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1話

 迷宮都市クルクミンの大通りにある、剣と戦斧が交差した意匠の看板が目印の店。そこが迷宮都市有数の武具店モンヤーデだ。

 広い店内には一目で業物とわかる剣や鑓をはじめとした多種多様な武器が飾られ、数打ち品はまとめて木箱の中に立てかけられている。

 銀食器の飾られた木製のカウンターの上には10あまり20足らずの武器が置かれ、カウンターを挟んで二人の男がその武器を見ていた。


「……で、この武器全部、買い取りでいいのかね?」


 口を開いたのはカウンターの内側に座る男。若かりし頃は端正だったろう顔は無数のしわが刻まれ、緑色の髪はつやを失い白いものの方が多くなっている。

 カウンターの外で立つ金髪碧眼の男は成人を少し過ぎたばかりの十代後半だろう青年。日に焼けた金の髪は短く刈り込まれており、整った顔からは生真面目さと若者らしい傲慢さが感じ取れる。要所を金属で補強した動きやすそうな鎧には泥や細かい傷がついているがまだ真新しく、着慣れていない様子が見える。

 老人は、武器を一瞥した後は興味を無くしたように片眼鏡越しの視線を相対する青年に向け、胡散臭い笑みを浮かべた。


「あ、ああ……すべてダンジョンで手に入れたものだ。品質も悪くは無いだろう」


 クルクミンは迷宮都市という呼び名の通り、町の近くにダンジョンが存在する。そのダンジョンからは宝箱やモンスターの装備からアイテムを入手することができる。そうした品々をダンジョンから持ち帰り、商人に売って生活する者達を冒険者と呼んでいる。

 並べられたほとんどの武器は安物よりは品質が良く、一見して欠けや錆といったものは無い。鞘や柄の装飾は古臭いが、冒険者でそういった場所にこだわる者は少ない。

 店に並べるとすれば、初心者から抜け出そうとする冒険者が背伸びして買うか、中堅どころが予備の武器として買うかといったところだろうか。

 買い手には困らない手頃な武器、半月もあれば全部を売りさばける自信が店主にはあった。


「支払いはカネーと硬貨、どちらがいい?」

「カネー……ああ、あの紙切れか。あんな怪しげなものが使えるわけないだろう。金貨で頼む」


 カネーは迷宮伯領内で使われている通貨で、古代王国の通貨を基準とした価値になっている。特殊な紙で作られており、一般的に使われている紙よりも薄く軽い。

 領内の町には必ずある銀行で換金できるため、金貨よりも軽く価値の変動が小さいことから領内の商人は基本的にカネーを使用するが、他国からの商人や冒険者は嫌う傾向にある。


「この数なら……タンジェント金貨二枚と銀貨が一枚ってところだね」

「銀貨だと!? これだけの武器をたったそれだけで買い取るつもりか貴様!」


 店主が青年の前に並べたのは鈍い輝きのコインが三枚。

 青年は今にも腰の剣を抜こうかと言わんばかりの形相で店主を睨みつける。

 タンジェント貨は青年の故郷であるパイパイ王国の通貨であるが、他国の都市であるここクルクミンでは故国ほどの価値で扱われない。そのことを差し引いても、迷宮に潜りこれだけの数の武具を運んできた労力には到底見合わない。店の木箱に適当に突っ込んでいる剣一本を買えばほとんど残らないに違いない。

 激昂する青年に対し、店主は青年の剣をキセルで指し平然と答える。


「まだ、その痛んだ剣の方にマシな値段をつけるね。これはウチだけじゃなく、この町の武器屋なら誰だってそうする。なんせ、この武器は全部呪われているんだからねェ」

「なっ……!?」


 呪いというものはダンジョン産のアイテムに発生する追加効果だ。呪われたアイテムはカースアイテムと呼ばれ、基本的に持ち主に悪影響しか与えないために誰からも敬遠される。

 そんなものが売れるはずもなく、買い取りを拒否する店も少なくない。


「呪われてるかどうかってのは感知魔法ですぐにわかるはずだろう? それとも……アタシを騙すおつもりだったのかい?」

「いや、そういうつもりでは……チッ! これでいい!」


 青年は慌ただしく立ち上がり、銀貨をつかむとそのまま店を飛び出していった。


「毎度ありー。……ありゃ迷宮初心者ってとこかねェ。次は生きて帰れればいいがね。ヒヒッ」


 青年にはカースアイテムは感知魔法で簡単に見分けがつくといったが、呪いと魔力には似た流れがあり、マジックアイテムと見分けるには少々の慣れが必要になる。青年は持ち込んだ武器全てが魔剣だとでも思っていたのだろう、と店主は推測し煙を吹かす。

 初心者にはよくあることだ。迷宮で高価なマジックアイテムを手に入れたと揚々と持ち帰ってみれば、二束三文にもならないカースアイテムだったということは――先の青年ほど大量に持ち込むことは珍しいが。一攫千金の期待が一瞬で絶望に変わる瞬間は、迷宮都市の商人の密やかな喜びの一つである。

 店主は煙を吸い終えると灰壺に落とし、適当に丁稚を呼びつける。


「出かけるから供をしな。それと、アタシの準備が終わるまでにこの武具を全部荷車に積んでおくんだよ!」




 大通りから少し奥まった通り、その三番目に「呪」と一文字の漢字が刻まれた看板。ここが俺の店、呪い屋だ。

 数点のマジックアイテムと利剣がカウンターの奥に飾られ、店側の棚には迷宮の地図と自作の魔法薬が並べられている。

 店主である俺と、銀食器の飾ってある石のカウンターを挟んで向かい合っているのは見慣れた老人。モンヤーデ武具店の店主であるパッチ爺さんだ。

 本業ではないが、この呪い屋ではカースアイテムの解呪を行っている。爺さんはその解呪目当ての常連だ。今回も、何度か見たことがある十代半ばといった年頃の獣人――たしかワーローカストの丁稚が呪われた武器を店の奥へおっかなびっくりと運んでくる。


「マジックアイテムは無し。品質は良品ってところか……今回は何本持ってきたんだ?」

「17だね。荷車に残っているのにも似たようなもんだ」


 ダンジョンで手に入れた武器やアイテムは店で売る場合、新品よりも安い中古値段で売るのが決められている。一見新品のようでも、細かな傷が残っていたり重心が歪んでいたりする場合があるからだ。

 この品質と数なら……爺さんは全部で60万程度で売り捌くだろうな。


「今回は三十万カネーで引き受けるぜ?」

「三十万……だと……?」


 解呪の相場は俺の胸先三寸のようなものだが、この爺は毎度毎度理由をこねては値切ろうとしてくる。

 そんな態度に慣れた俺は、最近じゃあ最初にわざと高値を付けることにしている。どうせタダ同然で買い取った武器なんだ。売値の半分が俺への手間賃でも悪くは無いだろうさ。


「それでいいのか。いつも通り、半分は前金でいいね」


 そう言って爺さんは札巻をポンと放る。数えた様子は無いから俺がいくらの値を付けるか見抜いていたのだろう。

 しかし、この業突く張りの爺がこんなにあっさりと金を出すはずがないと思っていた俺は、完全に間の抜けた顔を晒していた。


「ヒヒッ。前にも言ったろう。魔力だけを調べるクセが付くのは良くないよ。

 アレをもう一度よぅく見て見な。最初らへんに持ってきたでっかい剣さ」


 爺が指したのは装飾も鞘もない、分厚く巨大な片刃だった。

 感知魔法をもう一度起動してみるも、呪いがあるだけでマジックアイテムの気配は感じられない。半信半疑で反りのある白刃へと手を伸ばすと、微かな冷気を感じられた。


「これは……」

「やっと気付いたかい。そいつぁサラマンダーの素材でできてる。それも珍しい氷のヤツでね」


 高位の幻獣や魔物といった、強い魔力を持ったモノの素材を使って作られた装備には、マジックアイテムと同じような特殊能力を備わることがある。

 迷宮からも極々稀に見つかることがあるが、ほとんどがマジックアイテムとして更なる能力を得た形で発見されており、ただの武器として出てくるというのは初めて見た。


「おそらくは、冒険者が残した武器あたりがダンジョンに長くあるうちに呪われたんだろうねェ。

 ウチに持ち込んだ坊主はド素人って感じだった。上級者向けのダンジョンに入れるような腕じゃなかったよ」


 そう言った爺の顔は実に楽しそうに笑っていた。 

 浅い階層でサラマンダーの武器を手に入れたのに安く買いたたかれることになった冒険者を笑っているのか、こんな大業物があるのを気付かずにいつも通りの値段を付けた俺を笑っているのか……考えるまでもなく両方だ。

 爺に対し怒りを覚えるが、見抜けなかった俺が悪い。前金まで貰って今更値段の再交渉はできまい。せめて爺が帰るまでは不機嫌を表情に出さないよう努めよう。


「珍しいモンが見れて勉強になったろう。それで、何時ごろ受け取りに来ればいいかね」

「数が多いからな……五日ってところか。五日後の昼に丁稚を回してくれ」


 これ以上話したくないと手を振ると、爺さんは胡散臭い笑みを浮かべて帰って行った。

 店を出るのを見送った後、俺はもう一度サラマンダーの刀の前へと歩き出す。


「【鑑定】」


【刀(素材:ミスリル・オリハルコン・フロストサラマンダー)

 品質:B-

 能力:冷気属性付与(刀身限定)、冷気属性の威力増加(最大15%)

 呪い:味覚変化(鉄・アルミ)、失明】


【鑑定】の魔法を起動して脳裏に浮かぶのは武器の情報。誰にでも使える感知魔法と違い、生まれ持った魔法属性によって使うことができる【鑑定】魔法は情報量が違う。

 俺が使えると知ると、爺さんがまた何か面倒を押し付けるだろうからパッチの爺さんの前では鑑定魔法は使わないようにしている。

 品質はA~Fの六段階で評価されるが、この刀は上から二番目のBランク。このクルクミンでも滅多に拝めない貴重品だ。《天魔滅殺の剣》、《ドラゴンキラー》、《豪角刃》……多くの高ランク武具には固有の名が付いているが、この刀には無いというのは珍しいか。

 呪いを確認すると、視力を失う「失明」と鉄とアルミ以外を口にできなくなる「味覚変化」か……。珍しい呪いではないが、どちらも厄介なものとして敬遠されている呪いだ。

 しかし、この能力は強力だな。刀の大きさや属性で人を選ぶだろうが、呪いさえ解ければ四百万でも安いだろう。それをたった三十万で……これ以上考えるのはやめておこう。パッチの爺さんの憎らしい顔が目に浮かぶ。


「……【解呪】」


 さて、これで仕事も終わりだ。遅くなったが昼飯でも食ってくるか。

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