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5話

 大通りから少し奥まった通り、その三番目に「呪」と一文字の漢字が刻まれた看板。ここが俺の店、呪い屋だ。

 数点のマジックアイテムと利剣がカウンターの奥に飾られ、店側の棚には迷宮の地図と自作の魔法薬が並べられている。


 俺は今、非常に機嫌がいい。娼館に薬を届けた帰りにのぞいた露店で掘り出し物を見つけるし、屋台で買ったサンドイッチが当たりだった。ケバブがちゃんと羊肉を使っている。酷い所では亜人型のモンスターや二本足の羊だったりするのだが。

 機嫌もいいし、せっかく大通りまで出たのだからパッチの爺さんに挨拶でもしておくかと、モンヤーデ武具店に足を運ぶのだった。


「金返せって言ってンだよォ――ッ! テメエが騙し取った金をよォ――ッ!」


 店の扉を開くと、銀細工のカレー用ソースポットが飾られたカウンターの上で騒ぎ立てる小柄な少年が目に付いた。蜂蜜色の髪と仕立ての良い服に包まれた体が跳ねるように動いている。

 もう一人は枯穂色の髪をした一振りの剣を持った背の高い男。こちらは少年をなだめようとしているようだ。

 ……厄介事の臭いしかしないのでもう帰りたいのだが、こちらに意識が向いていないうちに【鑑定】の魔法を使っておく。


【イトコ・ブルン

 魔法属性:「火」・「土」】

【セクシー・ブルン

 魔法属性:「水」・「風」】


 姓が同じ……だとすると、あの二人は兄弟か親族といったところか。ブルン家という貴族は聞いたことが無いので他国の貴族か豪商あたりか。

 それこそ関わるだけ損をするだけだな。見なかったことにしよう――


「来てくれたのか呪い屋! 早く入ってこいシャン! 気にすることないぞシャン・シャンシー!」


 踵を返そうとした瞬間に、糞爺は店の中から大声で俺を呼びやがった。ああ、面倒な奴等の視線も俺に向いてやがるし、退路は無いと考えた方がよさそうだ。

 聞こえよがしに舌打ちをし、わざとらしいくらいに苛立ちを隠さず店内へと入る。爺には効果が無いだろうが、この二人に俺が係わるだけの価値が無いと思わせることが重要だ。

 街のごろつきモドキだと思わせておけば、相手もしな……この小さいの、めっさガン付けてきてるんですが。こっちは確かイトコとかいったか。


「おいジジイ! 俺を放っておいて、こんな奴を呼び込むだなんて何のつもりだコラ! 殺すぞ!」


 うわあ。この子口悪いわあ。それ以上に頭悪いわあ。

 かわいそうなものを見る視線を投げかけていると、もう一人の背の高い男――セクシーがイトコをなだめようと声をかけた。


「兄さん、落ち着いて。このままじゃ話が進まない」

「これが黙っていれるか! パイパイ王国に名だたるブルン家の長子が侮られているんだぞ!」


 あ、小っちゃい方がお兄ちゃんなんだ。兄が発育不良の合法ショタなのか、弟が育ち過ぎの違法ショタなのか……どうでもいいがね。

 二人の世界を作ってるんなら帰してくれませんかね。いや本当に。


「まずはこれを見てください」


 お兄ちゃんを何とかなだめつつ、俺達は店の奥の個室へと案内される。今は他の客がいなかったが、店の中で騒いでいて変な風聞が立ってもいけないからな。

 河岸を変えて軽い自己紹介を終わらせると、弟君は腰に差していた剣を俺に渡す。

 鞘から引き抜こうとすると軽い引っ掛かりを覚えつつも、多少刃の欠けた白刃を表に出すことに成功した。素材は鋼鉄で、品質は元はD程度の結構いい剣なのだが……こりゃひどいな。

 刀身が曲がっている……いや、芯から歪んでいるな。堅いモンスターを無理に切り付けたか、剣を防御に使ったという所だろうか。


「こりゃ打ち直しになるな。新しく買った方がいいぞ」

「そうですよね。これは魔法学園の実習で、ダンジョンに潜ったとき……」


 石でできた巨人、ストーンゴーレムに遭遇し何とか勝利したが剣が壊れてしまったらしい。鋼の剣ではストーンゴーレムを相手取るには脆過ぎる。よく持ったと言うべきだろう。……俺だったら戦わずに逃げてたね。

 そこで買い替えるためにモンヤーデ武具店を訪れたのだが、以前二束三文で買い叩かれた呪われた武器が、結構な値段で並べられているのを発見。買取価格との余りの差にお兄ちゃんが怒り出した、という具合らしい。

 仮にも貴族だと言うならば金貨の十枚や二十枚でガタガタぬかすな、というのは俺の感想だが、ここはパッチの爺さんの店だ。俺がどうこう言うのも筋が違うだろう。


「……というか、なんで俺はこんな話を聞いているんだ?」

「何を言っとるか。お前が呪いを解いたのだから、お前も関係者の一人だ。……逃げようったってそうはいかんぞ」


 この爺、やっぱり俺にも面倒事を押し付ける気だったか! 阿漕な商売してるんだから、泥は自分だけで被れ!


「えー、先程も言ったがね。こっちだって商売だ。呪いを解くのにも安くない手間や金を使っておる

 だからして買い取ったままの値段で売るわけにはいかんのだ。わかってくれるかね」

「その理屈はおかしいだろ。この剣を見つけてきたのは俺達だ。なら、元々の売値で買い直してもいいだろうが」


 よくねえよ馬鹿!


「それに、こんな奴が呪いを解くだなんてできるわけがねえだろ! 教会に頼んでもそうそう成功しねえんだぞ! それにこの店なら呪われてても高値で――」

「ヘボ教会と一緒にすんな。あんな修道女の体液を聖水とか名付けて売ってるキジルシどもに何ができるってんだ」


 ……おや。黙っているつもりだったが口に出たようだ。三人が呆気にとられた顔でこちらを見ている。

 まぁいい、小さいのがギャアギャア騒ぐのも鬱陶しいと思っていたんだ。懐から小瓶を取り出し、その赤黒い中身を兄弟にぶちまける。

 二人は慌てて拭おうとするがもう遅い。

 無駄に緊張していた二人の体が弛緩し、表情も虚ろなものへと変わっていく。

 これで大人しく俺の話を聞くようになってくれたな。


「……とりあえずお前ら、いくら持ってんだ? 有り金全部出してみろ」


 素直になった二人は軽く頷いて、サイフを俺の前に差し出した。中身はそこそこに入っていたが、カネー紙幣よりタンジェント貨幣のが多いということは、ダンジョンでの稼ぎよりも仕送りの方が多いということか。

 セクシーのサイフから金貨を二十枚ほど失敬すると、二割ほど失敬して残りをパッチ爺さんに渡す。


「これだけありゃ、壊れた剣と似たような物の代金にはなるだろ。適当に見繕っといてくれ」

「あいよ。ヒヒッ。相変わらずえげつねえ魔法使うねぇ」


 失礼な。ちょっと血を触媒にクスリを作って幸せな気分になってもらっているだけだというのに。使った血は回収したので、放っておけば一時間もしないうちに正気に戻るはずだ。

 その前に、以前に売った武器の事を納得させ、自分の意志で新しい剣を買ったという事を理解させておく。効果が切れた後でまた騒いだら面倒だからな。


「あー、ついでに言っとくか。『今後、売値と買取価格に文句を付けてはいけない』はい、復唱」

「売値……文句……ダメ、絶対……」


 イトコお兄ちゃんがガクガクと頭を振りながら復唱するのを見て安心する。

 彼はこれから取引で苦労するかもしれないが、自称貴族の長子だ。直接店で買い物する機会なんてないだろうし問題あるまい。あっても俺には関係ないし。


「そんじゃ帰るわ。これは貸しにしとくからな」

「ヒヒヒ、最近物忘れが激しくてねぇ。機会が来るまで忘れないよう祈っといてくれよ」


 いつもの胡散臭い笑みに舌打ちを返し個室を出る。セクシーに渡す剣を運んでいる丁稚とすれ違いつつ店の方に戻ると、賑やかにあれやこれやと武器を選んでいる冒険者で繁盛していた。

 ……う、羨ましくなんてないんだからね!

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