大戦の開幕
またまた間がかなり空いてしまいましたな…!
一方、地底の旧地獄街の入り口では。
「貴女が駆り出されなかったのは意外ですね、こいし」
「知ってると思うけど、私はそこまで強くはないからね」
「ご冗談を、少なくとも弱い部類ではあるまい。それに貴女の能力は奇襲に向いている。わざわざ守りに徹しさせる意味を感じないのですがね」
「それを言うならイザベルだってそうだと思うけど。
……万が一地底に奴等が侵入してきた時のためって銘打ってたけど、多分霊夢は戦力の温存がしたかったんだと思う。
できるだけ手の内を隠して、敵に自軍の全力を見せないようにしてるんじゃないかな」
「……なるほど」
イザベルはこの時、『すぐに敵を倒せる』ことを前提にして話していた。
だが、思い返してみれば、敵軍にもそれなりの強者が揃っているのだから、そう簡単に行くはずがない。
「浅はかな質問でした。忘れてください」
「ううん、私も何となく気持ちはわかるから」
と、その時。
「イザベルさぁーーん!!」
「ん?おぉっ!?」
小悪魔がイザベルに飛び付いた。
急な出来事だったため、イザベルは受け止めきれず小悪魔に押し倒される。
「うわぁーーん!良かった、良かったぁぁ〜〜!!本当に心配してたんですよ!?無茶ばっかりしてぇ〜!!」
「こ、小悪魔様……申し訳ございません」
泣きじゃくる小悪魔の頭を左手で撫でつつ、苦笑を浮かべている。
「……へぇ〜」
こいしがニヤニヤと笑っている。
その様子に気付いたイザベルはその行動を純粋に疑問に思った。
「何だ?」
「べっつに〜?イザベルも隅に置けないなーと思っただけ!ふふふっ」
「??」
言葉の意味がわからず余計に困惑する。
「…言ってることの意味はわからんが……小悪魔様、とりあえず立ちませんか?このままでは話しづらいでしょう」
「ぐすんっ…は、はい!」
小悪魔が照れ気味にイザベルに右手を差し伸べる。
イザベルはその手を掴んで立ち上がった。
「ありがとうございます」
「い、いえ!」
少し嬉しそうに右手を左手で握った。
こいしはその様子にさらにニヤついた。
「…さっきから何だお前は」
「べぇっつにぃ〜?まあとりあえず、再会を喜ばないと!イザベル、天子を一人で抑えたんでしょ?凄いなぁ」
「……まあ、それなりに頑張りましたから」
「美鈴さんもお嬢様もとても心配していたんですよ!?全く……もう二度と囮になるだなんて言わないでくださいよ!」
「か、かしこまりました」
あのイザベルが戸惑っている。
本人が多少捻くれているため、真っ正面からの好意や善意には弱いようだ。
「しかし、本当に無事で良かった良かった」
そこへ、美鈴が混ざってくる。
「……すみませんね、咄嗟だったもので他にいい策が思い付かなかったんです」
「構いませんよ。こうして無事にまた会えたんだから、結果オーライって奴です!」
その言葉に、バツが悪そうに笑うイザベル。
やはり真っ正面からの善意には弱いようだ。
イザベルの意外な一面を見たこいしは、少しだけ彼女を可愛いと思った。
見た目がフランだから、というのもあるのだろうが……。
「ふふふふ……ねえ小悪魔さん、後でちょっと時間もらえる?」
「え?いいですけど……」
「ありがと!じゃあ、私はちょっとお姉ちゃん達と話してくるから!」
そう言ってこいしは街へと駆けていった。
「……では、私もこの辺で。ちょっと眠くなってきたんでその辺で仮眠取ってきます!」
「お疲れ様です。ごゆっくり」
「はい、では!」
美鈴も、その場を去っていった。
今この場には、小悪魔とイザベルの二人のみが残っている。
「小悪魔様もそろそろ街へお戻りになられては?私はもう少しここにいます」
「イザベルさんがここにいるなら、私もここに居ます」
「……?」
小悪魔はそういうと、イザベルの方を見つめる。
その行動の意味がよく理解できず、イザベルは一瞬困惑する。
「私、イザベルさんのことをもっと知りたいんです。少しここでお話しませんか?」
「……構いませんが……私はあまり褒められた生を歩んできてはいませんよ?」
「大丈夫です。今の貴女がこんなにも素敵な人なんですから、過去は関係ありません」
イザベルは小悪魔のその言葉に、少しの衝撃を受けた。
「……私も、貴女のことをよく知りませんからね」
「!」
「お互い、包み隠さず話しましょう。そうすればもっと、お互いを理解できるはず」
「…はい!もちろんです!」
二人が楽しそうに談笑し始めた。
二人はとても幸せそうで、今現在の状況を忘れさせるような、眩しい世界が二人の間に広がっていた。
その様子を影から見守る者が二人。
「ひゃ〜、小悪魔さんも大胆だなぁ」
「彼女、あー見えて攻めるタイプですからね」
「パチュリーの時もそうだったのかな?」
「いえ、彼女のパチュリー様に対しての感情とイザベルさんに対しての感情は別物でしょう」
「あー、なるほど……ふふふっ、こりゃあくっつけがいがあるなぁ〜」
こいしがニヤニヤと笑っている。
美鈴はその様子を見て、ふと気になった。
「……どうして、貴女はお二人をくっつけたがるんです?」
「どうしてって……そりゃあ、二人には幸せになってほしいもの。好意を隠したまま別れたりするなんて、あまりにも残酷でしょ?」
穏やかな笑顔で言うこいし。
その笑顔には、自身の思いが滲み出ているようだった。
(ああ……貴女はそうやって、自分を傷付けてきたんですね)
楽しげに話す二人の様子を、優しい表情で見守るこいし。
美鈴はその笑顔の裏にある壁を、敏感に感じ取っていた。
「進めェーー!!目標はすぐそこだ!!」
「俺たちの力を指し示せェーー!!」
「ウオオオオオオオオオオオ!!」
大量の人妖たちが、雄叫びを上げながら地底へと向かっていく。
それを迎え撃つのは、幻想郷の最強戦力達。
「おーおー、勇ましいな」
「さしずめ、威圧の咆哮と言ったところか」
「我々には無意味だと思いますが……」
「それだけ向こうの士気は高いということだろう」
「はんっ、少しは楽しめそうじゃないか」
「こら、勇儀。今回は遊んでばっかりじゃダメだからね?」
「わかってるって!なあ萃香?」
「……しっかし、驚いたなー。華扇、あんたまで地底に来てたとは……」
「あんな光に負ける私ではないのは、貴女ならわかるでしょ。仙人よ?私は」
「そうだねぇ、流石は私らと同じ──」
「ん?」
「おぉっと冗談冗談」
華扇が鬼の形相で萃香を睨む。
それに威圧されて萃香は少したじろいだ。
「……全く、冗談は顔だけにしてちょうだいよ」
「お前それ意味わかって言ってる?」
萃香が笑顔で言った。
「これも冗談よ、やっぱり鬼には冗談が通じないわね」
「……」(『あんたも人のこと言えない』とは言えないわね……)
幻想郷側もただただ待ち構えているわけではない。
正面には勇儀、萃香、華扇、幽香、神子、白蓮の六人しかいなかった。
その少し後方に、早苗と紫、そして幽々子の三人が待機している。
「ここは後方支援が主だから、あまり出過ぎたことはしないようにね」
「はい!」
「それにしても、まさかここまで大事になるなんてねぇ……びっくりだわ〜」
「ほんとね……もっと早くあいつの存在に気付いてれば良かった。ま、どうせ私達が勝つでしょ!」
「この三人の中で私だけ明らかに浮いてると思うんですけど、その事に関してどう思います?」
「あなたは遠距離の方が強いと思われてるって思うわ」
「前線に出られると邪魔だと思われてるって思う」
「わりい やっぱ辛えわ」
「そりゃあ辛えでしょ」
「ちゃんと言えたじゃない」
そしてその早苗達の上空に待機しているのが……
「さぁーて、開戦ね!」
「随分やる気満々じゃないか、レミリア」
「とーぜん。散々悩まされたんだから、あいつらでその鬱憤を晴らさせてもらおうってとこよ」
「なるほど……まあ、程々にな。今回は多分、長期戦になる。いきなり飛ばしすぎると後からバテるぜ」
「んなこたぁわかってるわよ、それは私じゃなくて空に言ってあげなさいな」
「うおっしゃー!!ぶっ飛ばすぞぉー!!」
「……それもそうだぜ」
レミリア、魔理沙、空の三人。
空中機動力に長けた三人だ。
この三人は、空から侵入してくる敵を倒すのと、味方の援護を主とするチーム。
そして、地底の入り口の少し手前には……。
「伸介の張った結界は便利ね……これなら伸介の魔力が保つ限り地底に侵入されることはなさそう」
(まあ、そもそもここまで辿り着ける奴がいるかどうかもわからないけど)
霊夢が一人、そこにどっしりと構えて待っている。
「敵が見えてきたぞー!!」
「あれは…鬼か!?」
「それに幻想郷でトップクラスだと謳われる連中ばかりだ……!」
「怯むな!この数だ、いくら連中と言えど敵うまい!」
「ここで奴等を倒し、我等が王女に勝利を捧げるのだ!!」
『ウオオオオオオオオオオオ!!!』
敵の勢いは全く弱まらない。
むしろ、増していくばかりだった。
「さて……目測」
勇儀がポキポキと首を鳴らす。
「……ひー、ふー、みー……六万人くらいか」
萃香が敵の方を指を差しながら、呑気にそう言った。
「へえ、思ったより……」
「そうですね」
「ええ。
思ったより、少ないわね」
上空にいる三人の様子は……
「何だ、あんなもんか?もっといるかと思ったぜ」
「たった五、六万人で足りると思ってんのかしら、甘く見られたものね」
「あれ全部ぶっ飛ばせばいいの?」
「おうよ、あれくらいの人数なら最初から飛ばしても問題ないだろ」
「よっしゃ、それじゃあ心置きなく!」
「いい?できるだけ二人で固まって行動すること。パートナーである人と離れないようにして」
「りょーかい。まあ、そんなに意識しなくても大丈夫だろ?萃香」
「ああ、好き放題やればいいさ。私が勝手に合わせるよ」
「流石、分かってるじゃないか」
「何年あんたと一緒に居たと思ってるのさ?」
鬼の二人は、愉しげに笑みを浮かべて敵を見据えている。
「……じゃあ、よろしくね。幽香」
「ええ、仙人さん。攻撃に巻き込まれないように気をつけてね」
「わかってるわよ。そのような心配はいりません」
「となると、私の相方はお前か。尼僧」
「ええそうですよ、お互い頑張りましょうね」
「そうだな。お互いにな」
「ええ、お互い」
「…く、くくく」
「ふふふっ…」
「「あーっはっはっはっは!」」
神子と白蓮は、お互い引き攣った笑顔を浮かべて睨み合っていた。
「何やってんのよあの二人……」
「ま、まあ……仕方ないと思うわ」
「それより華扇、そろそろ私らも動いた方がいいんじゃない?敵さんの姿も見えてきたよ」
「…!そうですね、では散会しましょう!出来るだけ広い範囲で!
誰一人として通してはなりませんよ!」
その時、勇儀が真正面に向けて突っ込んでいく。
「そんじゃあ先陣を切らせてもらいますかねぇ!」
「あっ!こら勇儀!」
「……ま、こうなるとは思ってたけど。それじゃあ悪いけど私達は正面を請け負うよ。他のところはよろしく!」
萃香がそう告げてから、勇儀の後を追っていく。
「……まあ、いいでしょう。私たちも行くわよ!」
「はいはい」
華扇と幽香が、右側に走っていった。
「では、我々は左側とな」
「そういうことね。さあ、行きましょう」
「ふん、せいぜい足を引っ張ってくれるなよ」
「そっちこそ、私の攻撃に巻き込まれてやられるなんて無様な姿は晒さないでくださいね」
神子達も、左側へと走っていった。
その様子を見ていた、後方の三人。
「霊夢さんの作戦によると、『三手に別れて敵の注意を引き、後方支援の三人が遠距離攻撃で敵の数を減らす。
抑えきれなくなった場合、空の三人のうちの誰かが援護に向かう』だそうですけど……相手がたったあれだけならそんな心配もなさそうですね」
「そうねぇ、ちゃちゃっと片付けちゃいましょ」
「私達も三手に分かれる?」
「いいや、孤立するのは良くないと思うから、このままで行きましょう。とりあえず撃ちまくれば敵の数は減るでしょうし」
「了解です!」
各々が行動を起こし始めた。
いよいよ、本格的に大戦が始まる。
「ウシッ!気合い入れて行くか!」
霊夢が拳を合わせて言った。
「……始まったな」
フランは城門の上からその様子を眺めていた。
目を紅く光らせている。吸血鬼の視力を利用して、戦局の一つ一つを把握しているようだ。
「どうでしょう?」
「うん、予想通りだ。
圧倒的に、押されてる」
「オラオラオラオラァ!私を止められる奴はいないのかァ!!」
勇儀が破竹の勢いで敵を倒していっている。
萃香がその後ろから勇儀が取り零した獲物を狩っていく形である。
「おーい勇儀ー!あんまり突っ込みすぎるなー!」
「おーよ!」
ある程度進んだら引き返し、また突撃し、また引き返しながら敵をなぎ倒す。
それを繰り返しているだけなのだが、敵の数はみるみる減っていった。
つまり、誰一人として勇儀を止められる者がいないのだ。
それもそのはず、相手は人間と白狼天狗。
鬼に敵う者など一人もいない。
「くそ!あの鬼を集中して狙うぞ!」
「無理だ!向こうには仙人と風見幽香がいるんだぞ!?」
「こっちにも少し増援をくれ!!あんな化け物二人は手に負えない!!」
既に崩れ始めた敵軍を見て、紫はあることに気が付いた。
「あら……あちら側の兵は戦闘未経験の人ばかりなんじゃない?動きも鈍いしまともに連携も取れていない」
「ええ、白狼天狗がいるからまだ何とか保っているけれど……あと数分もすれば簡単に崩れるわよ」
後衛の三人は援護射撃をしつつ、周りの様子を伺っている。
「辺りに妖気は感じないし、案外あっけなく勝てそうですね」
「そこまで気張る必要もなかったかしらね……」
「油断大敵って奴よ。何が起きてもおかしくないんだからもう少し警戒しなさい」
空にいる三人も、同様の様子だった。
何故なら、飛行してくる敵が誰一人としていなかったからだ。
「ねえ、ぶっちゃけ暇じゃない?」
「暇だな……私ら浮いてるだけだぜ」
「ねえ、あっちの援護行った方がいいんじゃない?」
「まだ大丈夫だろ。誰も手こずってる様子はないし」
「そうね、私達は力を温存しておきましょう。……まだ、大物どもが出てきてないからね」
レミリアのその言葉に、空は少し反応した。
「大物?」
「ええ、例えば──
射命丸とかね」
その言葉の直後、レミリアは何もないところに向けて弾幕を放った。
ドンッ!!
しかし、その弾幕は突然消えた。
まるで、掻き消されたかのように。
「流石……鋭いですね」
それと同時に、一人の天狗が姿を現す。
頭に赤い頭襟を被り、黒いフリルの付いたミニスカートと白いフォーマルな半袖シャツを着た、背に黒い翼を持つ少女。
「いつからお気付きに?……レミリアさん」
射命丸 文が、姿を現した。
「最初からよ。あんな堂々と来るなんて思わなかったからびっくりしたわ」
「おや、これは驚きました。私の動きが見えていたのですね」
「当然でしょ。吸血鬼の動体視力をなめたらいかんよ」
「仰る通り!私も詰めが甘かったようですね」
右手に持つ葉団扇をパタパタと扇ぎながら、笑顔で話しかけてくる。
いつも通りなことが、余計に不気味だった。
「お前、狂乱状態にされちまってんだろ?妙に落ち着いてるじゃないか」
「ほうほう、狂乱状態とな。まあ確かに狂っているのかも」
「は?」
「いえ、こちらの話です。一つだけ言うとすれば、貴女のその狂乱状態という認識は誤っていますよ」
その言葉に、魔理沙とレミリアは驚いた。
空はきょとんとしている。
「誤ってるって……じゃあ一体ありゃなんなんだ」
「それを知る必要はありませんねぇ……
というわけで、大人しく私に殺されちゃってください」
瞬間、文が団扇を横薙ぎに扇いだ。
すると、鎌鼬のようなものが発生し、レミリアに向けて飛んでいく。
「ふん」
レミリアはそれを右手で弾き飛ばした。
「不意打ちとはらしいことをするわね」
「でしょう?天狗は狡猾ってよく言いますからね」
「あんたが出てきたってことは、他にもいるんでしょう?」
「当然。ですが、本当は私はまだ出るつもりはなかったんですよ。貴女のおかげで作戦が破綻しちゃいました」
「へえ……じゃあいつ出るつもりだったのよ」
「そうですね……
──ちょうど、今くらいです」
その時
「──出番だよ」
パチンッ
一人の悪魔が、聳え立つ城門の上から指を鳴らす。
「うおおぉぉぉーー!!」
複数の兵士達が幽香に突っ込んでいく。
「懲りない連中ね……」
幽香は傘の石突きをその兵士達に向ける。
兵士達はその行動を見ても、尚も突撃を続けている。
「自分達じゃ私に敵わないのはわかってるはずなのに、何で向かってくるのかしらね」
(まあ、陛下の為、とでも言うのでしょうね)
幽香の攻撃が放たれようとしたその瞬間。
「──油断のしすぎじゃないのか?」
「!?」
背後から声が聞こえてくる。
幽香が咄嗟に振り返ると、そこには、刀を持った人間の男が立っていた。
「へえ……」
男が刀を幽香に向けて振るう。
幽香がそれを振り向きながら傘で防ぎ、刀を弾いて反撃した。
男は幽香の攻撃を躱すと、一度後ろに飛び退いた。
「……あんた、面白い格好をしているわね」
「よく言われるよ」
白地の浴衣の下に灰色のズボンを履いている。
少なくとも、普通の服装ではない。
幽香はつい、笑いが溢れてしまった。
青年はそれに対して何か反応するわけでもなく、無言で幽香を見つめ続ける。
(……こいつ……只者ではなさそうね)
ドオオォンッ!
「!」
突然、幽香から見て左側で爆発が起きた。
「何だ?」
爆煙の中から、少し傷付いた華扇が現れる。
「くっ…!」
「……手こずってるわね」
「……悪いわね」
「別に責めてるわけじゃ。相手は?」
「彼女達よ」
華扇が視線を向けた先にいたのは……。
「仙人だかなんだか知らないけど、本物の神に勝てるとでも?」
金髪で、目玉が二つ付いたおかしな帽子を被る少女と
「風見幽香もいるね……一石二鳥じゃないの」
紫がかった青髪の、背中に紙垂が複数取り付けられている大きな注連縄を輪にした物を装着している女性がいた。
「さあ、その首を頂こうか!」
「もうこの世界は終わりなんだ。潔く諦めた方が身の為だよ」
諏訪子と神奈子の二人である。
「……これまた、厄介なのが来たわね」
「いつの間にやられてしまったのかしら……早苗がいたから無事なんだと思っていたわ」
「私としては、神でさえ『同化』を無力化することができないことに驚いたけどね」
「何らかの形で弱っていたところを狙われたのかも。何にせよ、厄介な相手です」
一方、聖人二人の方面。
周りの敵をほぼ一掃し、残る少数も恐れるあまりその場に立ち竦んでいるばかり。
「……つまらん。まるで連携も取れていないし個人が強いわけでもない。まして人数がそこまで多いわけでもない。これでは思う存分に戦う前に決着がついてしまう」
「味気ないと思う気持ちはわかりますが、今はそんなことを言っている場合ではないでしょう」
「ふん、情趣のない奴め。そんなだから人が寄り付かんのだ」
「言ってくれますね、貴女にだけはそれは言われたくなかったですが?」
「ほう、やるか」
「いいですとも」
二人が向き合って今に殴り合いが始まろうかという、その瞬間。
「お二人さん、私も混ぜてよ」
「「!」」
突然、前方から声が聞こえた。
「…ほう」
「……あの、桃のついた帽子に、緋色の剣」
「ああ、間違いないな。
天人様だ」
その声の主は、比那名居 天子。
楽しそうに笑みを浮かべて、ゆっくりと二人の方へと歩いていく。
「あら?もう喧嘩は終しまい?もっとしていてもいいのですけど」
「お生憎様、天人様の手前でそのようなことはできませんね」
「あーら、貴女わかってるわね。でも今は私が『してもいい』と言ったのよ。遠慮する場面ではないと思うのだけど」
「別に言うことを聞く必要もないでしょう?」
「威勢がいいわね。決めたわ、力尽くであんたを服従させてあげる」
「やれるものなら」
天子と神子のやり取りを、冷や汗をかきながら見つめる白蓮。
二人が自身の得物を相手に向けた辺りで、白蓮もまた臨戦態勢を取る。
「あら、貴女もやるのね」
「申し訳ありませんが、私達は負けるわけにはいきませんので」
決意のこもった眼差しを天子に向ける。
「……一つ質問よ。
貴女達は、何のために戦っているの?」
「何のために、ですか」
「はっ、知れたこと」
『自由の為に』
二人が声を揃えてそう言った。
「──上等」
白蓮は魔力を帯びた拳を、神子は腰に差していた刀を、天子は緋想の剣を構え、突撃していく。
三人の攻撃が激しくぶつかり合い、辺りに凄まじい衝撃波が走った。
もう一方、鬼二人の方面。
勇儀達の周りには、ほとんど敵兵は残っていなかった。
「はっ!そんなもんかぁ!?もう私に挑んでくる奴はいないのか!」
「派手に暴れたからなぁ……勇儀に近付こうとする奴なんてもう居ないだろ……ん?」
萃香が、兵士達の方を凝視する。
「……?」
凄まじいスピードで、雑兵の間を走り回る一つの人影を目にした。そして──
「何だあれ──」
萃香が言葉を言い終える前に。
「──その首、頂戴する」
一人の白狼天狗の少女が、背後から萃香の首へと斬りかかる。
ザッ!!
萃香は咄嗟に右斜め後ろに跳びのいた。
「萃香!?」
突然の出来事に勇儀が驚く。
萃香はすぐに体勢を整え、自分の首が繋がっていることを確認するため、右手で首を触る。
「!」
すると、右手に血が付着した。
ほんの少しだが、首が切られてしまっていた。どうやら完全には躱しきれなかったようだ。
「──はっ」
途端に、萃香の表情が激変した。
先程までの退屈そうな表情から、とても愉快そうな笑みを浮かべている。
「……避けたか。さすが」
「あんた、妖怪の山で見たことがあるな……白狼天狗の……確か、犬走 椛とか言ったかな」
「如何にも、名前を覚えていただけて光栄です。
私が来たからには、これ以上好きにはさせませんよ」
椛が剣の切っ先を萃香に向ける。
「……威勢が良いな、天狗の割に」
右手の人差し指についた血を舌で舐めながら、萃香は立ち上がる。
その仕草に、周りの兵士達は少し後ろへ下がった。
「貴方達は下がりなさい。もう十分です」
「で、でも…!」
「下がれと言ったのです。これは王女の意思ですよ」
「!」
王女の意思。
その言葉を聞いた途端、兵士達は踵を返して下がっていった。
そのあまりの切り替えの早さに、ことの異常さを思い知らされる。
「……さて、これで私もフリーになったわけだが……
白狼天狗一人で、鬼二人に勝てると思ってるのかい?」
勇儀が萃香の隣に並び立つ。
「思っていませんよ」
その時、勇儀は背後から僅かだが殺気を感じる。
「!」
振り返ると、右手の指を銃のような形にして勇儀に向けている一人の人物がいた。
バンッ!!
「おっとぉ!!」
勇儀はギリギリのところで銃弾のような光弾を躱す。
「あいつ……」
「ああ、霊夢達が異変の被害を広めた可能性が最も高いとして名前を挙げてた奴だ」
「はん、わざわざそんな奴が、なんだってこんなところに?名前は……えーっと」
頭にうさ耳のついた、女子高生のような服装の少女。
即ち──
「鈴仙・優曇華院・イナバ。
あなた方を、殺しにきました」
ちゃんとモチベはありますのでご安心を!
…ん?誰も見てる人いないって?
ははっ




