王女様のお散歩見聞録 その1
台風19号、凄かったですね…
読者さまの身の回りは無事でしたでしょうか?
自分の周りはそこまで被害を被ることはありませんでしたが……
「……あ、れ……?」
気付けば辺りは血に染まっていた。
その血溜まりの中心にいる少女──フランドールは、ただ唖然と立ち尽くす。
「……何、が……?」
ふと下を見ると、そこにあったものは……
「……伸……介…?」
「……はー」
(最ッ悪な目覚めだな)
目を開けると、見覚えのある天井が見えた。
飛び起きるようなことはしなかったものの、身体中汗だくになっている。
「…はぁ〜……」
大きなため息を一つ吐き、体を大きなベッドから起こす。
その時、ふと横の机に何か置き手紙のようなものがあることに気付く。
「…?」
彼女はその手紙を手に取り、内容を確認し始めた。
筆跡からして鈴蘭が置いて行ったものだろう。
"酷く魘されていたようなので起こそうと思いましたが、一先ず紅茶と軽いスイーツをお持ちすることにしましたので、今しばらくその場でお待ちいただきたい"
「……はっず」
フランは自分が魘されていたこと、そしてそれを目撃されたことを酷く恥じた。
幸い信頼している召使いだったから良かったものの、もし姉が見ていたら…………
と、そこでフランはこの思考を停止させた。
寝間着が汗でぐっしょりと濡れてしまったので、着替えを持って部屋についているシャワー室へと足を運ぶ。
(さーて、今日のスイーツは何かな)
そう思いながら、シャワー室へと入っていった。
数分後……
「う〜〜〜〜〜ん……」
今更だが、ここは紅魔の城の一室。
その部屋は、他の部屋と比べると些か豪華に整えられていた。
それもそのはず、何故ならここはこの城の主人である女王陛下──フリーダの娘……王女フランドールの部屋だからだ。
部屋は広すぎず、しかし決して狭すぎないくらいの程良い広さで、部屋の壁には鮮やかな花畑の絵画、照明はもちろんシャンデリア。
この部屋は、煌びやかという言葉以外に表現する言葉が見つからない。それくらいには、豪華絢爛な部屋だった。
そんな部屋の主フランドールは、椅子に座り顎に手を当て、熟考している。
その対面に、たくさんのスイーツが乗った皿が並べられたベージュ色の机を挟んで座っているのは、フランドールの召使いである鈴蘭。
「……むぅ〜〜ん…?」
唸り声を上げ、顰めっ面で机の上にある将棋盤を見つめている。
対面にいる召使いはその様子を、自作のチョコクッキーを食べながら、得意げな表情を浮かべて見つめている。
「……嫌らしい…実に嫌らしい攻め方だよ、鈴蘭」
「おや、最初に大胆にも角を攻めさせて自滅したのは貴女では?」
「その為にわざと角道開けてるとは思わないじゃん!……ここ取ればあーなるから、でも取ると右側の角が……」
ぶつぶつと念仏のように言葉を並べながら、王女は将棋盤を見つめ続ける。
何か閃いたのか、漸く王女は駒を動かした。
「これだぁ!」
「……むっ、捨て銀ですか。銀を取らなければ角は死ぬと……」
「ふふん、そう思い通りにはさせないからね」
「しかしそれではまだ甘いのではないですか?角を一つ取り戻したところで……」
そう言いつつ召使いは駒を動かし、視線を再び王女へと向ける。
「王女様の盤面はもうほとんど残っていませんよ。中飛車がなかなかに邪魔ですが、いよいよ大詰めというところでしょうかね」
「……かかったね、鈴蘭」
「……?」
そう言って、不敵な笑みを浮かべながら駒を動かす。
「…?」(今更桂馬を動かした…?もうやることなど……)
「さ、次の手をどうぞ?鈴蘭」
王女の不敵な笑みを怪しげに見つめた後、鈴蘭は駒を動かした。
「角を落とした……いえ、取り戻した方から攻め上がろうという作戦なら、これで破綻ですよ。金銀の守りを突破できる駒はそちらには……」
その瞬間、召使いの表情は一変した。
「ま、まさか……!」
王女は盤上に駒を置く。
その駒には『角』の文字が。
「王手だよ」
「ぐっ……やりますね……」
「さて、どうする?一気に形成逆転だね」
「なるほど、妙に歩兵を取らないと思っていましたが……二歩狙いでしたか」
「そういうこと。歩兵だってその一人の働きで戦局をひっくり返すほどの力を持ってるのさ。成れば金だしね」
「むぅ、どうしたものか……」
と、そこに。
コンコン、とドアをノックする音が部屋に響いた。
「王女様、いらっしゃいますか?」
ノックに続けて聞こえてきたのは、年若い女性の声。
「ん、鈴仙さんか。入っていいよー」
王女が許可を言い終わると、ドアが開かれた。
そこにはフランの言う通り、鈴仙の姿が。
「失礼します、王女。……あ、将棋の最中でしたか!?」
「ん、まあそうだね」
「これまた失礼を……!私ったらなんて間の悪い……」
「あはは、そんなに気にしなくても……将棋なんていつでもできるし。ね?鈴蘭」
同意するように無言で頷いた。
「そ、そうですか……?なんだかすみません」
「さっきも言ったけど、気にしないでねー。それで、どうかしたの?」
「あ、はい。実は先程城下町へ買い物をしに出かけた時にですね……」
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「さてと、これで咲夜さんに言われた品は揃ったかな」
(しかし咲夜さん、『自分はメイド達の掃除の指揮を執らなければならない』とこの量の買い物を丸投げするとは……お供に数人連れているとはいえ無茶させるなー)
鈴仙の背後には、山のような荷物を運ぶ五人ほどの男の妖怪達が。
全員それなりに良い体つきをしている。
「少し前までは肩を並べて女王の復活に尽くしてたのになぁ〜……ま、だからこそ頼まれるのでしょうけど」
と、鈴仙が軽い溜め息を吐いた時だった。
「おい」
「ん?」
何者かから威圧的な声を掛けられた。
しかし聞こえてきた声は些か幼く、圧力は無いに等しかったのだが。
「……今声掛けたの、君?」
「ああ」
声を掛けたであろう銀髪の少年が、不満げな表情で鈴仙を見つめている。
身長は鈴仙よりもやや低めで、まだ10代前半くらいの年齢を想像させる。
そんな少年が顰めっ面なのは、どうやら『君』と呼ばれたのが少しばかり気に入らないからのようだ。
「どうしたの?」
鈴仙は視線を合わせるために少しだけ俯く。
その行動が少年の気に障ったのか、さらに苛立ちの表情を強めてしまった。
「ちっ、気取りやがって」
「えっ」
「これ、王女に渡しとけ」
「え、えっ」
「じゃあなァ」
それだけ言うと、少年は去っていった。
鈴仙は事の展開に置いてけぼりにされてしまっている様子。
「……えぇ〜…!」
(何あの子、反抗期……?ていうかこれって……)
少年から手渡されたものは、手紙のようなもの。
正面には『王女以外はあけるな』という字が若干乱暴に書き殴られていた。
「……ん〜、仕方ない。この状態で王女様に渡しとこう」
何処か納得のいかない展開だったが、鈴仙は渋々城への帰路に着くのだった───。
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「──ということがありまして……」
「で、その手紙がこれか」
「はい……中は確認していませんので、一応警戒を……とは言っても、子供に渡されたものだしそんな必要も無いか」
「いや、もしかしたらっていう可能性はあり得るからね。一応、二人は離れておいて」
「は、はい」
鈴仙と鈴蘭がフランから離れた。
フランは何の躊躇いも無く封を開け、中を確認する。
「……特に仕掛けはなさそう。純粋なファンレターかもね」
「そ、そうでしたか」
と、そこまではフランも笑顔だったのだが。
手紙を取り出していざそれを読み始めた途端、表情は変わる。
「……これは」
「……王女様?」
鈴蘭が心配した様子でフランに近付く。
ちなみに手紙を見た彼女らの表情はというと……
「す、鈴蘭さんは何でそんな露骨に顔を顰めているのです?」
「いや、だってこれ……」
苦笑いで鈴仙の方に手紙をむける。
するとそこに書かれていたのは……
「こ、これは──!
……果たし状?」
「だろうね」
「燃やしますか?」
「鈴蘭、落ち着いて」
「ではそんなものを渡してきた小僧をここに連れてきて教育してあげましょう。躾がなってないようです」
「鈴蘭、怖いよ」
「これは持論だが、躾に一番効くのは痛みだと思う」
「鈴蘭、◯ヴァイ」
その果たし状の内容はこうだ。
〈明日の夜更け、α区域の噴水のある広場にて待つ。まさか一国の王女が逃げるなんてことはしないよな?〉
……とのこと。
文面からしてまだ些か幼い印象を受ける。
王女を狙う何者かが子供を経由して渡したというわけではなさそうだ。
「何にしてもこれは由々しき事態です。王女様が舐められているのですよ?」
「うーん、まあ舐められているというよりは、面白がってるようにも感じるけどね」
「それならば尚のことです!ここは一度私が灸を据e((」
「鈴蘭、ハウス!」ポンッ
「ヘゥ!?」
フランが鈴蘭の頭に右手を乗せて、そのまま撫で始めた。
「とはいっても、どうします?このまま放っておいても何もないとは思いますけど……」
「おや、鈴仙も案外優しいね?『放っておきましょう』とは言わないんだ」ナデナデ
「ハ……ハワワ……」
「い、いやその、何というか」(手懐けられてる……)
「うん、言いたいことは何となくわかる」ナデナデ
「はぅ……」
と、そこで少しの間をおいてフランは言った。
「……うん、行ってみよう。面白そうだし」
「えぇ!?」
「ヘァア!?」
「うおっ」
二人の反応に、フランは思わず体を仰け反らせる。
「な、何?」
「何って……貴女今の自分の立場わかってます!?」
「え……王女」
「わかってるのに何でですか!!」
思わず頭を抱える鈴仙。
フランは二人の反応が本当に予想外だったようで、困惑している様子。
その様子を若干引き攣った苦笑いで見つめる鈴蘭。
「本当に行くつもりですか?冗談とかではなく……」
「そうだけど……何がそんなに問題なの?」
「えーっと……貴女は今、この紅魔の城の陛下の娘である王女、つまりはNo.2なのですよ?そんな軽々しく行動をされてはならない立場だということはわかっていますよね?」
「もちろんわかってるよ」
「それならばどうして……」
鈴仙や鈴蘭の心配は当然と言えるだろう。
今の紅魔の体制は即席で作り上げたもの、まだまだ不安定な状況なのは明白だ。
そんな状況下でこの城の王女にもしものことがあれば、たちまちこの国は崩壊するだろう。
「そうです!貴女にもしものことがあったらどうするのですか!それにそんな子供の戯言に面白半分で首を突っ込むなんて…!」
「う〜〜ん……面白半分ではあるのは確かなんだけどさ、それだけじゃないよ」
「え?」
「長く続く国ってのは、民からの支持が必要だと思うんだ。いくら上が大きくても、支えてくれる土台がないと簡単に崩れちゃうでしょ?
だから今みたいな混乱した状況にこそ、支持を集めるべきなんじゃないかなーと思って」
「それはまあ、確かにそうですが……」
「そのためにわざわざそんな子供の遊びに付き合うというのですか?」
今度は鈴蘭がそう言った。
「ん、まあそうだね。そのためだけってわけではないけどさ」
「え?」
「私個人としても、みんなとは仲良くやっていきたいと思ってるからさ。それで城下の人達に顔を出しておきたいなーと思ってね」
「…なるほど」
鈴蘭は諦めたように小さく溜息を吐き、軽く微笑んでこう続けた。
「つまりは、遊びに行きたいんですね」
「正解!」
右手の指をパチンッと鳴らして満面の笑顔を浮かべる。
その仕草に鈴仙も呆れたように溜息を吐いた。
「はぁ〜……この国大丈夫かなぁ……」
「あっはっは!私がしっかりしてなくてもお母様がいるし大丈夫っしょ!」
「まあ、これくらいやんちゃな方が王女様らしいですがね」
鈴蘭が椅子から立ち上がり、ティーセットに紅茶を淹れ始めた。
「お、気が効くね。丁度飲みたいと思ってたとこ」
「……もう、わかりましたよ!咲夜さんには私から伝えておきます。でもくれぐれも気をつけてくださいよ?」
「ん、ありがと。鈴仙さんも買い物お疲れ様。また今度遊ぼうね!」
「暇があれば是非とも!」
皮肉めいた言い方をしながら、鈴仙は部屋を後にした。
「……それにしても、意外でした。王女様はもっと大人びているイメージがありましたが」
「なっかなか失礼なことズバッと言うね」
「私ですので」
「はは、流石!実を言うとただ遊びに行くだけじゃないよ?ここ最近城下町で頻繁に起こってる謎の爆発……多分この子の仕業だよ」
「それは何故?」
「町の人達の目撃情報と鈴仙さんが言ってたその子の特徴がそこそこ一致してんの。多分何かしらの能力者だね」
そういうフランは、何処か嬉しそうにも見える。
「……あんまり『ハイ』になりすぎないように気をつけてくださいよ」
「あっはは、テンション上がってるのバレた?私ってやっぱりわかりやすいのかな。
ま、私もこれまでそれなりに働いたんだし、これくらいの娯楽はあってもいいでしょ!………それに……」
と、そこまで言ったのち、フランは黙ってしまった。
気になってその顔を覗き込む。
召使いのその行動を横目で見ていた王女様は──。
「……?」
「……ふふっ、何でもないよ」
(──なかなか、見込みがありそうだしね)
不敵な笑みを浮かべて、空に浮かぶ今は落ち着いた光を放つ紅い月を見つめていた。
場面は変わり、ここは紅魔の城の城下町。
そこの広間にある噴水の周りに、数人の子供達が集まっていた。
「ね、ねえ……ほんとに"果たし状"出したの?」
少し不安げな様子で周りをキョロキョロと見回している赤髪セミロングの少女の名は、エリナ=クロマネフ。
どうやら、この少年少女の4人グループが果たし状の差出人のようだ。
「当たり前だろ、決めたことじゃねえか」
「そ、そうだけど……大丈夫かなぁ……」
「何だよ、びびってんのかよ?」
不安そうなエリナに嘲笑うような調子で話しかけている黒髪ストレートの少年は、織川 恵太。
自信に満ちた表情で香織に話しかけている。
「だ、だって……王女様ってものすごく強いんだってみんな言ってたよ?」
「確かにその話はよく聞くね。今更言うのもなんだけど、ウチもこの話は反対だったんだわ」
口調の割に知的な見た目の黒髪の少女の名は、鳴秦 鈴奈。
眼鏡のフレームに右手の指を当て、呆れ混じりにそう言った。
「はっ!どんなに王女が強かろうが、おれらに勝てるわけねえよ!なあ、カイト!」
恵太がそう呼びかけた先──噴水の縁に右足を乗せて腰掛けているのは、鈴仙に手紙を渡したあの銀髪セミロングの少年。
「……あぁ、そォだなァ」
紅い月を見上げて不敵に笑う。
少しの間の後、銀髪の少年が三人の方へと向き直った。
「チョーシに乗ってるあの女に、俺たちの力を見せてやろうぜェ…?」
その少年は、不気味なほど真っ赤な瞳をしていた。
『───明日の夜更けが楽しみだ』




