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第二話「疑惑と無実」

 デーモン襲撃事件から一ヶ月後、俺は昏睡状態から目が覚めた。両足の骨を折り、右手は粉々に砕けていた筈だが、体はむしろ怪我を負う前よりも強靭で、筋肉が大きく肥大している。気持ちは落ち込んでいるが、肉体の状態は良く、すぐにでも駆け出したい程、活力が漲っている。一体俺の体はどうなっているのだろうか。あれ程酷い怪我がたった一ヶ月で完治するとは……。


 村の病院で目を覚ました俺は、村の医者から襲撃事件以降の話を聞いた。無数の魔物を引き連れたデーモンは、妹に攻撃魔法を使用した後、すぐに村から撤退した。今回のデーモン襲撃事件で命を落としたのは三十名。俺の両親は小さな怪我を負っただけで命に別状はなかった。


 妹はデーモンの魔法を受けてから意識が戻らず、医者は妹の元に案内してくれた。特別な病室なのだろうか、床には金色に輝く魔法陣が書かれており、俺と医者は魔法陣の中に足を踏み入れた。


 瞬間、魔法陣が強い魔力を散らして反応した。明らかに俺の侵入を拒んだのだ。医者が愕然とした表情で俺を見つめた。この魔方陣は妹の病状を悪化させないために書かれた聖属性の魔法陣なのだとか。


「回復の魔法陣がクラウスの侵入を拒んでおる。もしや、クラウスは体内に闇属性を秘めているのかもしれんな……」

「まさか、そんな事は絶対にありません。俺は魔法を学んだ事すらないんですよ!」

「事実、回復の魔法陣がクラウスに反応しておる。クラウスが闇の魔力を持っていたとは。もしかすると、クラウスがデーモンを呼び寄せたのかもしれんな……」

「馬鹿な! 属性すら持っていない俺が、どうしてデーモンを呼び寄せる事が出来るんですか!」


 医者が静かに俺を睨みつけると、俺は狼狽して後ずさりをした。まさか、本気で俺がデーモンを呼び寄せたと思っているのか? デーモン自身に殴り掛かり、死に物狂いで喰らいついたこの俺が? なんと馬鹿げた話だろうか。


 俺は医者と共に病院を出ると、臨時の集会が開かれた。村の有識者をはじめ、今回の襲撃事件の被害者や遺族なども参加した。気分は最悪だが、体は今すぐ動き出したい程、力で溢れている。なんなんだ……? この体は。どうも意識が戻ってからの俺はおかしい。気分と体の状態が一致しない。肉体は活力に溢れ、今すぐにでもデーモンを殺めたいほど興奮しているが、頭は冷静だ。


「デーモン襲撃事件の死者は三十名。村は甚大な被害を被り、エルザはデーモン呪いを受けて昏睡状態に陥っている」

「それは知っている! どうして俺の息子が集会に呼ばれているんだ! クラウスは意識が戻ったばかりなんだ! 安静にさせてやらないか!」

「私は医者なのでね。物事を冷静に述べておる。エルザに掛けられた呪いは死の呪いと言って、デーモンのみが使用でき、人間では治療方法を持たない非常に強力な呪いだ。私は森でエルザを発見してからすぐに病院に運び、回復の魔法陣を書いた」

「それがクラウスと何の関係があるんだ! ふざけるな!」


 父が医者に対して怒鳴ると、高齢の医者は萎縮しながらも、静かに俺を睨みつけた。いったいなんだというのだ。デーモン相手に良く生き延びたと、褒めてくれるのが普通だと思うのだが、まるで俺が襲撃事件の犯人かの様に、敵意むき出しの視線が注がれている。


 手には自然と力が入り、筋肉は俺の思考と共に反応し、体温は一気に上昇した。相手に対して憎悪の感情を抱いた瞬間、肉体が瞬時に反応したのだ。まるで獰猛な獣の様に、人間を狩る魔物の様に……。


「回復の魔法陣は呪いの効果を弱める力を持つ聖属性の魔法陣だ。残念ながらこの世でエルザに掛けられた呪いを解除出来る魔術師は居ない。クラウスが魔法陣に触れた瞬間、回復の魔法陣が強く反応し、クラウス自身を拒んだ。これはクラウスが闇属性を持っている証拠!」

「どうして魔法すら使えない私の息子が闇属性を持っているというのです? まさか、私達がクラウスに闇の魔法を教えていたとでも?」

「先程も述べたとおり、私は事実を言っておる! クラウスは体内に闇の魔力を秘めておる! 人間と敵対する悪質な魔物や、人間を殺める殺人鬼などが持つ属性をだ!」


 医者が叫ぶと、父は拳を握り締めて立ち上がった。それから俺の前に立と、集会に集まった村人達を睨みつけた。


「俺の息子はデーモンに立ち向かい、見事エルザを守り抜いた! クラウスがデーモンを森までおびき寄せなかったら、村は今頃壊滅していただろう! 十五歳の、魔法すら使えないクラウスが幻獣のデーモンと対決し、こうして生き延びている! エルザも死んだ訳ではない!」

「だが、クラウスが闇の魔力でデーモンを召喚したのではないか?」


 今回の襲撃事件で娘を殺された村人は、腰に差しているナイフに手をかけながら俺を睨みつけた。


「一介の村人が幻獣クラスの魔物を召喚出来る訳はない! それに、私は襲撃事件の前日、クラウスに魔法の杖を販売した。その際、クラウスが持つ属性を調べたが、彼は属性を持っていなかった! それは魔法道具屋の私、バルトロメウス・アドラーが保証する! よって、襲撃事件の際にクラウスが闇属性を持っていた可能性は限りなくゼロに近い!」


 エルザに贈るための杖を売ってくれた、魔法道具屋のアドラーさんが立ち上がると、父と母は安堵の表情を浮かべた。それからアドラーさんは俺に片目を瞑ってみせ、静かに着席した。


「アドラーの証言通り、クラウスは事件前日まで闇の魔力を持っていなかった! それに、もしクラウスが事件当日に闇の魔力を持っていたら、闇属性のデーモンが同属性のクラウスを襲う事はなかった! よって、クラウスは襲撃事件の際には闇属性を持っていなかった!」

「その考えが妥当だろうな。確かにデーモンが同属性の人間を襲うとは考えられない。知能が高い魔物ほど、闇属性の使い手を配下に入れる事を望むからな」

「しかし、既にクラウスは何らかの経緯で闇属性を持つ体になった。このまま村に住ませる訳にはいかないだろう。そして、クラウスはデーモンに攻撃を仕掛けておる。デーモンがクラウスを探し出して、報復する可能性もあるじゃろう」


 村長が静かに呟くと、父と母をはじめとする村人達は憤慨して怒鳴り散らした。きっと俺は村を出る事になるのだろう。村には既に俺の居場所はない。村人達は俺がデーモンを召喚したとは思っていないだろうが、それでも家族を殺された者達は、愛する者を守りきれなかった自分の弱さを認められないから、全ての責任を俺に負わせたいのだ。


 俺一人に今回の事件の責任を全て擦り付ければ、本来は自分の弱さが家族の死を招いたにもかかわらず、なんとか自分自身を肯定して生きていられるからだ。何と忌々しい、田舎特有の、排他的な思考だろうか。


「分かりました。俺は村を出ます。しかし、魔物の襲撃によって家族を守れなかった、自分自身の弱さを俺に押し付ける事は出来ませんよ。家族を死なせたのはあなた達が弱かったからだ! 俺は死をも覚悟してデーモンに勝負を挑み、デーモンの皮膚を噛みちぎった! せいぜい他人に責任を押し付けながら幸せに生きて下さい」

「待て! クラウス! お前が村を出る必要はない!」

「お父さん、お母さん。それから俺の無実を信じて下さる皆さん。俺は村を去ります。今日までお世話になりました。そして、いつの日か必ず、エルザに掛けられた呪いを解除し、忌々しいデーモンに復讐してみせます!」

「馬鹿な! 闇の魔力を持つお前に呪いの解除が出来る訳がないだろう!」


 医者が立ち上がって叫んだ瞬間、俺の体は無意識に反応した。拳を床に叩きつけると、木製の床が木っ端微塵に砕けた。信じられない力だ。これは本当に俺の体なのか? 罵声を浴びせられた瞬間、俺の思考とは正反対の反応をしたのだ。俺は静かに立ち去ろうとしたが、体がは医者の言葉に反応した。


 強烈な一撃を目の当たりにした村人達は愕然として俺を見つめたが、父と母は静かに俺を抱き締めてくれた。それから父は若い頃から大切にしていたロングソードを俺に授けてくれた。


「クラウス。俺も母さんもお前を信じている。お前なら必ずエルザを救える!」

「気をつけて……手紙を書いて頂戴……」

「ああ。それじゃあまた……」


 俺は両親に微笑みかけると、集会所を後にした……。

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