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第二十三話「二階層の闇」

 急いで二階層に続く階段を降りると、そこには銀髪の女性が座り込んでいた。女性の手にはダガーが握られており、体には返り血だろうか、大量の血が付いている。女性の周辺にはゴブリンの死骸が散乱しており、この場所でゴブリンの集団に襲われた事が推測出来る。


「助けて……!」

「大丈夫ですか?」

「私のデニスが……ゴブリンに連れ去られたの……!」

「デニスさん? 人間がゴブリンに誘拐されたという事ですか?」

「そうよ! 私は夫のデニスと共にダンジョンで狩りをしていたの。デニスが私を守りながらゴブリンと交戦していた時、ゴブリンの放った矢がデニスの肩を貫いた! 矢には毒が塗ってあったのか、デニスは意識を失って倒れた……」

「それで、ゴブリンは何処に行きましたか?」

「背の高いゴブリンがデニスを引きずって向こうに走って行った……すぐに追いかけようとしたけど、私はゴブリンに囲まれていたから……」

「分かりました。俺はアーセナルの冒険者、クラウス・ベルンシュタインです。すぐにデニスさんを救出します」

「私もアーセナルに所属しています。ティファニー・ブライトナーです。三人でデニスさんを探しましょう!」

「ありがとう……! 私はダニエラ・グロック。急ぎましょう!」


 二十代前半程だろうか、グロックさんはダガーを握り締めて立ち上がると、俺は彼女の装備に目が行った。美しい白銀のライトメイルを装備しており、宝石を散りばめた金の首飾りを身に付けている。装備だけ見ればゴブリン相手に苦戦する様には見えない。盾を持たずにダガー一本だけ身に付けている事から、接近戦闘に自信がある事が予想出来る。


 アーセナルでは一度も見かけた事が無いが、ヴェルナーの冒険者だろうか。それとも、冒険者ではなく、単に魔物討伐が趣味の市民だろうか。ダンジョンには時折、豪華な装備を身に付けた市民が魔物討伐をしている事がある。冒険者の様に民を守るために狩りをするのではなく、単に実力を試したかったり、魔物を殺める事が趣味だという人も多い。


 ヴィルヘルムさんはこの手の人種を嫌っている。『ダンジョンに挑むのは魔物との戦闘で命を落とす覚悟が出来ている冒険者だけで良い』。これはヴィルヘルムさんが頻繁に口にする言葉だ。そしてこうも言っていた『装備は冒険者としての生き方を現している』と。確かに、装備だけでも相手がどんな冒険者なのか知る事が出来る。


 ヴィルヘルムさんは戦闘の邪魔になる物は一切装備していない。両手には俺が贈ったガントレットを嵌めており、ローブの内側にはライトメイルを着込んでいる。予備の武器すらなく、己の魔法のみで敵を討つ魔術師だ。


 グロックさんの豪華過ぎる装備に疑問を抱きながら、ティファニーと共にグロックさんの後を追う。ゴブリンの群れが通路を防ぐ様に立ちはだかると、グロックさんは俺の背後に身を隠した。


「ゴブリンの相手をお願い……私は魔力が枯渇しているから、体力だけでも温存したいの」

「わかりました」


 俺はグロックさんをティファニーに任せ、ロングソードを握り締めて敵の群れに切りかかった。三体のゴブリンを一撃でなぎ払い、魔力強奪の効果で魔力を大幅に回復させてから、左手に炎の球を作り出してゴブリンを纏めて吹き飛ばす。勝負は二秒が片が付いた。敵があまりにも弱すぎる。


 グロックさんは豪華な装備に身を包んでいるにもかかわらず、ゴブリン相手に慎重になりすぎている気がする。一体何を恐れているのだろうか。ダガー一本でダンジョンに潜る勇気を持ちながら、何故俺に戦闘を行わせようとするのか。冒険者は自分の代わりに狩りを行う道具だとでも思っているのだろうか。緊急時なら、魔力が尽きていようが、戦闘に参加するのが当たり前だと思うのだが……。


「助かったわ。私、あまり魔物との戦闘に慣れていないから……」

「それならどうしてダガーしか持っていないんですか?」

「普段はデニスの後方から魔法で援護するだけだから。実際にこのダガーを使う事は少ないの」

「そうですか……先を急ぎましょう」


 ティファニーはグロックさんの発言に首をかしげながら、グロックさんと共に歩き出した。魔物との戦闘に慣れていないという発言から、冒険者では無い事が分かる。地面にはデニスさんが流した血が目印の様に付いており、俺達は僅かな血を頼りに通路を進んでいる。


 一体ゴブリンはデニスさんをどこまで運んでいるのだろうか。二階層は一階層よりも細い通路が多く、道順を記憶しなければたちまち迷ってしまう様な、入り組んだ構造になっている。しかし、俺はヴィルヘルムさんと共に何度もこの階層で狩りをしているから、三階層に続く階段の位置は正確に把握している。


 俺達が今向かっているのは、三階層に続く階段がある方向ではなく、正反対。この先には大広間があり、ゴブリンとスケルトンの棲家になっている。部屋の中央にはガーゴイルの石像があり、石像は侵入者が一定の間合いに入ると、自動的に炎を吐く仕掛けになっている。


 俺とヴィルヘルムさんは石像の仕組みを知らずに大広間に入り、石像から攻撃を受けた事がある。ヴィルヘルムさんが瞬時に氷の壁を作り上げて炎を防いでくれたから、直撃を免れる事は出来たが、それからはこの部屋では狩りをしない様にと二人で決めていた。


 デニスさんの血が大広間に続いて落ちている。まるでゴブリンが俺達を誘導している様な気がするのは気のせいだろうか。なんとなく気分が落ち着かない。大広間に続く扉を開ければ、魔物の集団が一斉に俺達に攻撃を仕掛けてくるだろう。


 魔物との戦闘にやっと慣れ始めたティファニーと、他力本願で家族を救って貰おうと考える正体不明の女性。果たして俺は二人を守りながら、意識を失っているデニスさんを救出し、大広間に巣食うゴブリンとスケルトンを狩る事が出来るだろうか。


「早く! 夫はこの先に居るわ!」

「命令しないで下さい! 俺達は冒険者ですが、デニスさんを救う義務はありません」

「それでは夫を見捨てるというの? アーセナルの冒険者なのに! なんと冷酷なんでしょうか!」

「見捨てるなんて言っていません! ただ、先程からあなたの態度は、俺達が協力して当たり前といった感じなので、少し腹が立っているだけです。今度は戦闘に参加して貰えますね? 自分の愛する人が苦しい思いをしているのに、全て俺とティファニーに任せようなんて虫が良すぎるのではありませんか?」

「冒険者なんだから市民を救うのは当たり前じゃない!」

「確かに冒険者は民を守る存在ですが、自分の力も理解出来ずにダンジョンに潜り、挙げ句の果てには、たまたま通りかかった冒険者に魔物を狩らせて夫を救おうとするとは! あなたはそれでもデニスさんの妻ですか? 家族が魔物に誘拐されたら、どんな敵が立ちはだかろうが、突き進むのが愛じゃありませんか? 他力本願にも限度がありますよ。冒険者を道具かなにかだと勘違いしてるんじゃありませんか?」

「いいから早く救いなさい!」


 グロックさんが叫んだ瞬間、ティファニーがグロックさんの頬を強く叩いた。彼女が他人に対して怒るなんて、初めて見たかもしれない。


「私達は冒険者ですからデニスさんを見捨てはしません。ですが、戦闘に参加すらしないなら口出しはしないで下さい」

「生意気な小娘……! 早くデニスを救ってよ!」


 俺はグロックさんの言葉に苛立ちを感じながらも、大広間に続く扉を見つめた。俺達は冒険者だから、不当に連れ去られたデニスさんを救うのが当たり前だと思う。勿論、義務ではない。本来なら市民の命を守るのは衛兵の役目。冒険者は魔物による被害を減らすために魔物を狩るための力。


 勿論、所属するギルドから正式に救出のクエストを受ければ、仕事として市民を救出する必要があるが、クエストすら受けていない現状では、グロックさんに協力する義務はない。


「それでは入ります。ティファニーは俺から離れない様に。もし俺が命を落としたり、大きな怪我を負ってもすぐに逃げ出す様に。グロックさんは物陰にでも隠れていて下さい。勝手に動かれても敵の攻撃から守れませんから」

「子供になんか守って貰わなくても大丈夫よ。私を舐めないで頂戴!」

「はいはい……それでは開けますよ」


 さっきまで俺に守られていたのに、どうしてこんなに強気な発言が出来るのだろうか。俺はグロックさんの発言に怒りを覚えながらも、扉の奥に居る魔物との戦いに集中するために雑念を消した。ゆっくりと金属製の扉を押し開けると、そこには黒いローブに身を包んだデニスさんが横たわっていた。


 全長四メートル程のガーゴイルの石像のすぐ傍。フードが顔を覆っているから表情までは見えないが、ローブには大量の血が付いている。壁際には松明が掛かっており、一体のゴブリンが松明に火を付けると、大広間全体には無数のスケルトンとゴブリンがひしめいていた。


 ありえない数だ。敵の数は全部で百五十体は居るだろうか。ティファニーは静かに俺の肩に手を置くと、背後の扉を指差した。いつの間にか俺達の背後にはガーゴイルが待機しており、大理石の様な肌をした巨体のガーゴイルが口を大きく開けると、爆発的な炎が発生した。


 後方にはガーゴイル。前方には血を流すデニスさんを取り囲む無数の魔物。一体どうすれば良いのだろうか。兎に角、ガーゴイルの魔法を直撃する訳にはいかない。


「扉を閉めるわよ!」


 ガーゴイルが炎を放った瞬間、グロックさんが慌てて扉を閉めると、扉には瞬時に鍵がかかり、退路を失った。本来扉とは通路側に鍵穴が付いている筈だが、不思議な事に、この扉には大広間側に鍵穴が付いている。ダンジョン内に侵入した冒険者を大広間に閉じ込めるための細工だろう。


 終わった……。俺達はこの大広間から出る事は出来ないんだ。どうにかして巨大な金属製の扉を破壊して出るしかない。しかし、俺の魔法で扉を壊せるだろうか。いや、あの扉は他の扉とは違って、かなり厚く作られていた。果たして俺には分厚い金属の扉を破る力があるのだろうか。


 無数のスケルトンが錆びついた剣やメイス、斧を構え、目には赤い炎を灯しながら、ゆっくりと近づいてきた。ティファニーは狼狽して俺の背後に身を隠し、グロックさんは戦意を喪失したのか、力なく扉の前にしゃがみ込んだ。


 ゴブリンとスケルトンの群れが武器を構え、気味の悪い笑みを浮かべて俺達に近づいてきている。二人を守り抜くのは不可能だ。俺一人でもこの空間から逃げ出す事は難しい。


 不思議な事に、魔物達はデニスさんの存在を無視している。ガーゴイルの石像は侵入者に反応する仕組みになっているにもかかわらず、デニスさんの体には火を浴びた痕も付いていない。既にデニスさんは命を落としているのだろうか? 俺は必死にこの空間から出る方法を探る様に、室内を見渡すと、部屋の隅に下層に続く縦穴を見つけた。


 以前ここに来た時は縦穴なんて存在しなかった。しかし、今は疑問を抱いている状況ではない。


「縦穴に入りますよ!」

「わかったわ!」


 ティファニーはグロックさんの腕を握ると、グロックさんは恐怖のあまり立ち上がる事も出来なくなったのか、力なく首を横に振ると、ティファニーは涙を流しながらグロックさんの手を放した。


「私が喰い止めるわ……デニスと共に残る……!」

「そんな、三人で逃げましょう!」

「無理よ! 下層に降りれば更に帰還は難しくなる! いいから行って!」


 この場にデニスさんとグロックさんを残す事は出来ない。確実に二人は魔物の餌食になるだろう。


「一度救うと決めたのですから、俺が二人を救います」


 俺はロングソードを握り締めると、全力で敵の群れに切りかかった……。

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