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第二十二話「剣鬼と風の魔術師」

 ヴィルヘルムさんは力なく立ち上がると、俺は彼を抱き上げてギルドに運んだ。これからダンジョン攻略に行く筈だったが、ヴィルヘルムさんが怪我をしていてはダンジョンの攻略どころではない。


 ギルドマスターのバラックさんがヴィルヘルムさんの患部を調べると、薬を調合するから材料を買ってくるようにと言って、羊皮紙に羽根ペンを走らせた。左腕と肩の骨が折れているが、骨を治すポーションさえあれば数日中に完治するのだとか。


「クラウス。この材料を買ってきてくれ」

「分かりました。それじゃ、ティファニー。すぐに戻るからヴィルヘルムさんを頼めるかな?」

「ええ。勿論よ」


 痛みに悶えながら顔を歪めているヴィルヘルムさんをティファニーに任せ、俺は大急ぎで素材を購入して町を回った。骨を治す強力なポーションは、飲めば数日中に骨を完治させる事が出来るが、その間、患部には激痛が走り、一日中吐き気を感じるのだとか。なんと恐ろしいポーションだろうか。


 ポーションの材料をバラックさんに渡すと、彼は慣れた手つきでポーションを作り始めた。三十分程するとポーションが完成した。見た目は泥の様で気味が悪く、匂いを少し嗅いだだけでも気分が悪くなった。バラックさんがゴブレットにポーションをなみなみと注ぐと、異臭のあまり冒険者達はギルドを出た。


「さぁ、飲み干すんだ」

「はい……」


 ヴィルヘルムさんは目に涙を浮かべながらポーションに口を付けると、悲しそうに俺を見つめた。見つめられても代わってあげる事は出来ないんだ……。


「頑張って下さい……! ヴィルヘルムさん……」


 小声で彼を励ますと、ヴィルヘルムさんは吐き気を堪えながらポーションを飲み干した。瞬間、左腕と左肩は金色の魔力に包まれた。


「この魔力の光が消えるまでは安静にしている様に」

「ありがとうございます。バラックさん」

「それで、何があったんだ?」

「クラウス……俺の代わりに説明してくれるか? 口を開けると吐きそうになる……」

「気分が悪いなら強い酒でも飲んでから休むんだな」

「そうします……」


 ヴィルヘルムさんは酒場で酒を買ってくると呟いてから、力なくギルドを出た。俺は一部始終をバラックさんとギルドの職員達に話すと、彼等は魔術師の行為に憤慨した。


「ゴーレムを作り上げてヴィルヘルムを攻撃するとは! 一体バイエルとやらは何を考えているんだ?」

「そうですね。ゴーレムを二十体も同時に制御する魔法能力は素晴らしいですが、もしベルンシュタイン様がゴーレムを退ける力を持っていなかったら、たちまち全身の骨を折られていたでしょう」

「兎に角、町に悪質な魔術師が居るという事は分かった。皆の者、アウリール・バイエルなる魔術師がアーセナルで冒険者登録をしたいと言っても断る様に。私のギルドのメンバーに暴行を働くとは! 素性を調べ上げてやる。きっとまともな人間ではないだろう」

「あの……バラックさん」

「どうした? ティファニー」

「実は……バイエルの体内から僅かな闇属性を感じました。本人は隠す様でしたが、私にはバイエルの魔力が分かりました。風貌は一見まともな人間に見えますが、目つきはまるで死んだゴブリンの様な感じでしたし、何だかとても恐ろしかったです……」


 バラックさんはティファニーの言葉を聞いて暫く悩むと、ティファニーの肩に手を置いた。


「もしバイエルが町で悪事を働けば、私がこの剣で叩き切ってやる。だから心配はするな」

「はい……わかりました……」

「それで、クラウスとティファニーはこれからどうするんだ?」

「そうですね……本来ならヴィルヘルムさんと共に迷いのダンジョンで狩りを行う予定でしたが、彼が居ないのでは……」


 ヴィルヘルムさんがギルドに戻ってくると、ウィスキーを飲みながら俺に優しく微笑んだ。


「俺は暫く戦いに参加出来ないだろう、二人でダンジョンに行ってくるんだ。くれぐれも無理はするなよ。決して十一階層には降りるな!」

「勿論です。それではティファニーと共にダンジョンで狩りをしてきます」

「すまないな……ゴーレム一体すら倒せずに。だけど、俺の代わりに敵を仕留めてくれてありがとう」

「どういたしまして。それでは夕方には戻ります」


 俺とティファニーはヴィルヘルムさんと別れると、町を出て森に入った。まさかヴィルヘルムさんが怪我をする事になるとは。それに、バイエルは明らかにヴィルヘルムさん待ち伏せていた。今日町に来たばかりだと言っていたが、それは嘘に違いないだろう。


 ヴィルヘルムさんが氷の壁を作り、賭けを行っていたのは俺と出会った当初。既に三週間近くは町で氷の壁を作り上げていない。挑戦者が百ゴールド支払い、壁を破壊できたらヴィルヘルムさんが千ゴールド支払う。賭けの金額まで同じなのだ。確実にヴィルヘルムさんを意識している。


「一体どういう目的でヴィルヘルムさんを待ち伏せしていたんだろう」

「やっぱりクラウスも待ち伏せだと思う?」

「ヴィルヘルムさんを狙っていたのは明らかだと思うよ。ヴィルヘルムさんがバイエルの前に立った時、バイエルは口元に笑みを浮かべながらヴィルヘルムさんを睨みつけていた」

「そうね……何だか恨みでも抱いている様な感じだった」

「バイエルは俺とも戦ったけど、俺を相手にした時の表情はヴィルヘルムさんを前にした時とは違った。俺の実力を測ろうとしていた事は確かだけど、憎しみや恨みの感情は無かったと思う」

「それなら、過去にヴィルヘルムさんと一悶着あったとか……?」

「その可能性はあるだろうね。全て推測だけど、バイエルが初めてヴェルナーに来たという事は間違いなく嘘だと思う」

「一体何が目的なのかしら……」

「分からない……」


 俺はバイエルとヴィルヘルムさんの関係を想像しながら、ティファニーと共に森を進み、時折休憩を挟みながらダンジョンに向かった。二時間ほどゆっくりと森を歩くと、俺達は遂に迷いのダンジョンに到着した。


 左手に炎を灯して石の階段を降り、一階層で狩りを始める。ここはゴブリンやスライムの様な、魔獣クラスの中でも特に弱い魔物が巣食っている。駆け出しの冒険者でも一階層で命を落とす事はないだろう。


「ダンジョンって何だか新鮮ね。初めてだから足を引っ張ると思うけど、私、頑張るね!」

「ヴィルヘルムさんも居ない訳だし、気をつけて進もうか。確認だけど、宝箱やスイッチには触らない事。比較的浅い階層にある宝箱は、高確率で罠の可能性があるってヴィルヘルムさんも言っていたし」

「そうね。上層付近に宝箱があれば、既に冒険者達が中身を確認している訳だし」

「かつてヴィルヘルムさんがダンジョンの攻略中に五階層で宝箱を見つけて、恋人のローゼさんが宝箱を開けたらしい。中には宝石が入っていたんだけど、ローゼさんが宝石を手にした瞬間、周囲にはスケルトンの群れが出現したのだとか」

「そんな罠もあるんだ……本当に気をつけないと、ダンジョンでは絶対に死にたくないわ……」

「ああ。今日は三階層まで降りてみようか」


 ティファニーは怯えながらも杖を握り締め、いつでも魔法を使用出来る様にと、杖の先端に風の魔力を纏わせている。俺は右手でロングソードを持ちながら、左手に灯した炎で室内を照らしている。


 一階層は単純な構造になっており、大広間が幾つか続いたあと、二階層に続く階段がある。迷路になっている訳でもなく、魔物が姿を隠せる場所も少ないので、敵が居れば瞬時に発見出来る。


 ダンジョンの石は強い水の魔力を含んでいるのか、人間が近くを通ると石から液体状の魔物が生まれる。スライムだ。体内に溜めた水を放出するウォーターという魔法を使用して人間を襲う。


 石は俺とティファニーの魔力を感じ取り、五体のスライムを作り上げた。ダンジョン全体が魔物と協力して人間を殺めようとしているのだ。小さな体をしたスライムの群れがゆっくりと俺達に近づいてくると、体内に溜めた水を放出して攻撃を仕掛けてきた。


 水を直撃すれば悶絶する程の威力があるが、攻撃の軌道が単純なので回避する事は容易い。俺はスライムが放った水に対して火を放ち、一瞬で水を蒸発させた。敵の魔力の方が強ければ俺の炎は消されるだろうが、スライムの魔法では俺の炎を消す事は出来ない。属性的には対等だが、魔力は俺の方が高いから、スライム相手には楽に戦える。


「私が倒すね……!」


 ティファニーは震えながら杖をスライムに向け、杖の先端から風の魔力を飛ばした。魔力の塊がスライムの体を貫くと、スライムは一撃で命を落とした。それからティファニーは次々と魔法を放ち、全てのスライムを討伐した。


「魔物を倒すって大変なんだね……」

「確かにね。敵も命懸けだから、時折予想外の動きをしてくる事がある」

「そうなの?」

「ああ。この前はスライムが俺の顔面に体当たりをかましてきたよ。まさかスライムが飛び上がって俺の顔に攻撃を仕掛けるとは思わなかったけど」

「魔物も生きているんだもんね。殺されないために必死なんだよね」

「そうだけど、俺達は魔物を狩らなければならないんだ。人間を襲う可能性がある魔物は排除しなければいけない」

「それは分かっているわ。クラウスとヴィルヘルムさんが教えてくれたから。今の私は弱いけど、こうして冒険者にもなれたんだから、いつか必ず国家魔術師になってみせるわ。父に負けない程の魔術師になるの」

「ティファニーならきっとなれるよ。応援しているからね」


 一階層に巣食うスライムを徹底的に狩ると、ティファニーも次第に自信を付いたのか、彼女の体から感じる魔力が強くなった。人間や魔物が体内に秘める魔力は、気分が高揚した時や、感情が動いた時に変化する。魔力の総量が変わる訳ではないが、強くもなれば弱くもなる。魔物との戦闘で生き延びるには、敵がどれだけ強くても、決して死なないと心に誓い、自分なら勝てると思い込む事だ。俺はそうして生きてきた。


「ヴィルヘルムさん、大丈夫かな?」

「きっと彼は大丈夫だよ。お酒を飲み始めたら機嫌も良くなるし、今頃は腕の痛みを忘れてウィスキーでも飲んでるんじゃないかな」

「それならいいけど……何だか心配だわ」

「怪我よりもバイエルがヴィルヘルムさんを相手にした時、本気でゴーレムをけしかけた事の方が気になるよ」

「そうね。ヴィルヘルムさんは他人から恨まれるような人じゃないと思うんだけど」

「正直な話、それは分からないよ。剣士のアレクサンダーと恋人のローゼさんをダンジョン内で死なせて、一人でヴェルナーに帰還したって思っている冒険者も居るみたいだから。アレクサンダーやローゼさんの家族はヴィルヘルムさんに憎しみを抱いている可能性もある……」

「どうして? アレクサンダーがヴィルヘルムさんとローゼさんを見捨てて逃げ出したのでしょう?」

「それはそうだけど、ダンジョン内には事件を目撃した人は居ないんだ。生還したヴィルヘルムさんが仲間を囮にして逃げ出したと考えている人も居るみたいだよ。俺はヴィルヘルムさんがローゼさんを見捨てる筈が無いと思っているけど」

「本当におかしな話しね。だけど、私も家族がダンジョンで命を落としたら、いくらヴィルヘルムさんが信頼出来る人だとしても、少しは疑ってしまうかもしれない……」


 バイエルの正体は分からないが、ヴィルヘルムさんに恨みを抱いている事は確かだろう。俺とティファニーは二階層に降りる前に昼食を摂り、一時間ほど休憩してから二階層を目指して魔物討伐を再開する事にした。


 暫く休憩していると、二階層から若い女の悲鳴が聞こえた……。

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