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第十五話「魔術師の訓練」

〈ティファニー視点〉


 町で噂を聞いた事がある。剣鬼、クラウス・ベルンシュタイン。弱冠十五歳でアーセナルのギルドマスターを倒し、異例の専属契約を結んだ天才的な冒険者。突如ヴェルナーで活動を初めた剣鬼の話題は、何処に行っても聞く事が出来た。


 同じ十五歳だというのに、私と剣鬼の違いはなんだろう。どうして私はこんなに弱いのだろう。私は父の様な国家魔術師になると決めているのに。母もキャサリンも、私が冒険者として生きていく事は不可能だと思っている。確かに今の私なら無理だと思う。魔物の前に立つと怖くて逃げ出してしまうのだから。


 昔は妹と森に入ってゴブリンやスライムを倒した事があった。私よりも三歳も幼い妹は、魔物を前にしても一歩も引かず、次々と攻撃魔法を仕掛けて敵を圧倒した。悔しいけど、キャサリンは天才なのだと実感した。新しい魔法もすぐに習得し、闇属性以外の全ての属性を習得してしまった。生まれ持った力が違うんだ。私は冒険者として生きる事を諦めていた。彼を見るまでは……。


 久しぶりに休みを貰ったので、私は洋服や魔導書を買うために町を歩いていた。町の一角で氷の壁を作り上げる魔術師が居た。彼も町で随分噂になっている。氷の壁を作り上げ、挑戦者が壁を破壊できれば千ゴールド支払うと宣言すると、次々と屈強な剣士や魔術師が挑戦した。


 私は暫く氷の魔術師を見ていた。人々を集める話術、明るい笑みに、強い防御魔法。きっと私の父もあんな感じだったのだろうと思った。暫くすると奇妙な格好をした少年が現れた。銀髪にエメラルド色に瞳。首には無数の首飾りをしており、魔物の毛皮だろうか、黒いベストを着ている。腕や首には無数の古傷があり、筋肉は大きく盛り上がっている。


 年齢は私と同じくらいかしら。彼は小さな声でお金が無いと呟き、寂しそうに氷の壁を見つめた。一目見て彼は並の冒険者では無い事が分かった。今まで見てきたどんな冒険者とも雰囲気が違う。まるで獣の様な力強さを感じる。


 私は財布からお金を出して彼に渡した。彼は子供の様に無邪気な笑みを浮かべ、丁寧にお礼を言った。獰猛そうな見た目とは裏腹に、物腰は穏やかなんだ。それから剣を抜くと、彼の表情が変わった。人間を狩る獣。戦いに身を置く狂戦士といった様子だった。私は圧倒された。一体どんな生き方をしたら、あそこまで戦いに本気になれるのだろうか。きっと想像を絶する死闘を経験してきたのだろう。


 案の上、彼は一撃で氷の壁を粉砕した。驚異的な身体能力に、人間離れした戦闘技術。私は彼の事が知りたくなった。あんな強さがあれば、私も冒険者になり、国家魔術師を目指して生きる事が出来るのだと。


 それから氷の壁を破壊した彼が、剣鬼、クラウス・ベルンシュタインだと知った。そんな若き剣鬼が今日、私の店に訪れてくれた。そして今日もまた、母と妹から心無い言葉を言われた。私では冒険者になれないと……。


 クラウスもヴィルヘルムさんも私を応援してくれた。私なら出来ると言ってくれた。二人の言葉があったから、私は勇気を振り絞って母の提案を受ける事が出来た。絶対に成功させなければならないんだ。私を信じてくれているクラウスとヴィルヘルムさんのためにも。ティファニーなら国家魔術師になれると言ってくれた父のためにも……。



〈クラウス視点〉


 魔石屋を出ると、俺達は早速森に入って戦闘訓練を行う事にした。明日から魔物の討伐に挑戦するのだから、まずはティファニーの実力を確認しなければならない。正門を抜けて、魔物が巣食う森に入る。二時間ほど歩くとゴブリンの集団が森で野営をしていた。ヴェルナーから程近い場所で暮らすゴブリンは、人間に危害を加える事もあるので、基本的に全て討伐する事にしている。


 時折、魔物を狩る力がない市民が森に入り、山菜採りの途中にゴブリンに殺される事件がある。森の深い場所まで入らなければ魔物と遭遇する事は無いのだが、人に慣れている魔物はヴェルナー付近まで人間を狩りに来る事がある。


 六体のゴブリンは楽しそうに戦利品を分け合っている。また人間を殺めたのだろうか。時間がある時は森に入り、人間を襲う可能性がある魔物を徹底的に狩る事にしているが、それでもゴブリンは繁殖力が高く、生息数も多いので、全てのゴブリンを狩り尽くす事は出来ない。俺を認めてくれたヴェルナーに対して恩返しをする意味でも、俺は報酬を受け取らず、ゴブリン狩りを行っている。


 ヴェルナーは故郷のレーヴェの様に排他的ではなく、俺の様に闇属性を秘める者でも、町にとって価値があると判断されたからだろうか、生活する事を許可されている。ヴェルナーで冒険者登録をした後に、正門を守る門番と何度か話をした事があるが、闇属性を秘める者は町に入る事を禁止される場合もあるのだとか。ヴェルナーで犯罪を犯す可能性があるからだと説明を聞いた。


 俺はロングソードを抜き、気配を消してゴブリンに近づいた。森で暮らしていたからか、物音を立てずに敵を殺める術を学んだ。森では一斉に魔物に囲まれる事があるから、不必要な物音は立てず、一瞬で敵を切り裂く。だが、今回はティファニーの実力を調べるために、敵の攻撃は全て俺が受ける事になっている。


 ティファニーとヴィルヘルムさんと目配せをしてから、体の大きなゴブリンの背後に近づき、全力で敵を貫いた。突然の人間の出現に狼狽しながらも、ゴブリン達は一斉に武器を抜いた。人間を殺めて奪った物だろうか、ダガーやナイフ、ショートソード等を持っている。気味の悪い血走った目で俺を睨みつけながら、背の低いゴブリンが切りかかってきた。


 俺は敵の攻撃を受け、茂みに隠れているティファニーに目配せをした。ティファニーは銀の杖を握って震えている。俺が攻撃を受けているというのに、遠距離から攻撃を仕掛ける事すら恐れているのだろうか。ゴブリン達は俺を取り囲み、次々と攻撃を仕掛けてきた。


 ヴィルヘルムさんがティファニーの肩に手を置くと、彼女は勇気を振り絞って杖をゴブリンに向けた。杖の先端から風の魔力が発生し、暫く魔力を込めると、杖の先端から圧縮された風が放たれた。ウィンドショットの魔法はゴブリンに命中する事なく、俺の顔面をかすめた。一体何処を狙っているのだろうか。


 ティファニーの魔法に狼狽した瞬間、ゴブリンのダガーが俺の手を切り裂いた。左手からは血が流れたが、傷は一瞬で塞がった。黒の魔装が闇の魔力を供給し、自己再生の力を飛躍的に高めているのだ。傷が塞がる体質なのはありがたいが、攻撃を受けた瞬間は体に激痛が走るし、恐怖のあまり全身から汗が吹き出る。敵の攻撃は何度受けても慣れる事はない。


「クラウスを攻撃してどうする!」

「すみません……!」


 ヴィルヘルムさんがティファニーを叱ると、もう一度魔法を使用する様にと言った。ティファニーは魔法を失敗して落胆しているのか、震える手で杖を握り、もう一度ウィンドショットの魔法を使用した。


 ティファニーの魔法がゴブリンの腹部に直撃し、ゴブリンは血を流して倒れた。俺はゴブリンがせめて苦しまずに死ねる様に、敵の首に剣を深々と突き立てた。それから俺はゴブリンの攻撃を受け続け、ヴィルヘルムさんがティファニーに助言をしながら、ティファニーはなんとか魔法を唱え続けた。たった六体のゴブリンを狩るのに、随分体力を消耗してしまった。


 しかし、ヴィルヘルムさんが魔法の指南をしているからか、ティファニーの魔法は徐々に精度が上がりつつある。俺はゴブリンの死体を埋葬すると、ティファニーがゆっくりと近づいてきた。


「魔物を殺すのって、正しい事なんだよね。なんだか魔物が可愛そうで」

「人間を襲う可能性がある存在を排除する事は人間を救う事なんだよ。あまり深く考えずに魔物を狩った方がいい……」

「そうだよね。ゴブリンは人間を襲うんだから、倒さなければならないんだよね」

「ああ。俺は魔物を狩る冒険者が居るから地域の人達は安全に暮らせると考えているよ。誰かがやらなければならないんだから、ヴェルナーに住まわせて貰っている俺が悪質な魔物を狩る。誰よりも多く魔物を狩って、二度とレーヴェの襲撃事件の様な悲劇は起こさない……」


 故郷を襲った幻獣のデーモンは無数の魔物を従えていた。ゴーレムやガーゴイル、ゴブリン等。知能が高く、強い力を持つ幻獣クラスの魔物は、魔獣クラスの魔物を従える事が出来るのだろう。あの時、レーヴェの付近に巣食うゴブリンを事前に討伐する冒険者が居たら、レーヴェでの被害を抑える事が出来ただろう。


「あと二時間ほど魔物を狩ろうか。ティファニー、魔物との戦闘が怖いのは当たり前なんだ。だけど、俺達冒険者が戦闘を恐れてどうするんだい? 俺達が魔物を仕留めなければ、魔物はたちまち数を増やし、近隣の村や町を襲うだろう」

「そうですね……私、もっと勇気を出して頑張ります。お二人に迷惑ばかりかけられませんから」

「敵の攻撃は全てクラウスが受けてくれるんだ。ティファニーの役割は攻撃魔法でクラウスを援護する事。ティファニーに襲い掛かる魔物が居れば俺の氷の壁で防ぐ。だから安心して戦うんだ」

「はい!」


 ティファニーはヴィルヘルムさんの助言を得て勇気が沸いたのだろうか、目を輝かせながら杖を握った。初めての三人での戦闘を体験したティファニーは、その後次第に魔物に対する恐怖心も薄れたのか、俺が敵の攻撃を受けると同時に攻撃魔法を仕掛ける様になった。


 それからティファニーは風のエンチャントを掛けてくれた。魔力の消費が多いから普段はあまり使用しないらしいが、移動速度と攻撃速度が大幅に上昇した。剣にはティファニーが作り出した風が纏っており、攻撃力も明らかに上昇している。


 何度も休憩しながら二時間ほど狩りを続けると、ティファニーはゴブリンを十五体も狩る事が出来た。ティファニーは魔力と体力が尽きたのか、疲れ果てて森に座り込んだ。俺は剣を鞘に戻し。ティファニーの隣に腰をかけた。


「大丈夫? かなり魔力を使ったみたいだけど」

「ええ。心配してくれてありがとう。魔力は殆ど使って仕舞ったけど、やっぱり魔物を狩るのって大変なのね」

「楽じゃないよ。敵の命を奪うんだからね。だけど、慣れてくれば今よりも簡単に倒せる様になる」

「本当にクラウスもヴィルヘルムさんも強いな……私も早く追いつきたい」

「三人で頑張ろうよ。俺達はもっと強くなれる。ティファニーは国家魔術師になるんでしょう? 応援しているからね」

「ありがとう、クラウス。私、本当に頑張るから。こうして二人からチャンスを貰ったんだから。絶対に冒険者になってみせる」


 彼女は目を輝かせると、森に入った時とは比べ物にならない程、自信に溢れた表情を浮かべた。やはりティファニーは弱い女性ではなかった。ただ自信が無かっただけなんだ。殆ど戦闘経験が無いにもかかわらず、一日でゴブリンを十五体も倒したのだ。


「明日、朝七時からダンジョンに潜る。俺とクラウスは同じ宿に泊まっているから、六時頃に迎えに行くよ」

「朝の六時ですね。わかりました。ヴィルヘルムさん、今日は色々教えてくれてありがとうございました」

「なぁに、気にする事はないよ。俺もクラウスもティファニーを応援している。三人で冒険者として暮らす未来のためにね」

「はい!」

「それじゃ、今日はそろそろヴェルナーに戻ろう。しっかり休んで魔力も回復させておくんだ」


 それから俺達はゆっくりと森を歩き、ヴェルナーに戻った。ティファニーを魔石屋まで送ってから、俺とヴィルヘルムさんは酒場で夕食を食べる事にした……。

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