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9話・とある異世界転移者の状況説明(チュートリアル)

今更ながらの説明回です。苦手な方は下に今回の内容をまとめてありますので前書きだけでもどうぞ。



・転生者や転移者はそれなりにいるよ

・転移者は言葉は通じるけど文字は読めないよ

・迷宮都市クルクミンの周りには4つのダンジョンがあるよ

・魔法はイメージだよ

・火、水、土、風、癒の属性が基本属性。金、氷、木、光、闇の属性がレア属性だよ

・それ以外の炎や天、死といった属性はユニーク属性だよ。属性を持ってない人もいるよ

 トンネルを抜けていないのにそこは異世界だった。

 梅雨時の日本のジメジメした湿気と今まで降っていたはずの雨は消え、乾燥した空気と肌を焼くような熱気が襲ってきている。

 学校の廊下に立っていたはずが、赤茶けた大地を踏みしめ、周囲には平屋建てだろうさほど高くない石造りの建物が並んでいる。

 そして、俺の目の前には漢字で「呪」と書かれただけの看板が掛けられた店があった。


「異世界転生……いや、死んだ覚えがないから異世界転移とかトリップとか言うヤツか」


 そういった類のラノベやアニメをいくつか見てきた経験はある。もしかしたら地球の別の地域にテレポートしたのかもしれないが、どちらにしろ一大事だ。

 ここがどういう場所かを調べることが第一だな……。

 周囲は石やレンガでできた建物が規則的に並んでいて、均された砂利交じりの赤土は3、4メートルくらいの幅で広がっている。轍の跡が少し残ってはいるが、自動車のそれとは違うようだ。

 太陽はほぼ真上にあり、道を歩いている人影は見えないが、いくつかの建物の中やその向こう側からは話し声が聞こえてくる。はっきりとは聞こえてこないが、単語のいくつかは理解できるため日本語を話しているようだ。


「いつまでも店の前で突っ立っていられると邪魔だ。さっさと入ってこい」


 ほら、日本語だ……って、あれ?

 気付くと店の前に一人の男が立っている。象牙色のターバンと砂漠の人が着るようなゆったりとした衣装を身に着けた男だ。よく日に焼けた赤銅色の顔をしていて年齢は俺より少し上、20前後に見える。

 親指で店の中を指差したかと思うと、そのまま店へと入っていく。ついていくか少し悩んだが、このまま外にいても何もできないため俺も店内へと足を運んだ。

 店内は薄暗いが、天井にランタンのようなものが吊り下げてある。

 10歩も行かないうちに奥のカウンターにぶつかる程度の小さなつくりで、棚には素焼きのビンや雑貨らしきもの、巻物が乱雑に並べられている。そのくせカウンター奥に飾ってある武器は素人目からしても立派なものだ。


「とりあえず確認するぞ。お前、日本人だろ?」


 何故か銀色のカレー用ソースポットが置かれたカウンターの向こうに座った男が、黒地に金の装飾が入った煙管にタバコを詰めながら何気なく聞いてきた。

 思わず息を止めた俺に意地悪く笑いかける。


「まぁ、そんな格好じゃ聞くまでもないが。それ、学校の制服だろ。中学か? 高校か? ……【発火】」


 右手の指輪を火皿に近付けると一瞬炎が上がり、甘い煙が漂ってくる。あれはマジックアイテムってやつじゃないだろうか!

 それなら本当に異世界トリップしたってことになるのか!


「……指輪が珍しいのはわかるが、俺の話聞いてるか? まぁいい。自己紹介と行こうか。

 俺はシャン・シャンシー。名前よりは屋号で呼ばれているが……まぁ、勝手に呼べ。このまじない屋の店主で転生者だ」


 転生者ってマジか! だから日本のこと知っているということか。

 いやちょっと待てよ。ラノベだと転生者は俺一人のはずだろ? クラス全員召喚されたわけで乃ないし……。いや、こいつが俺のクラスメイトで召喚の事故で過去に転生したとか言う可能性も……。それにしても、このタバコ甘い匂いだな……。


「いつまでも変な面してんじゃねえよ。この世界にゃあ時折、日本とかから転生者だの転移者だのが降ってくるんだ。

 で、元同郷のよしみでそんな奴がくたばらないよう常識を教えてやる……ってとこだな。聞く気が有るなら名前くらい教えな。無いんなら出口は後ろだ」

「……渡世界わたり・せかい。国立アンニュイ高校の文学部ライトノベル学科一年です。あの、転生とか召喚とかそんなにあるんですか?」

「正確な数はわからんがな。俺が知っているだけで、転生者も転移者も合わせれば両手の指に余る程度にはいる。

 ただ、元の世界から召喚されたって話は聞いたことが無いな。どいつも偶然この世界に来たって話だ。知らんだけでそういう術があるのかもしれないが」


 この町がどれくらい大きいのかはわからないが、店主一人で十人以上知っているという事は、俺がオンリーワンの主人公では無いって事か……?

 いや、まだわからない。ステータスを確認して強力なチート能力で成り上がる展開かもしれないじゃないか!

 ステータス! ……何も見えないな。

 ステータスオープン! ……口にして言わないとステータス画面は出ないのか?


「また黙って……ああ、ステータスの確認か? 今は昼だから外に人もいないだろ。叫ぶんなら今のうちだぜ」


 やはり声に出すのが正解か。ならここは雄々しく叫んでみるとしよう。左手を握り腰の位置に、そして右手は開き天高く。


「ステータス・オープンッッ!!」


 ……何も出ないな。

 何度かセリフやポーズを変えてみるも、ステータス画面は現れない。代わりに見れたのはタバコを詰め直しながら意地悪く笑う店主の顔だった。


「ステータスは見れたかい? 何人も試しちゃあいるんだが、見れたという話はついぞ聞かなくてね。成功したら教えてくれ……っと、話を戻そうか」


 店主は一笑した後に煙を吐き出すと、また説明に戻ってくれた。

 人を馬鹿にしたような態度に怒りを覚えないわけではなかったが、心を落ち着かせてくれる甘い匂いに免じて我慢することにした。


「ワタリ君、こだわりが無いのなら、これからは苗字か名前のどちらかだけを名乗るといい。

 家名まで名乗るのは貴族や商人といった名を売るのが仕事の連中が多い。面倒事を避けたいのならワタリなりセカイなりだけを名乗っておけ。名前だけの連中は珍しくもないしな」


 詳しく聞けば、清潔な格好で世間知らずの転移者は貴族に間違われることがあるのだとか。

 貴族扱いされるだけならまだしも、誘拐の対象になったり、身分詐称として捕まったりするケースがあったとか。


「なら、これからはセカイと名乗ります」

「そうかい。ではセカイ君、もう少し君の事を教えてもらおうか」


 店内に満たされた甘い匂いを嗅ぎながら、聞かれるままに答えていった。

 元の世界に帰れないのなら冒険者として活躍し、美少女奴隷を集めたハーレムを築きたい事。現状では獣人や亜人に偏見を持っていない、むしろ美人ならお近付きになりたい事。

 他にも宗教観や思想、果ては性癖まで暴露しつつ、店主とは敵対せずこの店の事も秘密にするよう約束した。

 自分でも何故ここまですらすらと話してしまったのか不思議だが、この店主には何でも話したくなってしまう。甘い香りがする。異世界で初めて会った人物だからだろうか、口は悪い気はするがわざわざ世話を焼いてくれるのだから善い人なのだろう。甘い。

 まるでこの人の為なら何でもできそうな気が――


「!?」


 カン、と鋭い音が耳を叩く。音の元は店主が火皿から吸殻を捨てた音だった。

 妙に鋭いその音は、今まで感じていた甘い香りを一瞬でどこかに消し去ってしまったかのように場の空気を変えた。


「お前の話はもういいか。ちょっとこれ読めるかい?」


 店主が差し出したのは一枚の粗い紙。そこには横文字で何行か書かれていたが、どれもまるで読めなかった。

 上二行はアルファベットに近いが英語ではないようだし、その下は英語の筆記体や書道の草書体のように線が走って読めないし、最後の一行は漢文に近いようで知っている文字は無かった。


「いえ。最後のは漢字ですか?」

「いんや。これはこの世界の文字でね。上から順に、この国で使われているホウゲーシャン語。この国を含む大陸東部で使われている東方語。主に商業ギルドが使う交易共通語。大昔に使われてた上位古代語だよ。

 初めて会った時から言語を変えながら話してたのに、理解してたようだからもしかしてと思ったが、やっぱり読めねえか。会話だけでも充分チートだし、なんとでもなるんだろうがね」


 言語を変えていた……? 口調が少し変わっていたように感じていたのはそれが原因だろうか。

 しかし、異世界転移で手に入れたチート能力が会話能力って……微妙すぎるだろ。


「ところで、さっき火を出した指輪はマジックアイテムってやつですか? マジックアイテムがあるってことは、この世界は剣と魔法のファンタジー世界なんですよね!」

「そういえば説明していなかったか。君と俺との想像には差異があるだろうが、おそらくは君が想像している『剣と魔法の世界』だろうね。

 あまねく人々は魔法の恩恵を受け、人型のさまざまな種族が文明を築き、魔物と呼ばれる脅威が生存圏の拡張を阻んでくる。

 ついでに言えば、この街――クルクミンには魔物と罠に満ちたダンジョンが存在し、冒険者と呼ばれる命知らず共が日に日に迷宮へと潜っていくな」


 店主のやや芝居がかった言動が気になったが、やはり魔法はあるんだな。ここは誰も習得していない無詠唱やアニメやゲームで鍛えたイメージを駆使しての新魔法でダンジョンを制覇するしかない!


「あの、魔法って誰でも使えますよね? 俺に魔法の使い方を教えてください!」

「……もう少しこの街について説明するから、スクワットでもしながら聞いていろ」

「は!? スクワットが何の関係が……わかりました」


 理不尽な命令に反感を覚えたが、不思議と彼の言う事は間違っていないと思いスクワットを始める。帰宅部の俺ではそう多くはこなせないだろうから、手短に話してくれると助かるが。


 店主の話によるとこの街の名前はクルクミン。通称迷宮都市。

 街の周辺には「ウコン」、「ターメリック」、「ハルディ」、「カミンチャン」の四つのダンジョンがあり、それぞれがちょうどよく難易度別に別れているため新人からベテランまで幅広い冒険者が集まってくるのだとか。

 そのため、この近辺を領地に持つカレクック迷宮伯の領地の中で都の次に活気のある街だという。……カレクックって名前絶対転生者だろ。


 しかし、運動不足の俺にはそろそろ足がきつくなってきたんだが。やめろと言われてない以上、続けなければいけないが……?

 急に体の疲れが取れ、落ちていたスピードも最初以上のものになっている。

 回復魔法を使ってくれたのか、と店主の方を見るとまた意地悪く笑っているだけだった。


「体が楽になったみたいだな。それが魔法だよ」


 魔法? いや、全然使った感じがしないんだがどう言う事だ?

 まるで意味が分からない俺に、煙の出なくなった煙管を玩びながら店主の説明が続く。


「魔法には二種類あってね。誰でも使える基本魔法と、属性を持たなければ使えない属性魔法だ。

 基本魔法は大別して三種類。【身体能力強化】、【感覚強化】、【治癒力強化】……要するに自分を対象にする支援魔法だと思っておけばいい。

 動きが速くなっているから【身体能力強化】の効果は発動しているな。もし筋肉痛が和らいでいるなら【治癒力強化】もだ」


 店主の話によると、この二種類は自動的に発動しやすいのだという。危険から回避するために無意識に使っているらしいとか。

 慣れてくれば自分の意志でON/OFFの切り替えもできるようになるし、【腕力強化】など一部分だけを強化することもできるようになるらしい。


「魔法を使い続けていれば、何かが減っていくような削れていくような感覚があるだろう?

 それがゲームでいう所の精神力やらMP(マジックパワー)やら呼ばれている奴だよ。この世界だと魔力や精神力の他にも、プラーナや希望、フレアに内力だの呼び名は様々だな。とりあえず今は魔力で統一しておくか。

 で、だ。その魔力は魂に根付くエネルギーで、使いすぎると魂が擦り切れて死ぬ。まあ、ある程度魔力が減れば悪寒が襲って来たり記憶や感覚に異常が現れるから、死にたくなければそれらを目安に気を付けるといい」


 今使っているような軽い魔法であれば、魔力の消費は少しずつのため魔力がどれくらい減っているか感じ取ることができるが、地球を割れるほどパンチ力を強化しようとした場合、一瞬で魔力を消費しつくして死ぬのだそうだ。

 といっても、命が危うくなるほどの魔力を一度に使おうとすれば直感で危険だとわかるらしい。


「魔法というのはイメージだ。得意な事、苦手な事、消費魔力、使用後の危険性……様々なことがなんとなく(・・・・・)頭に浮かぶ。これは感覚的なものだから個人差が大きいが、直感や虫の知らせというのは大事にしておいた方がいい。

 ……魔法が発動中の方が感じやすいし、セカイ君の魔法属性でも調べておこうか。目を閉じて気を楽にして……何か頭の中で浮かぶイメージはあるか?」


 …………さっぱりない。強いて言えば、いつまでスクワットを続けるのだろうという疑問くらいか。

 俺は感じた事をそのままに店主へと告げた。スクワットはもうしなくてもいいそうだ。


「ふむ……。どうやら魔法属性を持っていないようだな。よくあることだから気を落とす必要はないぞ」

「でも、それじゃ魔法を使えないってことじゃないですか!」


 魔法が使えないなんて俺の夢である魔法チートハーレム計画はどうなってしまうんだ!

 俺の絶望を感じ取ったのか、店主は幾分優しげな声で説明を続けてくれた。


「基本魔法はできるだろう。属性を持たない冒険者は、戦士や盗賊として活動することになるな。もちろん役割ロールプレイでの役職で、実際に泥棒稼業はしないわけだが」


 属性魔法の鍛錬が必要ない分、基本魔法の鍛錬に費やすことで、前衛や探索要員として才能が開花することが多いらしい。

 冒険者としても、扱いづらい魔法属性を持っている相手より勧誘されやすいそうだ。


 属性の説明もしてくれた。「火」「水」「土」「風」「癒」の五属性は持っている人間が多いため基本属性と呼ばれ、「金」「氷」「木」「光」「闇」の五属性は滅多に持っている人間がいないためにレア属性と呼ばれている。

 十属性に含まれない属性もあり、それはユニーク属性と呼ばれ希少なために魔法の解析もろくに進んでいないという。


「ユニーク属性を持っている人間自体は、レア属性持ちより多いんだがな。いかんせん同じ属性持ちっていうのが滅多にいない」

「どんな属性があるんですか?」

「俺が聞いたことがあるのは、「毒」「操」「鑑」「鋼」「妹」「株」……といったところか。

【「株」という字が「妹」に見える魔法】というのを見たが、いまだに有効な使い方がわからない。あいつは元気にしてるかな……」


 店主が懐かしむような表情を一瞬だけ浮かべた。

 魔法の種類からして日本人だったのだろうが、異世界に来て習得した魔法がそんな魔法なら属性を持たない俺の方がよっぽどマシな気になる。マンモス哀れな奴よ……。

次回も説明回の予定です。内容は多分、通貨と人種と身分と冒険者ギルド。

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