百回目の邂逅
決めました
やはり今後も、毎月14日更新にしようかなと思います。
もし遅くなったり早くなったりするようであれば、活動報告等で告知いたしますので、もしこの小説をまだ続けて読んでくれている方がいらっしゃったら把握のほどをお願いいたします…!
「……あんた……それ……」
霊夢は知っているだろう──このブレスレットは、私の物ではないことを。
このブレスレットの持ち主の名を……よく知っているだろう。
そして、一緒に持ち合わせているこの銀色の指輪にも見覚えがあるのだろう。
「──まさか…!いや、でも……」
途端に霊夢は慌て始める。
"ガラ空きになった"地底の入り口の方と私を何度も繰り返し見返して、漸く言葉を発した。
「……何があったの?」
「それを今から話すから……しっかり聞いてよ」
そういうと霊夢は、深々と頷いた。
そして、後ろにいる皆に顔を向ける。
皆も、それに呼応するように頷いた。
「わかった。……話してちょうだい」
「ええ……」
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──多分これは、大体一時間くらい前の話。
私は、射命丸の奴と一騎打ちをしていた。
悔しいけど状況としては完全に互角、あのまま続けていても相打ちか決着付かずだったと思う。
「く、くくっ、だーいぶ息が上がってきましたねぇ…?」
「そういうあんたこそね……!」
「……ふーっ」
射命丸が息を整えた。
それと同時に、私も。
「さあ──
そろそろ決着を付けましょうか!」
「望むところ!!」
ドッ!!
互いの得物に魔力を込め、今まさに激突しようとした、その時だった。
「はいストップ。少し借りていくよ」
「「!?」」
突然だった。
聞き覚えのある声と共に黒いローブを羽織った少女が現れ、私達の攻撃を素手で軽々と止めたのだ。
そして──
ガッ!!!
「!!?」
突然視界が暗くなり、体が何かに押し飛ばされているような感覚に陥った。
何が起きたのか理解できず、しばらく思考が停止する。
「──このッ!!」
数秒経って漸く、自分は顔を掴まれていることに気が付いた。
何者かの手を掴み引き剥がそうとする。
しかし力が強く、なかなか引き剥がすことができない。
「ッ──!!」
このままではまずい……そう考えた時だった。
何を思ったのか、突然顔を掴んでいた何者かはその場に停止し、私の顔から手を離した。
「……何のつもりよ…!というか、あんた誰よ!」
自身の中の率直な疑問を投げかける。
フードを深々と被った自分とほぼ同じくらいの身長の少女はゆっくりとこちらを振り返る。
その時、フードの合間から見えたのは────
「……え…?」
紅い月明かりに美しく輝く黄金色の髪と、紅い瞳。
よく見慣れた紅い服。
「酷いな、私の声を忘れたの?」
そう──この声だ。とても、聞き覚えがある。
忘れるはずもない……何故ならこの子は
「……フラン、なの?」
「二日ぶりかな?お姉様」
我が最愛の妹、フランドール・スカーレット──。
「ど、どうしてあんたがここに……?」
「私が何処にいようと私の勝手でしょ?」
フランだ。この声、この態度、間違いなく私の最愛の妹のフランだ。
幾分か不遜にはなっているが。
「……確かにね。あんたは今は王女だものね。
ただの小娘である私とは身分が全然違うものね?王女様」
私のその言葉に、フランが意外そうに目を軽く見開いた。
「……何だ、えらく当たりが強いね。いつものシスコンモードはどうしたの?」
「はっ、こんな時にまであんな風にふざけられるわけないでしょ?常識を考えなさいな」
「よりにもよってお姉様に常識について言われるなんて、一生の屈辱だね」
「そういうフランこそ当たりが強いんじゃないの?照れ隠しかしら」
「そうかもね」
そういうとそっぽを向いて空中を歩き始める。
「……何処へ行く気よ」
「お姉様は今、自分がどこにいるのか把握できてる?」
「……?戦場の空でしょ。さっきまで射命丸の奴と戦ってて、あんたが横から……」
「本当にここは『戦場』かな?」
「……!?」
言っていることの意味がわからなかったが、とりあえず辺りを見回してみる。
辺りは先程と変わらず、紅い月明かりに照らされる薄紅色の夜空が広がっている。
「下、見てみなよ」
言われるがままに視線を下に移す。
そこに見えた光景は──。
「──城……?」
どこか紅魔館に似た雰囲気の、巨大な城が聳え立っていた。
信じられず、思わず目をこする。
確かに先程までは戦場の真っ只中にいたはずなのだ。
「……一体、どうやって……!」
「別に変な理屈は無いよ。ただお姉様を"物理的"にここまで連れてきただけ」
「なっ…!」
(さっき顔を掴まれたあの一瞬で、ここまで移動してきたってこと……!?)
薄々感じてはいたけれど、この子はとんでもなく強くなっている。
原因はわからないが、少し前までのフランとは比べ物にならないだろう。
幽香から話を聞いた時から思っていたことだったが、まさかここまでだとは思わなかった。
「……あんた、何をしたのよ……!?」
「どれに対しての話?」
「その、急激なパワーアップよ!明らかにイザベルの時より数十倍にも強くなってるわ!」
「──…」
「……!?」
そう言われるや否や、フランから怪しい笑みが消えた。
それと同時に、雰囲気も大きく変わった。
何か踏んではいけないものを踏んでしまったような……そんな気がした。
「……そっか」
「…!」
しかし、それは一瞬だけだった。
すぐにまた怪しい笑みがフランの顔に浮かび、雰囲気も元に戻る。
「お姉様にも、見えてるものだと思ってた」
「……見えてる…?」
「まあいいや、それならそれで構わないし。……流石だね、お姉様」
「え……?」
何を言っているのかわからない。
しかし、何か……今の『流石だね』という言葉には何処か、寂しさを感じたような……
「ねえ、お姉様。少しだけお話ししようよ」
「…え?」
突然の提案に思わず戸惑ってしまう。
今の状況で"お話し"とは、随分呑気なものだと思ったし、そんなことをしている暇もないとも思った。
しかし私は、断らなかった。むしろ、少しでも長く、この子と話していたかった。
「……何のお話し?」
そう返すと、フランは満足気に笑顔を見せて話し始めた。
……その笑顔には少し、寂しさのような……悲し気な形が漏れていた。
「覚えてる?私達がお父様に武器の修行をつけてもらってた時のこと」
もちろん覚えている。数あるお父様との思い出の中でもトップクラスに記憶に残る思い出だ。
「ええ、もちろん。それがどうしたの?」
「お姉様は物覚えが早くて、それに運動神経も良くて……すぐに"槍"を使いこなして、すっごくお父様に褒められてたよね」
「そうね……あの時は嬉しかったわ。自分が強くなってるっていう実感も湧いてくるしお父様にも褒められるし……」
「うん、凄く嬉しそうだった。本当にすごかったんだよ?あの時のお姉様。私とは大違いだった」
「あら、でもフランは魔法の時凄かったじゃない。お母様が見せてくれた魔法を一目見ただけで、それも見様見真似で完璧に出来てたでしょう?
あれにはびっくりしたわ、『まさかこんなに魔法の才能があったなんて』ってお母様もびっくりしてたくらいだったし」
「……そうだったっけ。あんまり、覚えてないや」
意外だった。フランは私と同じで、嬉しい記憶を留めておくタイプだと思っていたから。
あの"アルバム"だってその名残だとばかり……どうやらそうではなかったらしい。
「そう……でも凄かったのよ、あの時のフラン。私とは大違いだったわ」
「……そっか。ふふっ」
フランから、可愛らしい声が漏れた。
どうやら笑っているようだ。
──なんだか、随分久しぶりに聞いたような気がする。
そんなに久しぶりでも無いはずなんだけど。
「いや、お互い覚えてるもんだなって思って。少し嬉しかったの」
「確かに。これも愛って奴なのかしらね?愛し合っているのかしら」
「おっと、シスコンモード発動かな?」
「おや、まだ発動していないと思ってたの?お話しが始まった辺りから既に突入してるわよ」
「マジか。思ってたより早かったな」
ああ、何だろう。
いつものノリだ。紅魔館でフランと馬鹿騒ぎしている時と、同じノリ。
学園でちょっかいをかける時と同じノリのはずなのに。
どうしてこんなに───寂しく感じるのだろうか。
「……どんな時でも、お姉様は変わらないと思ってたけど。
そんな寂しそうな顔もするんだね」
「……ねえ、フラン。どうして、貴女はこんなことを?
貴女は昔から何でも一人で抱え込んでた。自分にとって都合の悪いことであろうと誰にも打ち明けず、一人で解決しようとしてきてた。
それじゃあ、ダメよ。一人で抱え込んでもいずれ崩れ落ちてしまう。そうなった時にはもう、手遅れなの。
だからこそ生き物は支えてくれる『仲間』を作る。孤高で有り続けるなんて、生き物には無理なのよ。
ねえ、教えて。貴女は一体……何を抱え込んでいるの?貴女には一体、何が見えているの?」
フランは、表情を変えなかった。
ただ、寂しげな笑顔を浮かべたまま──
「──いずれ、見えるよ。貴女にも」
 
それだけ言って、黙ってしまった。
「──ッ──」
どうして、あんたはいつもそうなんだ。
何も、話してくれないんだ…!
「貴女にとって、私は……!
遠ざけるべき存在だったって言うの!?」
と、叫んだその時だった。
ふと、気が付いた。
フランと私の目線が、重なっているのだ。
ほんの少し、本当に少し前は、私の方が少し背は高かった。だから、目線が合うことはなかったのに──
「……あんた、少し背が伸び──」
「──指揮、お疲れ様、フラン。良い采配だったわよ。
そして、よくここまでレミィを連れて来てくれたわ」
「!!」
フランの背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
そう、かつてはずっと聞いていた声だ。忘れるはずがない。
「……あ」
一緒に過ごしてきた日々の思い出が、雪崩のように押し寄せる。
懐かしい光景が、脳裏をよぎる。
「久しぶり、レミィ。また会えて嬉しいわ」
「お母、様」
一瞬、思考が停止した気がした。
思わず、頭を左右に振った。
「あら、どうしたの?随分動揺しているようだけど……」
「……久しぶり、お母様」
「ええ、久しぶり。こうしてまた話せるなんて夢のようね。
──それにしても……」
お母様は口に右手の人差し指を当て、微笑みを浮かべてこちらをじっと見つめている。
何も変わっていなかった。
癖っ毛の綺麗な水色の髪、すらっと伸びた細い指。
優しげな目つきに、美しく整った顔立ち。
あの頃と何も変わっていない。
──しかし。
今彼女は、私達の住処を侵さんとしている敵の大将。
気を許すわけにはいかない。
常に警戒しておかなければ……
「……?」
しばらくお母様はこちらをまじまじと見つめていたが……
「ふふっ」
「!」
指を口から離し、腰に当てる。
「本っ当に、立派に成長したわね……レミィ」
「えっ……」
お母様から発せられた思い掛けない言葉に、驚いた。
「フランの方はあの人に似たみたいだけど、貴女は私に似たのね。髪色も癖っ毛も顔も、私にそっくり。本当に子供の頃の私のよう。
ああ……レオンにも見せてあげたいわ。この子達はこんなにも立派に成長したんだって」
「──」
──ダメだ。
ダメだダメだダメだ。
私は紅魔館の主人なんだ。みんなを守らなきゃいけないんだ。
私には帰るべき場所があるんだ。
呼吸が乱れている。
体から、冷たい汗も吹き出し始めた。
どうしてこんなに、動揺させてくるんだ。
どうしてこんなに決意を歪めてくるんだ。
どうしてこんなに───幸せな気持ちにさせてくるんだ。
「貴女に会えたのも何かの『運命』なのね……私達はきっとお互い引かれ合っているんだわ」
ああ──お願いだ。
「私達、家族だもの。きっと会えるって信じてたわ」
もう、これ以上──
「迎えに行くのが遅れてごめんね。さあ、一緒に帰りましょう?」
──私を、壊さないで──。
「お母様」
「!!」
フランの声で、我に帰る。
目尻に涙が溜まっていることに気付き、目を拭った。
我ながら、情けない。
あと一歩で、差し出されたお母様の手を握ってしまうところだった。
フランのおかげで、何とか気を取り戻せたが……今のは本当に危なかった。
……けど。
今も私の心には、きっと……
「何かしら?フラン」
「そろそろ本題に入ろうよ。時間、惜しいんじゃない?」
「……確かに。それじゃあ……
ねえ、レミィ?」
お母様が優しい声色と表情で話しかけてくる。
「私達、もう幻想郷のみんなと戦いたくはないの」
「……え?」
いきなり何を言い出すのかと思えば。
戦いをけしかけてきたのはそちらではないか。
「だからね、一つ提案があるの」
「…提、案」
「そう、提案。私達だって誰かを傷付けるなんてことはしたくないわ。それがたとえ自分達の目的の為だったとしてもね。
だから、幻想郷のみんなを説得して欲しいの。『こちらに敵意はない。共に自由を取り戻そう』って」
「──な……」
「私達は何も幻想郷を潰したいわけじゃないわ。確かに幻想郷を我が物にする、なんて大袈裟なこと言っちゃったけど……あれは私の配下の子達に威厳を示すための言葉、私にそんな気はないわ。
私はこの幻想郷の現状をどうにか打破したいと思っているの。力のある妖怪達がこんな狭い世界に追いやられているのに、軟弱で愚かな人間共に現実世界が支配されているなんてあんまりじゃない」
お母様は目を瞑り、胸に手を当て、悔しそうな声色でそう言った。
今度は真剣な表情へと変わり、私の方を見つめながら、少し声を大きくしてこう続ける。
「だからこそ私達は手を取り合い、現実世界を取り戻しに行こうとしているの。そのための前準備として、この幻想郷を隠れ蓑にさせて欲しいと思っただけ。
安心して、こちらにきても決して悪いようにはしない。必ずみんな幸せになれる。誰一人として不幸を見る事はない、皆に平等に平穏と安心を与えるわ」
それだけ言うと再び、お母様は私に手を差し伸べる。
とても穏やかな表情で。
「私には貴女が必要なの、レミィ。そして、幻想郷のみんなの力も。
私が貴女達を正しい道へと導いてみせる。どうか、私に力を貸して!一緒に世界を取り戻しましょう?」
「私達の、力が……」
必、要──。
今、みんなは。
お母様達と戦っているから、苦しんでいる。
お母様と戦っているから、ただでさえ広くはなかった幻想郷の、さらにほんの一部分。
狭い狭い、地の底へと追いやられている。
このまま戦い続けて、意味があるのだろうか。
お母様は、私達を助けようとしてくれているのに。
幻想郷を、違った意味で救済しようとしているのに。
──そうだ。
いつも、そうだった。
お母様は優しくて、強くて、とても頼りになって。
いつもお父様と一緒に、私達の事を助けてくれて。
「お母、様……」
躊躇う必要なんて、最初から無かったんだ。
お母様が居てくれるなら……きっと──。
「──ふっ」
ふと、鼻で笑うような声が聞こえてきた。
お母様からではない。
その背後からだ。
「…?」
お母様は、気付いていない様子だった。
──フランだ。
今の声は間違いなく、フランの声だった。
チラリとフランの方へ目を向けた。
やはり、笑っている。
風に靡く前髪で隠れて目はよく見えないが、こちらを見ているように見える。
何故笑っているのだろう。
何故こっちを見ているのだろう。
意図は全くわからない。
──ただ一つ、思い出した事があった。
–『でも。
いざって時にはとっても頼りになるし、館のみんなにいつも笑顔を与えてくれる。
私は、そんなお姉様が大好き』
–『さっき全然ダメって言ったけど、姉らしい事なんて、これまで何回もしてきたじゃん。廃校の時も助けにきてくれたし、これまでもたくさん私を支えてくれた』
–『館のみんなもお姉様についていきたいって思えるのは、お姉様に「カリスマ」があるからなんだろうね』
–『だからそんな不安そうな顔をしないで。お姉様はもっと自信たっぷりでドカッと構えてる方がお姉様らしいよ』
「──こんな私にも」
「…?」
「譲れないものってのが、あるのよね」
たった一つあるだけで、とても、とても強くなれる。
「忘れはしないわ、一瞬危なかったけどね。我ながら情けない」
「……レミィ?」
私には帰るべき場所がある。
そして、取り返すべき大切な人物が目の前にいる。
「道ってのは、誰かに示してもらうものじゃない。
──自分で切り開くものよ。
たくさん回り道もしてきたし、戸惑いもしたし迷いもした。けど、漸く見つけられた。
私は私の"宝物"を守る為に戦い抜くわ。たとえ相手が誰であろうとね」
右手に魔力を集中させる。
そう、相手が誰であろうと関係ない。
私は私の道を行く。それが、それこそが──
この私、レミリア・スカーレット!!
「死んでた奴が引っ掻き回すな!
ここからは私達の時代なのさ!!」
ドォンッ!!
霊夢なら主人公らしくもっとカッコいい決め台詞を思い付けたのかしら。
ま、こんな威嚇この二人には意味はないんだろうけど。
グングニルも出したし臨戦態勢は万全。
正直勝てるとは思っていない。しかし、ここで何もせずに力に屈するなんてのは、私の道にはありえない。
「……自分が何を言っているのか、わかっているの?」
「とーぜん、私もバカじゃないからね。
何もかもが自分の思い通りになると思ったら大間違いよ、お母様。それに……
全部思い通りのシナリオなんて、刺激が足りないと思わない?」
グングニルをお母様に向けて翳す。
お母様は悲しげな表情でこちらを見つめている。
悪かったね、親不孝で。
でも過保護な親は嫌われるぞ。
「……そう……残念だわ。貴女はもう少し賢い子だと思っていたのだけれど…………ならば──
交渉は決裂ということか」
お母様の右手に魔力が収束していく。
目に見えるほどの凄まじい魔力。
これも昔から変わっていないようだった。
お父様は身体能力。
お母様は魔力。
二人ともそれぞれ別の強さをもっていた。
お母様が使う魔法はどれも破格なもので、いつもいつも驚かされてばかりだった。
それ故、魔力を元に作られた武器もとんでもない威力のものばかりだった。
おそらくフランは、そのお母様の特色を色濃く受け継いでいるのだと思う。
故にレーヴァテインや魔法の威力がとてつもないものばかりなのだろう。
「……久しぶりに見たけど、やっぱり凄いな」
お父様は薙刀──トリシューラ。
フランは剣──レーヴァテイン。
私は槍──グングニル。
そして、お母様が使うのは──。
「死出の旅路の準備は良いな」
「出たわね……
『イチイバル』……!」
弓矢のような形状の武器……お母様が本気を出す時に使っていたあれを出してきたってことは、本気で私を殺す気みたいね……ちょっとショック。
でも確かに、自身の障害となり得るものをみすみす逃したりはしないか。
フランの方は全く動きを見せない……それはそれで怪しいのだけど。
とにかくどうにかしてここから逃げないと。
逃げることは戦略の一つだ、プライドがどうとか矜持がどうだとかには関係ない。
スペカで奴等の目をくらませて──「盛り上がってるとこ悪いな」
「!?」
突然、頭上から男の声が聞こえてくる。
とても、聞き覚えのある声だ。
「……貴様」
お母様が不快そうに目を細める。
そう、お母様の計画がここまで難儀しているのはこの男のおかげと言っても過言ではないのだ。
幻想郷の地底に、生き残りを集結させ、団結させた。
そのおかげで、お母様の軍の侵撃は食い止められた。
おそらくバラバラの状態だったならば、やられていただろう。
「久しぶりだな、義母さん。相変わらず綺麗なもんだ」
こんな状況にも関わらず、いつもの軽口を叩いている。
全くこいつは本当に、いつもいつもふざけているけれど……
──本当に、とても頼れる、兄貴分だ。
「来てくれたのね、伸介……」
「おうよ」
ちらりとこちらに視線を向け、不敵に笑みを浮かべている。
お母様は相変わらず伸介を睨みつけていた。
「何だい、久しぶりの再会なのにさ。そんな顔されるとちょっぴりショックだな」
「久しぶりね伸介……貴方のおかげで私の計画は台無しよ。貴方さえいなければ今頃……」
「おっと、たらればの話はよそうぜ。現実から逃げるのは見苦しいもんだろ?
……なあ、フラン?」
そう言って、先程から不敵な笑みを浮かべたままのフランの方へ視線を向ける。
「……そうだね」
それだけ返事をすると、被っていたフードを取った。
馴染みのあるフランの顔が露わとなった。
「お、やっぱ可愛いなお前は。フードなんか被らなくていいと思うぞ」
「そうもいかない。隠密行動の時は可愛い顔を曝け出したらと目立ってしまうからね」
「おっと確かに。これは失敬」
冗談なのか本気なのか、この二人の会話はいつも掴めない。
だが──今のは何となくわかる。
いつものノリとはまた違う何かを、感じた。
「……冗談はその辺にしておきなさい」
お母様がフランの方を見ながらそう言った。
フランは黙って目を閉じて頷いた。
「悪いけど、貴方達を逃がすつもりはないわ。ここで確実に仕留める。
伸介の能力はここでは使えないわよ。私の魔法障壁が時空間の移動を妨害しているからね」
そう言われて、周りを見渡してみる。
確かに何か、肌にピリピリとする何かを感じる。
私は口下手なので言葉に言い表せないが……ジャミング?というのだろうか。
「だな、オレも能力でスタイリッシュに登場しようかと思ってたのにそれができなくて焦ったわ。嫌らしいことしてくれるよ」
「それだけ貴方の能力を危険視しているということよ」
「なるほど、そりゃあ光栄だ。
……レミリア」
突然名を呼ばれ、少し驚いた。
伸介はこちらに視線を向けていた。
「何?」
「お前は、フランのこと大好きだよな」
何を聞くのかと思えば。
当然、大好きに決まっている。
何なら最愛だ。誰よりも好きだわ。
「当然よ。誰よりも愛しているわ」
「ああ、だよな……安心した」
「……え?」
そういうと伸介は、私に向かって何かを投げる。
小さかったが伸介が正確に私の方へ投げてくれていたためしっかりと受け止められた。
「これは…?」
それは、銀色に輝く指輪と伸介がいつも付けているリストバンドだった。
「そいつは置き土産だ。その指輪にオレの能力の半分を封じ込めた。そいつに魔力を込めれば時空間能力が使えるぞ。どうだ、便利だろ。
それからそのリストバンドは……まあ、何だ。御守りみたいなもんさ。そいつを見て思い出してやってくれ。
ふざけた馬鹿野郎が居たってことを」
──この馬鹿は何を、言っているのだろう?
心底そう思った。
「……ちょっと、冗談は休み休み言ってよね。……こんな結界、あんたなら破れるでしょ?」
「バカ言え、義母さんの結界だぜ?無理だよ」
「じゃあ二人で協力して逃げましょうよ!私達ならやれるでしょ?」
「無理だろうな。相手は義母さんとフランだぜ?」
伸介は笑みを浮かべてそう言う。
……なんだかそれは、自嘲しているようにも見えた。
「あんたらしくないわね、いつもの軽口はどうしたのよ?ほら、いつもみたいに余裕かましなさいよ。本当は作戦があるんでしょ?」
伸介は何も答えない。
ちらりとこちらに視線を向けることもしない。
あんたが考え無しにこんな行動をするわけがないもの。いつもそうじゃない……あんたは全部計算尽くで、いつも何処か余裕があって……」
「…レミリア」
今回だってそうなんでしょ?
どうせ私をからかってるだけ。
あんたは、いつもそうだった。
「そうなんでしょ?ねえ、そうだと、言ってよ」
そこで漸く、伸介は私に視線を向けた。
「……ごめんな、レミリア」
「──ふっざけんな!!」
思わず伸介を打ってしまった。
こいつは何を勝手なことを言っているんだ。
現れるだけ現れて、『ごめんな』だと?
「カッコつけるのも大概にしろ、この野郎!!本っ当に馬鹿野郎だお前は!!!」
「ああ……悪い」
「何で謝るんだバカ!!むしろ謝り、たいのは……!!…ッ……!」
言葉が出てこない。
口が回らない。
視界が悪い。
胸が痛い。
苦しい。
「ふざけんな……ふざ、けんな……」
宙に浮いていることを忘れて地面を殴ろうとした。
当然、その拳は虚しく空を切るだけ。
「みんなに、よろしく言っといてくれ。霊夢には世話になったって」
「自分で伝えろ馬鹿!!……バカぁ…」
伸介の言葉に被せるようにそう言った。
しかしもう、それ以上言葉を出すことができなかった。
「──ふっふふ」
そんな時、伸介の笑い声が聞こえた。
「いや悪い、ついな……オレって、案外愛されてたんだな」
当たり前だろう、本当にバカなのか?
「伸介ぇ……!」
「おーおー、普段からこれくらい甘えてくれりゃあ良かったのに。
……ま、あれはあれでお前らしくて可愛かったけどさ」
そういうと、優しく頭を撫でてきた。
背後から抱き着く私を、優しく受け止めてくれた。
「本当はこんなしんみりする予定はなかったんだけどな。オレが思ってたより、オレは愛されてたみたいだ」
それだけ言って、伸介は私から離れた。
「……なあ、レミリア。お前ならわかってくれるだろ?こんな別れ方になっちまって申し訳ねえとは思うが……最後に兄貴ヅラをさせてくれ。
お前ならきっと、どんな痛みでも乗り越えられる。躓きそうになったのなら、ちゃんと周りにいる仲間を頼れ。必ず助けてくれるはずだ。絶対に、一人で背負い込むなよ。ただ、自信がある時は行動に移しちまえ、お前にはその力があるからな。
……最後に、これだけは言わせてくれ。
お前は、お前の『やれること』をやれ。……そして家族を……フランを、大切にしろよ。
──行け」
伸介が最後に見せたその表情は
今まで見た中で一番───強くて優しい、とても格好良い笑顔だった。
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「私と伸介が話している間は、二人はずっとこちらを見つめて黙っていたわ……元家族のよしみって奴かしらね。
その後のことは、私にもわからない。ただ、これだけは言える。
……伸介は、立派に戦って死んだ。私が追われずに安全に戻ってこれたことと、この指輪がその証拠よ」
この指輪には、伸介の魔力が込められている。
指輪を持っているだけで、分かるのだ。
伸介は……殺されたのだと。
「……そう、なのね」
霊夢は悲しげな顔で戦場の空の方を見た。
しばらく、見つめたままだった。
「……伸介の意思を無駄にしないためにも
私達は、幻想郷を守らなきゃいけないわね」
そうだ……ここでへこたれるわけにはいかない。
伸介の意志を無駄にしないために、私はしっかりしなきゃいけないんだ。
悲しんでいる暇なんて……無い。
「……霊夢?」
そんなことを考えていると、霊夢が私を優しく抱きしめてきた。
その抱擁は、とても柔らかな愛情に満ちているように感じた。
「あんたは、強いわね。いいや、強くなった」
「え?」
唐突にいわれ、戸惑う。
「でもね、レミリア。
こんな時くらい、泣いたっていいのよ」
──突然、伸介との思い出が雪崩のように押し寄せてきた。
幼い頃、お父様に叱られた私を慰めてくれたこと。
二人でバカをやって、召使い達から追いかけ回されたこと。
それをニコニコと笑って見守っているフランがとても可愛いという話で盛り上がったこと。
フラン、伸介、私の三人で、色んな苦難を乗り越えてきたこと。
ずっと、私達の味方でいてくれたこと。
「……あいつは、いつだって頼りになって、それでいてどこか抜けていて………ははっ……本当に、ほんっとうにあいつは、バカな奴だわ……何が『兄貴ヅラをさせてくれ』だよ…………カッコ、つけやがって……」
その後はもう、泣きに泣き噦った。
どのくらい泣いたかは、覚えていない。
けれど、泣いている間、霊夢はずっと抱きしめ続けてくれていた。
時折優しく、背中をさすったり、頭を撫でてくれた。
ああ、あんたの言う通りよ、伸介。
私は一人じゃ生きていけない。一人で背負うなんてことはできない。
だからこそ……仲間に頼れってことでしょう?
……でも、あんたは。
『自信がある時は行動に移しちまえ、お前にはその力がある』とも言ってた。
私の自信を、踏みにじるようなことは言わなかった。
「ごめんね、霊夢。もう大丈夫」
「……ええ」
霊夢は、酷く悲しげな声でそう言った。
きっと、私の心中を思い……言い方を少し悪くすると『同情』してくれているのだろう。
「……あんたは優しいわね、霊夢」
「…!」
「何だかんだみんなに好かれる理由、分かった気がするわ。
ありがとう、さっきも言ったけどもう大丈夫。あいつはあいつの『やれること』をやった。だったら私も、私達も、やれることをやらなきゃいけないわ」
そういうと、霊夢は軽く頷き後ろでただ黙って話を聞いてくれていた皆に視線を向けた。
「戻りましょう。地底でもう一度作戦を練り直すわ」
霊夢の言葉に、皆は黙って頷いた。
皆何処か、覚悟が決まったような表情を浮かべていた。
それを見終えた霊夢が、こちらに再び振り返る。
「レミリア」
「!」
突然両肩を掴まれた。
そして、私に視線を合わせるように少し屈む。
そして……
「この戦い……絶対に勝つわよ」
ニヤリと笑って、そう言った。
不思議と私にも笑みがこぼれる。
「ええ!もちろんよ!」
みんなで協力すれば、きっと勝てる。
だからあの馬鹿にも、あの世でのんびり見ていて欲しい。
あんたの意志は、無駄にはしない。
紅魔の城にて。
「……」
フランが、バルコニーから紅く染まった空を見上げていた。
昔からフランは、バルコニーから外の景色を眺めることが好きだった。
風に靡く木々の葉、空を舞う蝶々や色取り取りの花々……それらを見ることは、フランの心の安らぎの一つであった。
尤も今は、空に浮かぶ紅く染まった月により、見える景色は紅一色だったが……。
テーブルにはティーセットとマカロンが置かれていて、それを時折優雅に口に入れつつ、外の景色を眺めている。
今この空間はまさしく、『フランのためだけにある世界』。何人も邪魔をすることはできないだろう。
しかしそんなフランの表情は、何処か浮かばれない、少なくとも安らぎを感じているような表情ではなかった。
ただただ、憂いのあるような表情で、空を見上げていたのだ。
しばらくするとテーブルに置いてあったマカロンが無くなり、紅茶も飽きてきてしまう。
フランはゆっくりと椅子から立ち上がり、ティーセットやマカロンの入っていた容器を隣に置いてあるワゴンに乗せた。
これは、フランの"現在"の召使いが使用しているものである。
後で取りに来るから、ここに置いておいて欲しいとのこと。
軽くその場で伸びをして、振り返り城内へ戻っていく。
その足取りはどこか……怒りを内包しているようだった。
バルコニーから出ていくその瞬間に。
「──バカ兄貴」
一人、寂しげにそう呟いた。
はて、何か忘れているような。何か大事なイベント的なものを。(※茶番注意。苦手な方は見ないでね。)
「ヒント教えてあげようか」
え、誰?どこ?
「今日の日付を思い出してごらん」
今日の日付?5月14日……
「5、1、4……」
514……
……こ、い……
「し♡」
ザクッ
ギャアァアァアアアッ
「せっかく私の日なのに何も用意してないなんて酷い男だわ」
許してヒヤシンス。せめてこいし活躍させればよかったね。でもこいしの日だけ特別扱いするわけにもいかないというか。
「ふーん?他の子の日はちゃんと覚えてたような気がするんだけどね」
い、いやいやぁ!?そげなことはないですよぉ!?
「なんと罪深きことか!delete!」
イィィッヒィッ
「というわけで、今日はこいしの日よ!みんな今日は私をいっぱい可愛がってね♡」
こいしに殺されるなら良いかもしんないね……()
うちのこいしは本来こういうキャラです。
シリアスな時は真面目モードに入ってるだけです。
 




