教師達の苦労
随分間が空いてしまいましたな…
この頃忙しいもので笑
「──じゃあ、今日はこの辺にしておこうか。みんなおつかれ!」
慧音のその言葉と同時に、辺りがざわざわと騒めき出す。
ここは一年A組。良く言えば一番纏まりのあるクラスで、悪く言えばごく普通の何の特徴もないクラスである。
今日もいつも通り平穏な日常を送っている。
──そう、いつも通りに。
教室を出て、窓から中の様子を横目で見る。
皆、楽しそうに雑談をしている。
今日は珍しく居眠りをしている生徒が少なかった。まあ、少ないなりにいたのだが。
慧音はそのことに満足している。
「よー先生。今日の授業はどうだった?」
「…!妹紅!…さん」
ちょうどとなりの教室から出てきたであろう藤原妹紅と鉢合った。
「ぶっ…!いやいや、普段妹紅呼びでしょう?敬語はやめてくれって結構前から言ってたじゃないか。最近は漸く抜けてきたと思ってたのに…」
妹紅は苦笑いでそう言う。
どうやら慧音が「さん」を付けて呼んだのがあまり気に入らないらしい。
「い、いや、悪い。そのー、何というか、なかなか抜けないもんなんだ」
「ま、気持ちはわかるけどね。敬ってくれてるのは嬉しいんだけど、やっぱここまで親しくなったのなら、お互い対等に話そうって思ってさ。これから少しずつ慣れていけば…ってこれ前も言ったな」
「ははは…気をつけるよ」
「ところで授業の方はどうだったんだ?」
「ああ…嬉しいことに今日は居眠りがほとんどいなかったんだ。私の授業だと大体の生徒が寝てしまうんだけど…」
慧音は、自分の授業の時は大半の生徒が寝てしまう現状を知っていた。
居眠りに気付いていないのではなく、単に見過ごしていただけだったらしい。
「なんだ、気付いてたの?なら何で注意しないのさ」
「注意したところでまた寝るからな…それなら今聞いてくれている生徒達を優先したいと思って」
「あー、なるほどねぇ。確かにそっちの方が合理的だ」
そうこうしているうちに、職員室に着く。
「しっかし、この学園もよく機能してるよね。まだ一年目だからなのか知らんが、教員少なすぎでしょ」
「私と妹紅含めて、7人だったかな。確かに少ないとは思うけど…」
「まーそのうち増えるんだろうけど。おかげで結構多忙だし、困ったもんだよ」
「ははは…」
ドアを開けて中に入ると、教員達が一箇所に集まって話している。
「…?なんだ?何かあったのかな?」
「どうしました?みなさん集まって」
「ああ、実は少し問題が発生していまして…」
慧音の呼び掛けに反応したのは、八雲藍。
担当教科は数学。
数学というよりは算数に近いかもしれない。
「問題?一体何の」
「実はC組の生徒同士で喧嘩があったらしく。それで片方の人間の生徒が大怪我をしてしまい、今永琳さんがその生徒の治療に当たっているんです」
藍の後方をよく見てみると、確かにひとりの生徒が肩の方を抉られて苦しんでいる。
永琳の表情は柔らかく、「大丈夫よ」と励ましの言葉を掛けている。
大事には至っていないことがわかった。
「酷いな…相手は?」
「阿達面十。元地底に住まう妖怪です。今は学園に通っているから地上にいるそうですけど…」
「あー、あいつか。少し前に萃香に喧嘩売ってボコボコにされてた奴。八つ当たりでも受けちゃったかな…可哀想に」
「C組はそういう揉め事が絶えませんね……」
「全く、もう少し落ち着きを持つことはできないものか。これから注意をしに行こうと思っています。もし良ければ妹紅さんにも同伴していただきたいのですが…」
「ああ、構わないよ。また暴力沙汰にならないといいけど」
「助かります。そうですね、できれば穏便に事は済ませたいですが…」
妹紅と藍が職員室を出て行った。
「…しかし、やはりこの手の問題はなかなか収まりませんね……どうしたものか」
「まあ、仕方がないと言えば仕方がないのかもね。種族が違う上、C組は少し、気性が荒い者が多いし」
そう言って声を掛けたのは、八坂神奈子。
担当教科は無し。主に生徒指導や学校行事、教員などの管理をしている。教頭に近いかもしれない。
「ままならないものですね。どうにかしたいものです」
「なぁに、こういう時のための私よ!サクッと信仰させて、喧嘩を止めてあげましょう!」
自信ありげに言う神奈子。
慧音は苦笑いで「頼りにしています」と言った。
「しかし、慧音先生も大変ですね。以前からもこんな感じだったんですか?」
続いて声を掛けてきたのは、稗田阿求。
担当教科は歴史。
慧音とは以前から面識があり、それなりに交流もしている。
「阿求さん。いえ、寺子屋の頃はここまで酷い事はなかったんですがね……」
「そう気を落とされずに、慧音先生が悪いわけではないですから。これからは皆で協力していきましょう」
「…はい、ありがとうございます!」
「そうだ、また新しい教科書が完成したのですよ!今度見ていってください」
「わかりました。出来栄え、楽しみにしています!」
「ご期待に添えられると思います!」
その時、再び職員室のドアが開けられる。
「お疲れ様です、教員の皆さん、お菓子とお茶をお持ちしまし……ん?」
イザベルが入ってきた。
ティーセットとお菓子の乗った皿を乗せたワゴンを押しながら、不思議そうに首を傾げた。
「どうされました?皆さん一箇所に集まって……」
「イザベル。実はC組の方で喧嘩があってな。その時に結構大怪我を負ってしまったみたいで、今永琳さんが治療してるところだ」
「おや…確かにこれは酷い怪我ですね。ただ、命に別状は無さそうで安心しました」
「…へえ、貴女、一目見ただけでわかるの?」
永琳が感心するように尋ねる。
「はい、それなりには。一応医学の方にも多少の知識はあります故」
「なるほど、それはとてもいいことだわ。今度からはもし学園で怪我をしている子を見かけたら、治療してあげてくれないかしら?」
「かしこまりました。尽力させていただきます」
左手を胸に当て、軽くお辞儀をする。
「さて、ではこのワゴンはここに置いていきますね。お菓子等が無くなったらそのまま置いておいてもらって構いません。清掃が一通り完了し次第、また取りに参りますので」
「了解。ありがとうなー」
会釈をし、職員室から出ていった。
「さ、こっちも一通りの処置は終わったわ。あとはこの子が目覚めるのを待つだけ。とりあえずお菓子でも食べましょうか」
「そうですね、気分転換にもなりますし」
「それじゃあ、少しばかりの休憩と行こうか!」
「神奈子さん、お酒はダメですよ…」
その日の放課後。
妹紅と慧音が並んで歩いている。
どうやら帰路についているようだ。
「…どうだった?」
「ダメだね、ありゃあ完全に荒れてる。言葉で御しきれるってものじゃない」
「やっぱりそうかぁ…どうしたもんかなぁ…」
「……」
顎に右手を当てて唸っている慧音。
その様子を見かねた妹紅は…。
「まーまー!」
「うおっ!?」
勢いよく慧音の肩に手を回す。慧音は突然のことでよろめいた。
「そんなに悲観しなくていいさ!何とかなるって!」
「…そ、そうだといいけどね」
「確かに今まであそこまでの大怪我を負ってしまったことはなかったけど、ウチには永琳がいるわけだし。そんなに不安を感じる必要はないさ」
「…そうだな。私も少し、心配しすぎていたかもな」
「そうそう!さ、一緒に解決策を考えようじゃないか!」
肩に回した右手で肩を優しく二回叩いた。
満面の笑顔を慧音に向けている。
「…ありがとう、妹紅」
「いいってことよ、先生!」
その日の帰り道は、美しい茜色の夕日に照らされていた。
 




