そうしていれば、普通の女の子なんだけどな
部屋に戻ったリンは、昼の空き時間に自室で魔法の鍛錬をすることにした。鍛錬と言っても、イストゥリナに所属するものにとって魔法は必須であるから、どちらかと言うと調整と言った方がいいかもしれない。
「…」
空中の微量な魔力を掻き集め、手のひらに集中させる。数秒もすると手がほのかに熱をおびて来る。
その熱をエネルギーに変換するイメージを思い浮かべて、更に氷を思い描く。
「…フリーズ!」
ガキィ!と高い音がして手の平から数百に枝分かれた氷の剣が生まれる。
「…遅い」
数日前よりも、少しだけ魔法の発動が遅かった。使わなければ肉体よりも早いスピードで劣化していくこの感覚だけは未だに慣れることがない。
「へえ、空気中の魔力だけでこのサイズか、まさに氷の獄卒だね」
「…ティナ」
「やあ、朝は嫌な気分にさせて済まなかったね、僕も少し思うところがあってさ」
「…良い、もう気にしてないから」
「それにしても、未だにこんな事してるんだね、ラグがあるなら君の中の魔力を使えばいいだけじゃない」
空中の魔力を掻き集めて発動するよりも、体内の魔力を使って発動する方が遥かに魔法の発動が早い。しかし、体内の魔力は有限であるために、多くの人間はその方法を選ばない。
「…いざと言う時に、困る」
「困る、ねえ…」
「…フリーズ!」
今度はそれをティナに向けて打つ。氷の剣ではなくて、地面とティナ自身を縛り付ける魔法だ。
「っとぉ、危ない危ない」
「…まだ遅い」
「僕を実験台にするのやめてよね」
「…」
「…ていうかさ、そのフリーズとか言う掛け声何なの?めちゃめちゃダサいからね」
「…えっ」
「…びっくりした顔しないでほしいなぁ〜…」
「で、でも…これは魔法のイメージを固めるために…」
「それなしじゃ出来ないわけじゃないでしょ?」
朝と同じく、痛いところを突かれてしまう。確かにリンはイメージを固めるためと言うよりも、格好良いからこの掛け声を使っているのだ。
「17の女の子が「フリーズ!」って…ぷっ…くく…!」
「うるっ…さい…!」
顔を真っ赤にして、リンはティナに枕を投げつける。それをひょいっと避けてティナはお腹を抱えて笑う。
リンはなお一層顔を真っ赤にして、空に浮いているティナを睨みつけた。
「あー…笑った…ごめんごめん、もう言わないから」
「…うぅ」
もう3年ほど共に過ごしているが、この掛け声を突っ込まれたのは初めての事だった。
「…そうしていれば、普通の女の子なんだけどな…」
「…え?」
ティナはリンに聞こえないように、ボソッと呟いた。
「…何でもないよ、リン」
「…変なティナ」
リンとティナは目を合わせて、大きな声で笑いあった。
*
長く蓄えた白いあごひげを左手で弄びながら、イストゥリナの大幹部はゼンに再度質問をした。
「…もう一度聞く、何故その娘を幹部にさせたくない?」
「…お言葉ですが、大幹部様。させたくないのではなく、させられないのです」
ゼンは緊張を押し殺し、声が震えないように努めながら答えた。
「彼女はまだまだ未熟です、彼女の父親フィードリアの強さは確かに桁違いではありましたが、彼女の父親は彼女がまだ幼い時に亡くなっています」
「ふむ、つまり彼女は父親から何も学んでいないと?」
「…ええ、心構えとやらも、分かっていないでしょう」
年老いた大幹部は酒を口に運ぶ。
「尚更ではないか?やはり優秀な一族のようだ」
もう1人の大幹部が口を挟む。余計なことを言うな!と怒鳴ってやりたかったがとてもそんな度胸はない。
「いくら優秀とは言っても、彼女はまだ17の少女です。あんな事をしていては、きっと身が持たないでしょう」
「誰かも最初はそう言っていたな」
「…!」
嫌な汗が吹き出る。過去のことを思い出してしまいそうになる。吐き気をこらえながらゼンは何とか次の言葉を紡いだ。
「…私のことはどうでもよろしいでしょう…!もう少し待たれよと言っているのです!」
「待つ意味は?」
「奴隷の抑止力となる「獄卒」と、幹部が行う「処理」は全く別の内容です。余りの差に彼女はきっと耐えられない。精神が壊れてしまいます」
「ええい、まどろっこしい、いつまで待てば良いのだ!?」
もう1人の大幹部が声を荒らげる。その語気に負けない様、ゼンも腹の奥から振り絞って声を出す。
「いずれ、彼女がその事実を知ってしまった時、それまではどうにか…待ってはいただけないでしょうか…!」
「…ふむ、その間の処理はお前一人で行うというのだな?」
──逆らうことなど、許さない癖に…俺が処理せざるを得ないことを知っているくせに、よくもぬけぬけと。
「…はい」
「良かろう、その時までは待ってやろう」
「…感謝します」
ほっと息をつく。忌まわしいバッヂが目に入る。
「…なんて、嫌な運命なんだよ」
ゼンは、そのバッヂを引きちぎり投げ捨てたい衝動に駆られたが、勿論そんなことなど出来ずに、その部屋を後にした。