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7話

 大通りから少し奥まった通り、その三番目に「呪」と一文字の漢字が刻まれた看板。ここが俺の店、呪い屋だ。

 数点のマジックアイテムと利剣がカウンターの奥に飾られ、店側の棚には迷宮の地図と自作の魔法薬が並べられている。

 短く刈り込まれた赤髪の男が俺を睨みつける。見知った男だが、俺への嫌悪を隠そうとしないこの態度は何とかしてほしいものだ。


「オーネ、帰ってきたのか」

「ああ。あの子とお前を一秒たりとて一緒にはしておきなくないからな」


 俺を睨みつけている、身長2m近い大男の名はオーネ。「火」と「癒」の魔法属性を持つ元冒険者で、今は「うまい軒」の食材調達係として各地を飛び回っている。

 オーネは精悍な顔を苦々しく歪め、吐き捨てるように声を出した。何を言っても聞かないと知っている俺は「そうか」と適当に返すだけだったが。

 だが、こいつがクルクミンにいるということは、ミーヤに頼んでいた品が届いたということだ。ミーヤの魔力が込められたクーラーボックスのようなマジックアイテムと、オーネの「癒」の魔法があれば離れた港町から運ばれても鮮度が失われていない魚が食える。

 今日はもう店仕舞いをして久々の魚介を食いに行こう。


「んじゃ、飯食いに行くか。頼んでいた物は持って帰ってくれたんだろ?」

「飯を口実にミーヤに色目を使うつもりだろう。そのような真似、俺がさせるとでも思うのか?」


 この赤髪の大男は、俺が毎食のように「うまい軒」に通うのは、俺が店長のミーヤに懸想しているという妄想に取りつかれている。

 オーネがミーヤに対して異常な執着をしているからといって、誰もが同じだと思わないでいただきたい。俺にだって選ぶ権利くらいある。無くてもよこせ。


「他にもっとマシな食材を使う店があればそっちに行くんだがな」

「貴様、ミーヤの料理以上の物が他にあるわけないだろう。馬鹿なのか貴様。馬鹿め」


 俺は妄言を聞き流しながら外出の準備を終えた。

 この世界は、21世紀の日本と違って食材への忌避感が薄い。魔法が存在するとはいえ、魔物が跋扈するような世界では農地の確保が困難で生産の効率も悪い。

 その代わりに、魔物を狩って食うような超☆狩猟文化になっている。巨大化した動植物はもちろん、虫や亜人、異形種や死霊の類まで毒さえなければ食ってのける。

 そのため、俺基準でまともな食材を扱っている店というのは極めて貴重だ。特に、こんな迷宮都市では迷宮でよく拾える肉類が流通している。動物型モンスターの肉は比較的美味のため、専門に狩ってくるチームもいるが、庶民向けの店で多く出てくるのは低階層で貧民が拾ってくるようなタダ同然の死肉だ。

 ミーヤが飯屋を開いた時には柄にもなく神に感謝したよ。


 ……さて、益体も無い回想をしているうちに目的の店に着いた。

 店頭の品書きには魚料理が主に書かれている。俺が注文した食材の余剰分なのだろう。高い金を出して注文したのは俺だが……今日の俺は寛大だ。俺より先に魚食ってる客がいても許してやるよ。

 俺以外誰もいなかった店内で、ほぼ定位置として使っている席に腰を下ろし、オーネが持ち帰った魚を見せてもらう。……うん。まずは刺身だな。


「お刺身……できるけどー、本当にいいのー?」

「当然だ。新鮮な魚と醤油の両方が揃ってるんだからな。ああ、肝も捨てないで肝醤油にしてくれ。真子なら焼いて、白子だったら焼きと揚げ半々で」


 訝しげな顔をするが言われたままにミーヤは調理を始めた。オーネからの殺気混じりの視線を感じつつも手持ち無沙汰のためミーヤの動きをカウンター越しに観察する。

 彼女の捌き方には躊躇う様子が無い。日本から転移してくる前から嗜んでいたのか、この世界で学んだのかは知らないが手慣れた様子だ。

 ミーヤの手さばきに感心していると、視線の圧力がなお強くなる。オーネがこの店で何も言わずに睨み付けるだけなのは、調理中に邪魔をすればミーヤが不機嫌になるからだ。


「オーネー、暇なら下処理手伝ってー」

「君が望むなら喜んで」


 俺の時と比べ数段高い声を出して嬉々としてカウンターの中へ入っていく。こうも露骨に扱いが違うといっそ清々しい。

 ミーヤも一人の時の厨房と違ってどこか楽しそうな気がする。やはりオーネが近くにいることが嬉しいのだろう。


「はーい。とりあえずこれできたよー。ご飯欲しかったら言ってねー」


 席に着いたときに出された水で口を軽く潤していると、刺身の乗った皿と醤油皿が俺の前に置かれた。刺身は皿が透けて見えるほどとは言えないが、そこそこ立派な薄作りとなっている。

 期待以上の品に内心喜びながら箸に手を伸ばそうとすると、けたたましく音を立てて店の扉が開かれた。


「ホモトピーの話でまさかと思ったけど、本当に醤油の匂いがするーっ!」


 入ってきた途端に耳に痛いほどの高い声で騒ぐのは、魔法学園の制服を着た、ピンク色のふわふわした髪を持つ少女だった。

 この店に初めて来た転生者というのは初めて見たが、ミーヤの話では騒ぎ出すか泣き出すかというのが基本らしいので珍しい反応ではないのかもしれない。

 ふわふわ頭の事よりも目の前の魚が大事だと気を切り替えると、何故か俺の横にふわふわ頭が立っていた。


「これ、お刺身だよね? この国だとこんなの食べれるの?」

「ホウゲーシャン王国にも迷宮伯領にも生食の文化は無い。ここクルクミンで魚といっても一般的には淡水魚だ」

「えー! じゃあなんでお刺身なんてあんのよ! チート使ってんじゃないわよ!」


 俺が金出したからだよ。イカサマじゃなく正々堂々とした金の力だ。


「モブのくせにチートだなんて……もしかしてこういうイベントかしら?」

「卵焼きもできたよー」


 ふわふわ頭が変な事を呟きだしたのを気にも留めず、ミーヤが焼いた真子の乗った皿を置いた。

 この魚メスだったんだな。前世で白子を食った覚えはあるが、この魚の真子――卵巣は初めてだ。


「うわっ、焼きたらこまで! これはもう食事イベント決定よね!」


 ふわふわ頭がまた騒ぎ出すと、一口サイズに切ってくれていた真子に横から手を伸ばし、そのまま口に入れた。


「んー。美味っしーっ! やっぱり肉ばっか食べてたら魚欲しくなるよねーっ!」


 予想外の出来事に唖然とする俺達三人をそのままに、ふわふわ頭は箸を奪って刺身にもその手を伸ばした。

 薄作りを一度に何枚も掴み取り、荒々しく醤油に漬け込むと一気に口へと運ぶ。


「久々の醤油は懐かしいわね。なんか味が薄い魚だけどまぁ許したげる」

「それは俺の魚だがな。それと食いながら喋るな」

「何よモブのくせに偉そうに。私は将来の王妃様よ。ここは私が食べてくれたことに感謝すべきでしょうが!」


 何を言ってるのだこの娘は。

 このホウゲーシャン王国の第一王子は四十代で正妻も同年代のはずだ。若く見える外見の種族かもしれないが、こんな品の無い女が王族の妻になれるはずがないだろう。

 白い目を向ける俺をよそに刺身と真子をバクバクと食い続ける。図々しさは王族並みだな。

 しかし転生者だか転移者だか知らんが、こうも好き勝手をしてくれる……。


「うっ!?」


 急に箸を取り落とし口元を押さえるふわふわ頭。

 大量に食い続けているから効かないのかと思っていたが。空気を読まない分厚い面の皮同様に鈍いだけだったのだろう。

 心配して飛び出そうとするミーヤに止まるよう視線で言っておく。


「な、なに……? 急に痺れて……」

「ああ、やはり中ったか。この世界でもフグには毒があるんだな」


 俺の言葉に一瞬で顔が蒼白となる。フグを知らないほど阿呆ならどうしようかと思ったが、その心配はいらなかったようだ。

 種族差や個体差はあるが俗にフグの毒は肝臓や卵巣に多く含まれているという。ふわふわ頭がガツガツと食べていたのがそれだ。本来なら発症まで時間がかかるが、そのあたりは少し調整させてもらった。


「フグ毒は首まで地面に埋まって一日経つと消える。土魔法使いなら簡単に掘れるだろう。毒が回ってくると動けなくなるから今のうちに行くといい」


 優しく諭してやると、奇声を発しながら外へと駆け出して行った。

 死なない程度には調整してあるが、埋まらないと治らないようにはしてある。ああ、やっぱり同郷の人間には親切にしておかないとな。


「新しい醤油と箸をくれ。それと別の魚も頼むわ」

「う、うん。でもいいのー?」

「ミーヤの料理を汚らしく食い散らかす女だ。のたれ死んでも自業自得だろう。貴様も死ね」


 そんな自業自得は無いが、オーネなのでツッコむだけ無駄だろう。

 しかし、改めて皿を見ると三分の一も残っていなかった。これは情など見せずに肉屋に卸した方が良かったかもしれないな。


「はい、お皿。でもノロイ屋さんは大丈夫なのー?」

「貴様に効くかと思ってせっかく毒魚を持ち帰ったというのに、かかったのは馬鹿女か。貴様も死んでくれていいんだぞ」

「俺ぁ毒は効かんよ。そういう体質なんだから気にしなくていい。それに、フグで死ぬってのも確率的には少ないそうだしな」


 これは魔法属性の問題だ。「火」属性の魔法使いが自分の魔法で火傷しないように、「毒」の魔法属性がある俺には毒は効かない。

 一部の病気や寄生虫にも耐性があるのは嬉しいが、薬の類が一切効かないというのは不便だな。魔法による治療の効果があるのは幸いだが。それも効かなければ何度か死んでた。


「ふーん。じゃあ、流行らない店なんてやめて毒見役にでもなればいいのに」

「毒は効かんが毒があるかどうかまではわからんぞ。味や臭いがある毒なら別だが」


 だから毒見役には毒に耐性のある人間ではなく、子供や体の弱い人間の方が毒の周りがいいため都合がいい。毒見用の奴隷を用意している貴族もいるという噂だ。


「なーんだ。せっかくノロイ屋さんが人のためになるかと思ったのにー。あ、鮭焼けたよ」

「ミーヤ。心優しいのは君の美点だが、こいつにまでその優しさを向けることはない。

 生まれついてのクズはどこまで行ってもクズでしかないのだから」

「おまえら夫婦そろって常連様になんて口の利き方してやがる。焼き鮭なら飯も一緒にくれ」


 酒に酔えないってのも不便な点の一つだな。この世界の酒は日本の物より不味いから飲む気になれないのが救いだが。

 さて、邪魔が入らないうちに今度こそ久々の魚を堪能しよう。


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