酔狂乱舞
「………何で、どうして……一体、何が……」
(嘘だ……こんな、こんなこと……あってはならない
そうだ。こんなことはあってはならないんだ。これは間違った歴史なんだ。
私が、私が正さなければ。
正しい歴史を、守らないと……私が──。
「……フラン……」
フランが慧音の少し前方に立っていた。
口元を少し歪めて、笑みを浮かべている。
「偶然町の近くを通りかかってね。様子が変だったからちょっと見に来たんだけど……そしたら先生が」
表情を変えず、笑みを浮かべたままフランは慧音に話しかける。
「……」
だが今の慧音の精神状態は最悪だった。
フランの言葉は、あまり耳に入っていないようだ。
「……さっき言ったけど、この村の人達はみんなやられちゃってたよ」
「いいや…」
フランの言葉を遮るように、慧音は即座に否定の言葉を返す。
(そんなはずない……この目で見たんだ……)
「だって、死体は一つしか確認できなかった。他に死体は一つもなかったんだ……」
酷く弱々しい声でそう主張する慧音に対し、フランは冷静に言葉を続ける。
「先生、無意識に現実逃避してたのかな?
この血に染まった町を見て、どうしてあんなに冷静に動けたのか疑問だったけど……なるほど、白沢化してそういう歴史を作ったのか」
「……や……ろ……」
か細い声で慧音は何かを呟いた。
しかしフランは構い無しに話し続ける。
「先生は町が壊滅してるという事実を認められなかった。だから新しい歴史を作って、村を元に戻そうとした。
けど、それは失敗した。何故なら、今日は満月ではなかったから。能力を完璧に発動するには至らなかった。そして、自分自身にだけ辛うじての歴史改変が働いた」
「……めろ…!」
「結果、中途半端に現実の風景が残り、死体を発見してしまったんだ。そして、この本屋のレジに最初からあった生首を少し遅れて発見した……」
「やめろ!!!」
慧音が大声で叫んだ。
しかしそれでもフランは容赦なく話し続ける。
「先生、現実逃避は良くないよ?今の先生なら現実を見ることができる。
……今は辛いかもしれないけど、しっかり現実を受け入れないと。
この歴史を無かったことにしたら、それこそ村の人達に対する裏切りになっちゃうよ」
慧音の隣まで歩いていき、身を屈め、耳元で囁いた。
「思い出も何もかもを無かったことにしちゃったら……一番辛いのは先生だと思うけど」
「……」
そう、先程まで慧音が見ていた風景は、慧音の能力が不完全に発動し、中途半端な歴史改変によって作られた風景だった。
本来は、村中が血に染まり、そこら中に死体が倒れている、無残な光景が広がっていた。
最初の見回りの段階で、既に歴史改変は始まっていたのだ。
(……私はどうしたらいい?)
慧音の目から、かつてあった光は失われていた。
逃れようとした絶望を、再び叩きつけられた。
今の慧音には、それを耐えるだけの精神力はなかったのだ。
(どうすれば……楽になれるんだ?)
「答えを教えてあげようか?」
まるで心の声を見透かされたかのように、フランに口を挟まれた。
立ち上がり、外を指差しながら言う。
「異変の元凶を倒せばいい」
「…知ってるのか?」
「……教えて欲しい?知らない方がいいことだってあるよ?」
慧音から背を向け、少し歩いてから呟くようにそう言った。
慧音はそんなフランを睨みつけながら強めの口調で言う。
「私は、村をめちゃくちゃにされた元凶が許せない」
『先生!』
──ぶっ殺してやる。
「──私の手で必ず……殺す。
協力してくれ、フラン」
「……それじゃあ、教えよう」
その言葉を聞いて、フランは──
「この異変の元凶は──」
大きく口角を釣り上げて、笑っていた。
「永遠亭の連中だよ」
バリィーーンッ!!
「よっしゃあ!!結界ぶっ壊してやったぜぇ!!」
「お、おう。えらくテンション高いなレミリア」
「思ったより硬くてムカついてました!さあ、さっさと博麗神社まで行くわよ!」
「はいよ!」
レミリアと魔理沙が、咲夜の張った結界を破壊していた。
もう敵の視線など考慮せず、空を全速力で飛んで博麗神社を目指す。
「霊夢は大丈夫かしら…!咲夜に襲われてたりしないでしょうね!」
「あいつなら咲夜相手に遅れは取らねえだろ!心配無用だ!」
一方、博麗神社では──。
ガキィンッ!!
ザザザァ
「ふぅっ…!」
「ふふっ…流石は博麗の巫女。ここまで張り合ってくるなんてね」
「そっちこそ、流石は天人様ね……」
(これ以上続けられると、少しきついか?……でも、それを悟られてはいけない。
こっちもなるだけ体力を温存したいから本気を出すわけにはいかないし……)
霊夢は体力的には余裕があるが、天子がまだ本気を出していないことも含め、このまま戦ってもジリ貧である。
そう、考えていた時だった。
「勝負は預けよう」
「…!?どういう風の吹き回しよ」
「ここは一度退いた方がお互い得をすると思いませんか?……私、貴女と戦うためだけにわざわざこっちに来たわけじゃないのよ」
「そんなこととっくの前に気付いてるわよ。何をする気?」
「貴女には関係ないことですよ……いや、関係はあるかな?」
怪しく笑う天子に、霊夢はますます警戒心を強める。
しかし、ここで天子を引き止める理由もなかった。
「……いいわ、その提案に乗ってあげる」
「流石、物分かりがいい。
せっかくの貴女との勝負に邪魔が入っては興醒めですから」
「…?」
天子の言葉の意味がわからず、一瞬考え込む。
「それじゃあ、ご機嫌よう。せいぜい殺られないようにお気を付けて」
天子が飛び去っていった。
「……はぁ〜…!」
霊夢はその場にへたれ込む。
「まだ本気は出してなかったけど、それはあいつもよね……あー、よかった。正直本気出されてたらどうなってたか」
(しっかしあいつ、また強くなってたわね……どこまで行く気なのよ)
その時。
「霊夢〜〜!!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
霊夢は思わずそちらを振り返る。
レミリアが階段を走って上がってきていた。
「レミリア!?何であんたわざわざこっちに…!」
「まあまあそれはちょっと色々事情があるのよ!とりあえず立てる!?さっき天人とすれ違ったけど、あいつと戦ってたのね!?無事!?」
「質問が多いわよ…とりあえず全部OK、紅魔館に急ぎましょう」
(あいつ、レミリアがここに向かってることに気付いてたのね。『邪魔が入っては』っていうのはそういうことか)
「わお、状況判断力高いな」
「……魔理沙、いたのね」
「おう。さあ、行こうぜ。今回は私も手を貸そう!」
「そりゃあ心強い」
三人が博麗神社を発った。
「はぁっ……!はぁっ……!」
小悪魔が紅魔館の廊下をひた走る。
背後からは、無数の妖精メイドが追ってきていた。
「ハッ…!ハッ…!どこまで、追ってくるの……!?」
妖精メイドの手が、今に小悪魔に触れようとしたその時……。
「とうっ!」
「ギャッ!?」
右のドアから美鈴が現れ、妖精メイドを蹴り飛ばした。
「め、美鈴さん!?」
「遅くなりました!イザベルさんも来てますよ!」
少し先でドアが開く音が聞こえる。
「小悪魔様、美鈴さん、伏せてください」
正面の扉が開き、イザベルがそこから現れる。
「は、はい!」
イザベルが左手に持つレーヴァテインで一閃する。
追ってきていた妖精メイド達は、その一撃で全滅した。
「お怪我は?」
「だ、大丈夫です。イザベルさんこそ……」
「心配は無用です。連中に遅れをとるほど落ちぶれちゃいません」
澄ました顔でそういうと、小悪魔に手を差し伸べる。
「美鈴さんと合流していたんですね」
「はい。妖精メイドの様子がおかしかったのでちょっと話しかけてみたら、すんごい顔して襲ってきたもんだからほんとびっくりしましたよ」
能天気に言う美鈴に、小悪魔は少し癒された。
そんな中、イザベルは冷静に言う。
「とにかく急ぎここを脱出しましょう。……パチュリー様は、諦めてください」
「……わかってます」
これは、1時間前の話。
レミリアと魔理沙が出発してから間も無くの頃。
「…ん…」
「……!パチュリー様!意識を取り戻されたんですね!」
パチュリーがベッドから体を起こした。
その様子を見て、イザベルはほっと胸をなでおろす。
──が、次の瞬間。
パチュリーが小悪魔に向けて右手を翳す。
「えっ──」
ドオオオオオオンッ!!
「何のつもりでしょう?パチュリー様」
パチュリーが右手から炎魔法を放ってきた。
イザベルがそれを掻き消したことで小悪魔に当たることはなかったが、明らかな『殺意』を持ってパチュリーが攻撃してきていたのは確かだった。
「パ……パチュリー、様…?」
パチュリーは無言で二人を睨みつけている。
その目は、赤い光を放っていた。
「……」
(まさか……これは)
イザベルが何かを察する。
パチュリーはまたも魔法で攻撃をしてこようとする。
「パ、パチュリー様!どうしたんですか!?」
イザベルが即座にパチュリーの居るベッドの周りに結界を張った。
魔法は結界により阻まれ爆発し、その爆煙で結界内が覆われている。
「小悪魔様!逃げますよ!」
「え!?」
イザベルが小悪魔を抱え、ドアを蹴り飛ばして部屋から逃げ出す。
そのまま走り去ろうとしたが──。
「……おっと…?
これまた随分、手厚い待遇で」
部屋の外には大量の妖精メイドが待ち構えていた。
全員、目は赤く染まっている。
「なっ…!?」
「落ち着いて。小悪魔様、一度手を離しますが、必ずそこから動かないでください」
「わ、わかりました」
イザベルがレーヴァテインを左手に出現させる。
大きく薙ぎ払い、周りにいる妖精メイドを全滅させた。
再び小悪魔を抱え、走り出す。
今度は別の方角から妖精メイドの大群が迫ってくる。
「ちっ…!」
「イザベルさん!二手に分かれましょう!私はこの階段で上に行って時間を稼ぎます!」
「承知!」
イザベルが小悪魔を離す。
小悪魔は言った通りに階段を登っていく。
イザベルは逆に、階段を降りていった。
妖精メイドは、イザベルの方に過半数が降りていき、残りの少数が小悪魔を追っていった。
そうして、現在に至る。
イザベルと美鈴が下の大広間で妖精メイド達を一掃し、小悪魔のもとまで駆けつけたのだ。
イザベルの手を掴み、小悪魔は立ち上がる。
「さあ、行きましょう!原因はわかりませんが、我々までああなるわけにはいきませんから!」
「その意気です。とりあえず、美鈴さんと小悪魔様はそこの窓から外へ脱出してください。パチュリー様は私が抑えます」
今紅魔館の出口には、『狂気に堕ちた』パチュリーが待機している。
そこを突破しなければ紅魔館を脱出することは不可能だろう。
「なっ……き、危険です!いくらイザベルさんでも一人じゃ……!」
「誰の心配をなさっているんです?」
少し悪そうな笑みを浮かべ、余裕綽々でそう言った。
「こう見えて私はフラン様より強いのですから、心配はいりませんよ。さあ、早く行きましょう」
「……」
「…まあ、イザベルさんがこう言うなら大丈夫なんじゃないですか?」
尚も心配そうにイザベルを見つめる小悪魔だったが、美鈴の言うこともあり、諦めたのか溜息をついた。
「……わかりました。でも、絶対無理はしないでくださいね!?」
「了解しました」
窓から紅魔館の庭の様子を見る。
「やはりまだあそこで陣取っていますね。……小悪魔様と美鈴さんは、私が時間を稼いでいる間に何処からでも構いませんから紅魔館から脱出してください。
脱出に成功したら、次は正面の門を開けてください。恐らく鍵は空いていないでしょうが……美鈴さん」
「はい。力尽くでこじ開けましょう」
「頼もしい。
……それでは、行きますよ」
「「了解!」」
三人がは庭へと飛び降りた。
「逃がさないわよ」
パチュリーが三人を見つけた途端魔法を放ってくる。
「き、来ました!」
「お任せを!」
レーヴァテインで魔法弾を切り裂く。
「さあ、行ってください!」
「は、はい!」
「ご武運を!」
美鈴と小悪魔が走り出す。
紅魔館を囲う塀を乗り越えて脱出するつもりだ。
「門からの脱出は諦めたわけね……でも私がそれを許すと思う?」
パチュリーが小悪魔に向けて魔法を放とうとする。
「ならば私が許可しましょう」
「!!」
パチュリーの背後に、イザベルが背を向けて現れる。
振り向きざまにレーヴァテインを振るい、パチュリーを攻撃する。
「くっ…!」
突然のことに驚いたパチュリーは、その攻撃を身を翻して何とか避けた。
「……しまった…!」
小悪魔が美鈴を踏み台に紅魔館の外へと脱出していた。
「よしっ…!あとはイザベルが脱出しやすいように援護するだけ……!美鈴さん!来れますか!?」
「よっと!ええ、このくらいの壁なら!」
美鈴が塀を飛び越えてくる。
二人は門の方へと急いだ。
「さて、あとは私も脱出するだけですね」
イザベルが涼しい顔をして言う。
パチュリーはその行動に少し腹を立てた。
その時、パチュリーの背後の門が開かれた。
門の向こう側から、小悪魔と美鈴が顔を出す。
「イザベルさん!援護します!」
「……今度こそ、言わせてもらおうかしら。
それを私が許すと思う?」
パチュリーの周りに、七色の宝石が浮かび上がる。
それはパチュリーの周りを漂い、今にも攻撃を放ってきそうなほどに発光していた。
「別に許してもらおうなどと思っておりませんよ。無理にでも脱出するだけ……」
「なら、私が許可しよう」
「「!?」」
ザッ
「…!!」
刹那の間のことだった。
パチュリーが、縦に真っ二つに切り裂かれていた。
ゆっくりと体が半分に分かれ、次第に鮮血が噴水ように飛び散る。
「…パ……
パチュリー様ァ!!」
小悪魔の叫びは虚しく、パチュリーの右半身と左半身が力なく地面に横たわる。
美鈴はその光景と、現れた人物を見て青ざめる。
「…あいつ……まさか……
お嬢様が言っていた…天人……!?」
「……貴様、何者だ」
そう、パチュリーの体を切り裂いた犯人は──。
「ひ〜めっさま!
あっそび〜ましょ♪」
比那名居 天子。
天子の出番が多いような…
 




