の力、自己再生と魔力強奪に助けられてきただろうか。


 気づけばゴブリンロードに切り裂かれた腹部の傷も完治している。だが、血を大量に流したからだろう、気分は優れない。二ヶ月前までは魔物と戦う力も無かった俺が、仲間と協力して幻獣を討伐出来る様になったのだ。いつかデーモンを追い詰めて復讐を遂げなければならない。だが、まだまだ力不足を感じる。更に高みを目指さなければならないのだ……。


 デーモンも俺と同じ力を持っている。並大抵の攻撃ではデーモンを即死させる事は出来ない。これからもアーセナルの冒険者として魔物討伐を行い、剣と魔法の腕を磨きながらデーモンの行方を探そう。


「ヴェルナーに戻ろうか。帰り道は覚えているんだ」

「案内をお願いします。俺は地下の生活ですっかり疲れ果ててしまいました」

「私も、早く地上に戻りたいわ」

「ティファニーもクラウスもますます強くなったな。これからも俺達三人で活動していこう」


 ヴィルヘルムさんが微笑みながら俺とティファニーの肩に手を置くと、彼の穏やかな魔力が体内に流れた。火照った体を冷ます様な涼しい魔力が心地良い。


「三人共よくやった。私達はヴェルナーに戻ったら英雄扱いされるだろうが、慢心せずにこれからも剣と魔法の技術を追求するのだぞ」

「私が英雄ですか。クラウスとティファニーが居たからゴブリンロードとバイエルを仕留める事が出来ました。賞賛されるべきなのは俺ではなくてクラウスとティファニーです」

「それは違うだろう。ヴィルヘルムがバイエルの正体に気がついたから、クラウスとティファニーの命が尽きる前に合流出来たんだ。ヴィルヘルムの判断力が無かったら、クラウスとティファニーはたった二人でゴブリンロードと無数の魔物、バイエルを相手に戦う事になっていた」

「そうですか……」

「うむ。仲間思いのヴィルヘルムが誰よりも早く、左腕が動かないにもかからわず勇敢に行動をしたから、私はヴィルヘルムの判断に懸けてみようと思ったのだ。これからも二人を守る魔術師として活躍するのだぞ」

「はい。お任せ下さい」



 ゴブリンロードを討伐してから三日後、俺達は遂にヴェルナーに生還する事が出来た。ヴィルヘルムさんとバラックさんがダンジョン攻略を始めてから丁度十日目。アーセナルの職員が王都アドリオンの国家魔術師に救助を要請する直前に到着する事が出来たのだ。


 市民達はギルドマスターの帰還を喜び、ダンジョンの巨大迷路から生還した俺達三人を称賛してくれた。ティファニーの母と妹はすっかり逞しい魔術師へと成長したティファニーを見て驚きながらも、涙を流してティファニーを抱きしめた。


 こんな時に家族と喜びを分かち合えたら良いのだが、俺にはもう戻る家も村もない。それでも俺を信じてくれる仲間達が居るのだから寂しくはない。


「クラウス、寂しいなら俺の事を兄だと思ってくれていいぞ」

「頼れるヴィルヘルムお兄ちゃんですね。もう家族以上の絆を感じていますよ。俺とティファニーを救助するために命懸けでダンジョンに潜ってくれたのですから。こんな仲間はどこにも居ません」

「そうだな。ヴィルヘルムは無謀なところはあるが、クラウスの圧倒的な戦力と、ティファニーの状況判断力があれば、三人はまだまだ強くなれる。といっても、既にヴェルナーで最強のパーティーである事は間違いない! さぁ、ギルドに戻って宴を始めよう! 私はエールが飲みたくて仕方がないんだ」


 バラックさんが豪快に笑いながら俺とヴィルヘルムさんの肩に手を置くと、俺達は顔を見合わせてから今日はとことん飲み明かそうと決めた。


 それから俺達四人はギルドに戻ると、バラックさんの奢りでギルドメンバー全員にエールが振る舞われた。バラックさんとヴィルヘルムさん、それからティファニーが一連の事件の真相を語り、職員も冒険者達もエールを飲みながら静かに話を聞いた。


 ティファニーが一人でファイアゴブリンと戦った話を聞いた時は、俺は心の底から感動した。たった一人で俺を守るために奮闘してくれていた事は知っていたが、まさか、ファイアゴブリンを一撃で仕留められる戦等技術を身に着けていたとは思わなかった。


 ヴィルヘルムさんがゴブリンロードとの戦いを熱く語ると、冒険者達は大いに盛り上がり、俺達四人を称賛した。


「やっぱり剣鬼なら幻獣を倒せると思った! 剣鬼とマスターが組めばどんな敵にも負けないだろう!」

「いや、剣鬼だけではなく、ヴィルヘルムとティファニーも居たから今回の勝利があったのだろう! ヴェルナーで最強の四人が力を合わせたからゴブリンロードと魔物を殲滅出来たんだ!」


 冒険者達はエールを飲みながら今回の事件についての持論を語り合っている。俺がゆっくりとエールを飲んでいると、ティファニーは笑みを浮かべながら俺の隣の席に座った。


「クラウス。私、クラウスを守れるくらい強くなるよ。絶対に国家魔術師になる。父、ベル・ブライトナーを超える魔術師になるの。クラウスを守りながら、私は冒険者として生きる覚悟を決めた。ダンジョンが私を強くしてくれたの」

「ティファニーが居たから俺はこうして生きているんだよ。俺を守ってくれてありがとう。だけど、これからはもっと俺を頼ってくれると嬉しいかな……」

「ええ。お互い力を合わせて最高の冒険者になりましょう。私達は三人でパーティーなのだから!」


 ティファニーが満面の笑みを浮かべると、俺は彼女の美しさに胸が高鳴った。どんな劣悪な状況でも諦める事なく、魔物に挑む事が出来る精神力。生まれ持った魔法の才能もあるだろうが、きっと俺を守り抜くと心に誓った瞬間から、彼女の魔法能力が開花し、同時に冒険者としての強さも身に付けた。


 これからの三人での生活が楽しみで仕方がない。俺はヴィルヘルムさんとティファニーが居ればどこまでも強くなれるだろう。


「そういえばバラックさん。専属契約をしているから月に一度クエストを受けなければならないんですよね。ダンジョン内に居たから、契約から一ヶ月以内にクエストを受けられなかったのですが」

「何を細かい事を言っているんだ。お前達三人は幻獣を仕留め、バイエルのヴェルナー襲撃作戦を未然に防いだんだ。これは駆け出しの冒険者ではありえない手柄! 冒険者生活を十年続けてもこんな偉業を成し遂げる事は出来ないだろう! クエストなんて気が向いた時に受けてくれれば良い」

「これもバラックさんが駆け付けて下さったからです。本当に助かりました」

「うむ。私も久しぶりに興奮した。ゴブリンロードが放った剣の感覚がまだ残っている。あれほど強力な一撃はここ十年は受けた事がなかった……」


 それからバラックさんは思い出したようにギルドの倉庫に入ると、俺達三人を呼んだ。


「以前、レッサーデーモン討伐の報酬として装備を提供すると言っただろう? アーセナル特注のクレイモアと氷の杖、それから風の指環だ。三人の属性を高める効果を持つマジックアイテムだ。新装備を使ってこれからもヴェルナー防衛に協力してくれると助かるよ」


 俺は身の丈ほどの両刃の大剣、火属性を秘めるクレイモアを手に持つと、武器自身が秘める魔力が体内に流れた。筋力が増えたからか、高重量のクレイモアも軽々と扱う事が出来る。それからこのクレイモアは自動的にエンチャントが掛かる仕組みになっているのか、剣を握っただけで刃からは火の魔力が発生している。


「そのクレイモアは自動的にエンチャントが掛かる優れ物だ。クラウスなら使いこなせるだろう」

「ありがとうございます! 大きさも重量も丁度良いです!」


 ヴィルヘルムさんは長さ三十センチ程の金属製の杖を持つと、杖の先端に嵌まる青い魔石から冷気を作り上げた。杖との相性が良いのだろう、杖がヴィルヘルムさんの魔力を大幅に強化している。


 ティファニーは風の魔力を秘める白金製の指環を頂いた様だ。右手の薬指に指環を嵌めると、銀の杖を持って風の魔力を放出した。心地良い風がギルド内に吹くと、冒険者達は歓喜の声を上げた。


「三人はこれからどうするんだ?」

「そうですね。契約が終わる十月十一日まではアーセナルで活動を続けます。それからは活動拠点を王都アドリオンに移して、冒険者ギルドを設立しようと思います」

「本当か? 三人が一度にアーセナルを脱退したら、我がギルドの戦力も一気に低下するのだが……」

「バラックさん、俺はどこに居ても冒険者です。もし俺の戦力が必要になったら、いつでも連絡を下さい。俺はバラックさんに命を救って頂きましたし、闇属性を秘める俺を冒険者にしてくれました。この恩はいつか必ず返します!」

「ありがとう……クラウス! これからも頼りにしているからな」

「はい……!」


 バラックさんと固い握手を交わすと、周囲から熱狂的な拍手が沸き上がった……。

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