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第二十一話「魔術師の企み」

 五月四日。今日から遂にパーティーでの狩りを始める。ヴィルヘルムさんと共に宿を出て、魔石屋にティファニーを迎えに行く。ティファニーは朝から随分明るい表情を浮かべて俺達に挨拶をした。これから毎日ティファニーと会えるんだ。やはり俺はティファニーに好意を抱いているのだろう。同世代の女の子とはまともに交流した事も無かったから、ティファニーと共に過ごす時間がとても新鮮だ。


 朝の町ではクエストに向かう冒険者や行商人が忙しそうに旅の支度をしている。町には馬車が多く走っており、俺達もいつか馬車を購入し、王都アドリオンに向けて旅をしようと話している。半年間の専属契約を終えたら、その時は拠点を王都に移して冒険者として暮らすつもりだ。ティファニーも俺とヴィルヘルムさんの計画に賛成してくれている。


 ティファニーは将来、国家魔術師になる事が夢なのだから、国家魔術師試験が行われる王都で暮らすのは良い考えだと言っているのだ。せっかく冒険者として暮らしているのだから、大陸でも最も栄えている王都アドリオンを拠点にして、冒険者としての実力を試したい。


 ヴェルナーでは俺とヴィルヘルムさんは比較的名が通っているが、王都アドリオンに行けば俺達は無名の冒険者でしかない。そこで俺達は新たに冒険者ギルドを設立し、アドリオンで最高の冒険者ギルドを目指して活動をする。馬車に荷物を積み込む行商人達を横目に見ながら、王都アドリオンでの生活を妄想する。


 町を進むと、道の先に人だかりが出来ていた。何か催し物でも行われているのだろう。市民達が歓喜の声を上げながら一人の男性を見つめている。魔術師だろうか、赤いローブを纏っており、手には石の杖を持っている。


 長く伸びた赤髪に青い瞳。背は百八十センチ程だろうか。顔は随分やつれているが、目つきは非常に鋭い。年齢は三十代程だろう。魔術師が杖を振ると、目の前の空間には石で出来た小さな人間が現れた。ゴーレムの生成だろうか。杖一振りで自在にゴーレムを作り出して仕舞うとは……。


「さぁ、皆さん。石の魔術師、アウリール・バイエルに挑戦する方は居ませんか? 私が作り出したゴーレムを破壊する事が出来たら、千ゴールドお支払します! 挑戦料はたったの百ゴールド!」


 これってヴィルヘルムさんの真似なのではないだろうか? 挑戦するのに百ゴールド、ゴーレムを破壊出来たら千ゴールド。金額まで同じなのだから、確実にヴィルヘルムさんを意識しているのだろう。普段は柔和な表情を浮かべているヴィルヘルムさんが、珍しく眉間に皺を寄せて魔術師を見つめている。


「私が挑戦しよう……」


 ヴィルヘルムさんが人混みをかき分けて進むと、魔術師は不敵な笑みを浮かべた。


「これはこれは、ヴィルヘルム・カーフェン様。アーセナルの冒険者に挑戦して頂けるとは光栄です!」

「ゴーレムを破壊すれば良いのだろう?」

「はい。ただし、ゴーレムは反撃します。一分以内にゴーレムを倒す事が出来たら千ゴールドお支払します。勿論、ゴーレムはあなたを傷つけない程度の攻撃を使用しますのでご安心を。魔術師相手にゴーレムが本気を出せば、たちまち命を奪ってしまいますからね。優れた魔術師には永く生きて貰わなければなりませんから」

「舐めるなよ……ゴーレム使いが……!」


 ヴィルヘルムさんが百ゴールド支払うと、アウリール・バイエルなる魔術師は大切そうに懐にお金を仕舞った。


「ヴィルヘルムだ! アーセナルのヴィルヘルムが挑戦するぞ!」

「ヴィルヘルムって、剣鬼と同じパーティーの魔術師だよな? 俺はヴィルヘルムの勝利に五百ゴールド賭ける!」

「俺はバイエルの勝利に賭けるぞ! 氷の魔法でゴーレムを破壊出来る訳がない!」


 流石にヴィルヘルムさんは知名度が高いからか、市民達の大半はヴィルヘルムさんの勝利に賭けた。ティファニーは不安げにヴィルヘルムさんを見つめている。きっとヴィルヘルムさんも自信があるから挑戦しているのだろう。俺達の頼れる魔術師の勝利を祈りながら見届けるしかないな……。


 それにしても、バイエルは明らかにヴィルヘルムさんに敵意を抱いている。ヴィルヘルムさんについて知識もあるみたいだし、まるでヴィルヘルムさんが挑戦する時を待っていたかの様に、バイエルは口元に笑みを浮かべているのだ。どことなく幻獣のデーモンと雰囲気が似ているのは気のせいだろうか……。


「あの人は邪悪な魔力を秘めている……恐ろしいわ……」

「ティファニーもそう思うかい?」

「ええ。ヴィルヘルムさんを見つけた時、あの人の体内の魔力が変化した。穏やかな地属性の魔力の中に闇属性を秘めている。本人は闇属性を隠そうとしているけど、魔石屋で毎日の様に魔石に触れていた私には分かるの……」

「地属性と闇属性を持つ魔術師か……」


 それからバイエルが試合開始の合図とすると、ヴィルヘルムさんは一瞬でゴーレムとの間合いを詰め、ガントレットに強烈な冷気を纏わせながらゴーレムの腹部を殴りつけた。ヴィルヘルムさんの一撃はゴーレムの体を傷つける事は出来なかったが、ゴーレムの腹部は一瞬で凍りついた。


 バイエルはゴーレムのために石の魔法で剣を作り上げると、ゴーレムは剣を握り締めてヴィルヘルムさんに振り下ろした。ヴィルヘルムさんは瞬時に氷の壁を作り上げてゴーレムの剣を防いだ。しかし、ゴーレムの攻撃はいとも簡単にヴィルヘルムさんの氷の壁を粉砕した。


 決して本気で剣を振った訳でもないのに、石の剣が軽々とヴィルヘルムさんの壁を粉砕したのだ。一体どういう攻撃力なのだろうか。ヴィルヘルムさんは自慢の防御魔法が簡単に破壊された事に怒りを覚えたのか、ゴーレムに対して氷の槍を飛ばすと、ゴーレムは槍に垂直斬りを放った。


 氷の槍は砕け、ヴィルヘルムさんが狼狽した瞬間、ゴーレムは瞬時にヴィルヘルムさんとの距離を詰め、彼の肩に強烈な一撃を喰らわせた。ヴィルヘルムさんの骨が折れる音が響くと、市民達は一斉に盛り上がった。


「おやおや、ヴィルヘルム・カーフェンともあろうお方が、ゴーレム相手に何を手間取っているのですかな?」

「ふざけるな……俺はまだ負けていない……!」


 バイエルがヴィルヘルムさんを煽ると、彼は既に平静を失ったのか、怒り狂って氷の槍を飛ばした。またしてもゴーレムはヴィルヘルムさんの魔法を叩き切り、彼の腹部に突きを放った。ヴィルヘルムさんはローブの下にライトメイルを装備していたのだろう、彼の体が吹き飛ぶと、俺は怒りの余り剣を引き抜いた。


「待て! クラウス……! これは俺の戦いだ!」

「ヴィルヘルムさん! これは対等な戦いではありません! ゴーレムは本気です!」

「おやおや、あなたは剣鬼、クラウス・ベルンシュタインですか? いつかお会いしたいと思っていましたが、まさかこんなに早くお目にかかれるとは……!」


 ヴィルヘルムさんが力なく立ち上がると、ゴーレムは容赦ない一撃をヴィルヘルムさんの上腕に放った。腕の骨が砕ける音が響くと、ヴィルヘルムさんは地面に倒れた。


「俺の負けだ……」


 ヴィルヘルムさんが敗北を宣言すると、俺はヴィルヘルムさんの仇を討つためにゴーレムに挑戦する事を決めた。俺の仲間を傷つける輩は仕留めるまでだ。俺は百ゴールドをバイエルに支払うと、彼は鋭い目つきで俺の装備を舐める様に見た。相手に性質に合わせて戦い方をゴーレムに指示しているのだろう。これは厄介な魔術師だ。レベル四十を超えるヴィルヘルムさんが手も足も出ずにやられたのだから……。


 ティファニーは目に涙を浮かべ、ヴィルヘルムさんにポーションを飲ませると、ヴィルヘルムさんは苦痛に顔を歪めながら俺に微笑みかけた。


「頼むぞ……クラウス」

「任せて下さい」


 ロングソードを右手で持ち、左手に火の魔力を溜める。一撃も受けずに完全勝利してみせる……。


「剣鬼ともあろうお方が、たった一体のゴーレム相手に剣を抜くとは。この辺りで条件を変えてみませんか? ゴーレム五体を一度に相手にして、一分以内に倒す事が出来たら一万ゴールドお支払します」

「たった五体のゴーレムで俺に勝てると思っているんですか……? 俺達の魔術師を傷つけたあなたを許すつもりはありません。全力で掛かってきて下さい……!」

「ありがとうございます! それでこそ剣鬼だ! 私はこんな人材を求めていた! それではいきますよ!」


 バイエルは懐に手を入れ、古ぼけた召喚書を取り出した。それからバイエルが召喚書に魔力を込めると、俺を取り囲む様に二十体のゴーレムが現れた。たった二十体か……。俺を甘く見ているのだろうか。洞窟で暮らしていた時は、数え切れない程のブラックウルフに囲まれ、永遠と敵を切り刻んでいた。俺の仲間を傷つける悪質な魔術師は叩きのめすまでだ。


 バイエルが試合開始の合図をすると。俺は瞬時に上空に飛び上がり、全力で炎の球を投げた。巨大なファイアボールが一撃で五体のゴーレムを粉砕すると、市民達が歓喜の声を上げ、バイエルは嬉しそうに手を叩いた。一体こいつは何が目的なんだ。どうしてゴーレムを破壊されて喜んでいるんだ?


 着地と同時にロングソードを両手で握り、三体のゴーレムを同時になぎ払った。ヴィルヘルムさんは俺を見つめながら微笑み、ティファニーは大声で俺を応援してくれた。俺はいかなる戦いにも負ける訳にはいかないんだ。例え命が懸かっていなくても、ヴェルナーを防衛する冒険者が市民の前で敗北する訳にはいかないのだ……。


 俺はロングソードを鞘に仕舞うと、拳を握り締めてゴーレムを全力で殴った。石のゴーレムは木っ端微塵に砕け、敵が剣を振り上げた瞬間、俺は両手から炎の矢を飛ばして敵を貫いた。それからは俺の一方的な攻撃が続き、ゴーレム達は最後まで反撃すら出来ずに命を落とした。


「すげぇ……素手でゴーレムを破壊しやがった!」

「流石、アーセナル最強の冒険者だ! クラウス・ベルンシュタイン! やっぱり彼は剣鬼だったんだ!」

「ヴェルナーの剣鬼を舐めるなよ! バイエル! 俺達のヴィルヘルムに暴行を加えやがって!」


 市民達は歓喜の声を上げながら俺の勝利を祝福してくれた。アウリール・バイエルは俺の勝利を素直に称賛し、お金が入った革の袋を差し出した。バイエルから一万ゴールドを受け取ると、彼は俺に握手を求めた。


「先ほどは挑発をする様な真似をして申し訳ありませんでした。どうしてもあなたの実力が知りたかったのです。ヴェルナーには初めて来たものですから、これから暮らす町の冒険者がどれほどの実力を持っているのか、試したかったのです。あなた程の実力者が町を防衛してくれているのなら、私は安心してヴェルナーで暮らせますよ」

「そうですか……」


 バイエルと握手を交わすと、手には針で刺された様な痛みを感じた。俺の体がバイエルを拒否しているのだろうか? 慌てて手を引っ込めると、バイエルは礼を述べてから立ち去った……。

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