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第十話「噂と装備」

 既に町では俺がアーセナルのギルドマスターを倒したと噂になっているのか、俺を称賛してくれる市民も多い。きっとバラックさんは本気ではなかったのだろう。だが、俺は格下相手に手を抜く様な人に従うつもりはない。相手が弱くても本気で勝負を受けるのが礼儀だと思うからだ。


 俺の攻撃を受けて涼し気な表情を浮かべるバラックさんを見た瞬間、俺は本気で攻撃を仕掛けた。馬鹿にされている様な気がしたからだ。俺が若いからだろうか、それとも無名だからだろうか。将来は信頼出来る仲間だけを集めて、ヴィルヘルムさんと共にギルドを設立しよう。


 暫く歩くと俺達は大型の武具屋を見つけた。早速店内に入ってみると、武器の種類も豊富で、丁寧に磨かれた美しい防具が陳列されていた。五十代程の背の低い店主が近づいてくると、俺の装備を舐める様に見た。


「冒険者かい?」

「はい。アーセナルの冒険者です」

「属性は?」

「火と闇です」

「闇属性ねぇ……うちは闇の魔力を秘める冒険者に売れる物は殆ど無いんだが……」

「まぁまぁ、そう言わずに。クラウスはアーセナルのギルドマスターと剣を交え、腹部に強烈な一撃を叩き込んだ男ですよ。マスターはクラウスの一撃を受けて戦意喪失。町ではクラウスの話題で持ちきりです」

「嘘だろう? アーセナルのバラック氏を倒しただと? まさか! こんな若造がバラック氏に勝てる訳がないだろう! 俺を馬鹿にしているのか?」


 店主が憤慨すると、店の奥から息子だろうか、背の高い赤毛の少年が現れた。


「あ! さっきバラックさんを吹き飛ばした人だ! 剣鬼だ!」

「なんだって? アンディ、お前も知っているのかい?」

「うん! このお兄ちゃんがバラックさんを倒したんだよ! あの戦いは最高だったなぁ。僕も冒険者になりたいって思ったよ!」

「馬鹿を言うな。お前は店を継ぐんだよ」

「だけど、俺もお兄ちゃんみたいに強くなりたい!」


 店主は息子の言葉を信じたのか、俺に小さく頭を下げて謝罪した。


「すまん。バラック氏との勝負に勝ったというのは本当なんだな」

「はい。今日は防具を探しているんですが」

「火と闇属性か……火属性に特化した防具ならあるが、闇属性となると品数は少ない」

「お父さん。倉庫にあれがあるじゃないか。魔装だよ」

「魔装だって? 爺さんが作った黒の魔装か?」

「そうだよ! あれなら強い闇属性を持っているでしょう?」

「確かにそうだが、あれは強烈な闇の魔力を秘めるマジックアイテム。防具自身がまるで生き物の様に強い魔力を秘めているから、装備出来る者すら居なかったのだが。まぁ、バラック氏を倒せる程の冒険者なら、魔装の力も得られるかもしれんな」


 強烈な闇の魔力を持つ魔装か。俺自身のデーモンの力、すなわち自己再生と魔力強奪の力を大幅に強化出来そうだ。しかし、闇属性を持つ者は防具すら売って貰えないのか。アンディ君が店主を説得してくれなかったら、俺達はたちまち店から追い出されていただろう。何と生きづらい世の中だろうか。


 それから店主が魔装を店内に運び入れると、まるで俺達を拒む様な強い魔力が流れてきた。ヴィルヘルムさんは気分が悪くなったのか、その場にしゃがみ込み、俺の体内には心地良い魔力が流れてきた。魔装自身が俺達の力を試しているのだろう。


 黒い金属から作られた魔装には埃が被っており、俺は埃を綺麗に拭き取ると、魔装は機嫌を良くしたのか、闇の魔力を弱めた。ヴィルヘルムさんは少し気分が良くなったのか、立ち上がって俺の背後に隠れた。


「装備してみても良いですか?」

「勿論だ。ただし、命を落としても俺の責任にはするなよ」


 魔装を持ち上げると、丈夫そうな見た目とは裏腹に、羽根の様に軽い。体に身に着けると大きさが瞬時に変化し、俺の体に丁度良いサイズに変化した。まるで着心地の良い服を着ている様だ。魔装は生き物の様に、顔以外の全ての箇所を覆うと、体内には強い闇の魔力が満ちた。


「魔装が力を与えているのか。周囲に放っていた魔力が全てクラウスの体内に注がれている……」

「はい。どうやら魔装は俺を認めてくれたみたいです。体も驚く程軽いですよ」

「クラウス。新たな防具と出会えたという訳だな」

「そうですね。この魔装を頂きたいのですが……」

「うむ。爺さんが死の間際に作り上げた最高傑作だが、今までは装備出来る者すら居なかった。ずっと倉庫に眠っていた物だから、十万ゴールドで良いぞ」

「え? 十万? そんなに高いんですか?」


 アーセナルの契約金で換算すれば一年分か。あまりにも高すぎる。防具の相場を知らないから値下げ交渉する事も出来ない。


「確かこの魔装は店主のお爺さんが作ったもの。そうですね?」

「そうだが……」

「お爺さんの代から売れ残っていた魔装が十万ゴールドとは。随分高すぎませんか? 彼は将来、幻獣のゴブリンロードとデーモンを仕留める剣鬼です! 彼は大陸で暮らす民を守るため、己の剣で悪質な魔物を狩る神聖な冒険者です。そんな彼に対して、売れ残りの魔装を十万で売ろうとするとは!」


 ヴィルヘルムさん商売モードに変わったのか、巧みな話術で店主を言いくるめると、最終的には八万ゴールドまで値段が下がった。俺は浮いた二万ゴールドで、ヴィルヘルムさんに贈るガントレットを購入した。氷の魔力を高める力を持つアイテムだ。


「本当に貰っても良いのか?」

「はい! 俺のために値切ってくれてありがとうございます!」

「贈り物なんて随分久しぶりだ。このガントレットは強い氷の魔力を持っている様だ。俺自身の魔法を更に強化出来るだろう! 大切に使わせて貰うよ!」

「喜んで頂けて嬉しいです! ヴィルヘルムさん」


 ヴィルヘルムさんは子供の様に喜び、彼の話術に完敗した店主は不満気にヴィルヘルムさんを見つめた。しかし、俺が浮いた二万ゴールドを使ったからか、俺に対しては柔和な笑みを浮かべてくれた。


「まぁまぁ、そう怒らないで下さい。実は、クラウスはマスターとの戦闘の際にバラックさんが愛用しているブロードソードを叩き折ったんです。きっとマスターは今頃新しい武器を求めているでしょう。バラックさんは聖属性の使い手です。新たな剣をどの職人よりも早く用意出来れば、きっとバラックさんはこの店を贔屓にしてくれるでしょう」

「それは本当か? アーセナルのギルドマスターに武器を使って貰えるとは!」

「はい。嘘はつきません。これは強引に値引きをした事に対する謝罪でもあります。それでは私達はこれで失礼します」

「ありがとう! 早速ブロードソードを作るよ! またいつでも来てくれ!」


 ついさっきまではヴィルヘルムさんに対し、怪訝な表情を浮かべていた店主は、すっかり機嫌を良くして、ヴィルヘルムさんと握手を交わした。やはりヴィルヘルムさんは頼れる仲間だ。


「今日の買い物はこれくらいで良いだろう。明日、魔装の力を試すために魔物を討伐しよう」

「そうですね。そろそろ宿に戻りましょうか」

「しかし、このガントレットは良い。全身に氷の魔力が溢れている。すぐにでも魔法の練習をしたい!」

「俺も同じ気分ですよ。この魔装は素晴らしいマジックアイテムです。闇の魔力が常時体内に供給される様です。きっと自己再生と魔力強奪の効果も上がっている筈です」

「ああ。あの武具屋は定期的に覗こうか。素晴らしい武具を取り扱っているのだからな」

「すっかり店主に気に入られましたね。ヴィルヘルムさん」


 俺とヴィルヘルムさんは上機嫌で宿に戻ると、今後の冒険者としての生活を深夜まで語り合い、明日の早朝からダンジョンの一階層で魔物討伐をする事に決めた。俺は自分の部屋に戻ると、ヴィルヘルムさんとの出会いやバラックさんとの勝負を思い出した。今日は何と実りある一日だろうか。やはり洞窟を出てヴェルナーに来たのは正解だった。


 俺とヴィルヘルムさんの目標は、半年以内にダンジョンの十一階層で幻獣のゴブリンロードを仕留める事。まずはヴィルヘルムさんの復讐を手伝いながら訓練を続け、デーモンを狩れる力を身に着ける。並行して死の呪いを解除する方法も模索しなければならない。忙しい毎日が続くだろうが、俺はもう一人じゃないんだ。ありのままの、闇を秘める俺を認めてくれるヴィルヘルムさんが居るんだ。


 魔装を脱いで風呂に入り、久しぶりにベッドに寝そべった。ここは天国だろうか。魔物から襲撃される心配をせずに夜を過ごせるのだ。暫く目を瞑っていると俺は知らないうちに眠りに就いていた……。



〈ヴィルヘルム視点〉


 クラウス・ベルンシュタイン。まさかバラックさんをも圧倒する剣の使い手だったとは。昼間に俺の氷の壁を砕いた瞬間から、俺はクラウスの底知れぬ力に惹かれていたが、彼は剣術だけではなく、攻撃魔法にも精通している。使用出来る魔法はファイアとファイアボールのみだが、ヴェルナーで最も加入者数の多い冒険者ギルド・アーセナルのギルドマスターと対等以上に渡り合うとは。


 クラウスのファイアボールの破壊力は異常だ。多分、あの場でクラウスの魔法を見切れた者はバラックさん以外に居ないだろう。クラウスは一瞬で上空に飛び上がると、バラックさんに対して小さな炎の球を目にも留まらぬ速度で落とし続けた。軽く二十発は魔法を放っただろうか。あまりの速さに攻撃の回数を数える事すら出来なかった。


 これが悪魔の力を持つ者の強さ。レーヴェを追放される形で森に入り、ブラックウルフと遭遇した。彼は生きるために魔物を狩り続け、洞窟での生活に耐えた。冬の森でブラックウルフを狩り続け、火の魔法を習得した。彼が言うには、火が使えなければ食事が出来なかったから魔法を習得したのだとか。


 まさに生きるために魔法を習得したのだ。俺はクラウスに見合うだけの男なのだろうか。氷の壁を破壊した瞬間から、クラウスの強さは分かっていたつもりだったが、彼が本当の強さを発揮出来るのは実戦形式だった。勝負が始まった瞬間、背筋が凍りつきそうな強烈な闇の魔力を感じた。まさにクラウスは勝負の瞬間、悪魔になった。


 目視する事も出来ない程の速度で剣を振り、自分よりも遥かに高レベルのマスター相手に本気で魔法を放った。俺は確信した。彼はまだまだ強くなる。クラウスが強くなった時も、傍に居られる男になりたい。もう仲間は死なせる訳にはいかないからな……。


 俺はクラウスから頂いたガントレットを嵌めると、部屋を飛び出し、朝まで魔法の訓練を行う事にした……。

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