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3話

 大通りから少し奥まった通り、その三番目に「呪」と一文字の漢字が刻まれた看板。ここが俺の店、呪い屋だ。

 数点のマジックアイテムと利剣がカウンターの奥に飾られ、店側の棚には迷宮の地図と自作の魔法薬が並べられている。


「迷宮で手に入れた魔剣なのですが、どうやら呪われているようでして……ここなら解呪できると聞いて伺いました」


 少し神経質そうな片眼鏡の青年がカウンターに置いたのは、これといって代わり映えの無い長剣。初心者が腰に佩いていればマジックアイテム――魔剣とは思わないだろう。


「誰からその話を? それと、呪いの詳細はわかりますか?」

「ギルドの鑑定屋です。これはその時の鑑定書になります」


 ギルド……この場合は冒険者ギルドだろう。鑑定書を顔の前に広げ、筆跡から紹介者の当たりを付けると、紙越しに【鑑定】の魔法を発動する。


【フリント・アッベ

 魔法属性:「風」・「氷」・「刻」】


 人間に【鑑定】を使った場合は基本的に名前と魔法属性のみがわかる。レベルやHPといったステータスは……あるのかもしれないが、俺の魔法では表示されない。

 魔法属性は基本属性・レア属性・ユニーク属性と大別される。基本属性は「火」「水」「土」「風」「癒」の五種類、レア属性は「金」「氷」「木」「光」「闇」の五種類、ユニーク属性はそれ以外の属性全てとなる。

 魔法は所持している魔法属性に関連した「属性魔法」と、属性を持たない人間でも使うことのできる身体強化魔法や感知魔法といった「基本魔法」と呼ばれる二種類に分けられて区別される。

 このアッベとか言う眼鏡の青年は、基本魔法と風や氷、刻に関係する属性魔法が使えるというわけだ。


【ロングソード+2(素材:鋼)

 品質:C-

 能力:切れ味上昇(小)、耐久力上昇(小)

 呪い:味覚変化(乳製品)、色欲、嫉妬】


 鑑定書の内容と、これといって違う部分は見当たらない。

 剣の名前の後についている数字は元の状態よりも強化されているということだ。この剣の場合、品質Dの剣に魔法での強化を行いC-相当になったということになる。

 能力の方は剣としての性能を上昇させる、単純だが使い勝手のいい能力だ。呪いも人間関係が複雑になるかもしれないが、致命的なものではない。


「……マジックアイテムには呪いと魔力が密接に結びついている品があります。

 こういった場合、解呪を行うと能力の弱体化、最悪魔力が抜けてただの武器になることも珍しくありません。

 この剣ですと強力な呪いでもありませんし、このまま使ってみるのも選択肢の一つだと思いますが」

「このまま……ですか? 鑑定士にはあなたは解呪の専門家だと聞きましたが」

「解呪は十万カネーでお受け致します。ただし、魔力の弱体化や消失についての責任は一切負いません」


 俺が言い終えると、青年は眉根を寄せて剣を見る。細身のアッベ氏は見るからに前衛で剣を振るという感じではない。

 この剣はおそらく仲間が使うのだろうが、戦力と呪いの悪影響を天秤にはかっているのだろうか。お優しい事だ。俺なら適当言って仲間にそのまま使わせている。

 ……もしかして、単にサイフの都合だけを考えているんじゃなかろうな。


「呪いとうまく付き合っている魔剣使いは多いですよ。呪いと聞くと身構えるのは仕方ありませんが、弱点を理解できるというのは一種の強さにも通じます。……ああ、買取ですと五万で引き受けますよ?」


 嘘は言っていない。迷宮であっさりと死ぬ奴は、自分にできる事を理解できずに勘違いして進む奴だと相場が決まっている。

 物のついでに買取の話をすると、アッベ氏は一瞬目を泳がせる。やはり懐事情はよろしくないようだ。

 それにしても、この人はクールぶっているようだが結構表情に出るな。


「…………」

「…………」


 何やら長考に入ってしまったようだ。こういう場合、下手に口を出すとこじれてしまう事がある。かといって、優柔不断な貧乏人を長々と視界に入れたままというのも気分が悪い。

 さて、どう穏便に帰っていただこうかと思っていたところに、店頭に置いておいた入店の鐘の音が鳴り、邪悪なオーラを纏った漆黒の全身鎧が中腰で入ってきた。


「キムラさん。いらっしゃいませ」

『お久しぶりです。おや、先客のようですね。もう少し後で来た方が良いですか?』


 現れたのは身長3m半以上の巨漢。この呪い屋の常連であるキムラ・タクヤさんだ。直立すると天井に頭をぶつけるため、窮屈ではあるが店内では中腰かヨツンヴァインの姿勢でいてもらっている。

 キムラさんは無礼を擬人化したようなそこらの冒険者と違い、礼儀正しい貴重な冒険者だ。身に着けているアダマンチウム製の鎧《ジャイアントカープ》の呪いのせいで声は出せないが、教養を感じさせる丁寧な文字で筆談を行ってくれる。


「いえ……ああ、そうだ!

 アッベさん、この方はキムラ・タクヤさん。この迷宮都市クルクミンでも指折りの魔剣使いです。

 魔剣の使い方を相談してみてはいかがでしょう?」

『店主さん、それは持ち上げすぎです。

 魔剣を見つけたのですか? 最初は不安に思うかもしれませんが大丈夫です。私なんか10本以上持ってますけど、まだ死んでませんし』


 彼なりのジョークなのかよくわからないが、呪いを克服できるよう応援しているようだ。兜で表情は見えないし、天井が低くて身振りもうまく取れないけどな!

 悪いなキムラさん、この店人間サイズなんだ。


「死っ……!? い、いえ、私はこの剣を買い取ってもらおうとしただけですから!」

『あっ……』


 差し出した五万カネーを慌ただしく受け取るとアッベ氏は逃げるように……いや、逃げたんだろうなぁ。

 キムラさんはとにかく巨大だ。素顔を見たことがないために推測だが、おそらくはオーガを祖に持つ鬼人種だろう。鬼人種は種族的に粗暴で短期だ。その巨体に相応しい力で暴れるため、冒険者としては頼もしい仲間である以上に恐れられている種族である。

 そのうえ、キムラさんは呪いがオーラになって見えるほど呪われた武具を身に付けている。鎧、外套、指輪やネックレスといった装飾品、腰の左右に吊るした大剣……このすべてがマジックアイテムであり同時にカースアイテムだ。

 キムラさんは「換」のユニーク属性を持っていて、呪いを魔力に変換できるためにカースアイテムを集めている。その性質上、ソロで活動する冒険者なのだが、第三の迷宮「ターメリック」の深部を主に狩場としているらしい。

 個人としての能力ならばクルクミンでもトップクラスの冒険者だといえるだろう。


「ところでキムラさん。いいロングソードを入荷したんですがいかがです? 今なら鑑定書もお付けしますよ」

『……とりあえず確認させてください』


 そう言って大きな指で鑑定書を受け取った。この剣も、彼にとってはナイフ程度のサイズだろうが、飛び道具として使うかもしれない。

 買ってくれるのならば常連価格で譲ってあげよう。気が進まないなら軽く【解呪】してパッチ爺さんの所にでも持って行こうか。


『少し興味はありますが……まずは私の用件を済ませてから考えます。

 この鑓を見てください』


 腰に下げてある拳程度の大きさの汚れたずだ袋から鑓を取り出しカウンターに乗せる。穂先が巨大な形をしている突撃鑓やランスと呼ばれる類の鑓だ。

 袋よりも巨大な武器だが、キムラさんの袋は《無限のバッグ》と呼ばれる類のマジックアイテムだ。生き物以外なら大きさを無視してどんなものでも収納することができる。ただ、彼の物は重さを軽減できないタイプだが……。


【鑓+1(素材:ミスリル)

 品質:C+

 能力:貫通力増加(大)、自動修復

 呪い:精神汚染(強)、狂乱、口癖変更(ガハハ・グッドだ!)】


【鑑定】の結果がこれ。性能としては強力な武器だろう。

 呪いは一度戦うと周囲の敵味方を全滅させるまで戦う狂乱と、魔法の使用に悪影響をもたらす精神汚染が凶悪だな。口癖? ネタだろ。


『精神汚染と口癖を別の呪いに変更してください』


 キムラさんが呪い屋を使うのは解呪が目的ではない。呪いを魔力に変換できるという特性上、彼にとって呪いは必要不可欠だ。だが、呪いの効果を受けないというわけではない。

 俺は解呪の他にも呪いの種類を変更することができる。解呪すれば消えてしまうようなアイテムの魔力でも、呪いを別の物に変えることで騙し騙し使うことができる。キムラさんのような魔剣使いは、致命的な呪を耐えられなくもない程度の呪いに変えてもらうためこの店を訪れるのだ。


「精神汚染の強度が厄介ですね。これに見合う呪いとなると、危険なものが多くなります」

『投鑓にするつもりなので吸血あたりがいいのですが』


 吸血は柄と刀身から血液を吸収するという呪いだ。武器を使い続ける限り、敵からも所有者から持ちを吸い続ける武器となる。

 投擲武器として使うなら血を吸われるのは最小限になるだろうが、この取り回しの難しそうな鑓もキムラさんなら軽く投げれるサイズなのか……。


「そうですね。吸血も呪いとしては強力な部類なので、精神汚染は変更できます。

 ただ、これだけですと口癖変更もというわけにはいきませんね。こっちは害も軽いでしょうし、このままにしては?」

『 絶 対 に 変 え て く だ さ い ! 』


 解せぬ。声を出せないのだから口癖が変わったところで問題ないだろうに。

 俺はこの後、解呪も辞さぬという勢いのキムラさんと数時間にわたり鑓のプロデュース計画を煮詰めていくのであった……。

 あ、ロングソードは素材剥ぎ取り用のナイフとしてお買い上げいただきました。

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