暗黒は光を覆う
山奥にある、少し大きめの小屋。
そこに、二人の人物がいる。
一人は黒い服を身につけ、背中に奇妙な羽を生やした金髪赤眼の少女。
椅子に座り、山の風景を眺めながら優雅に紅茶を飲んでいる。
「…実に美しい景色だな」
「ああ」
返事をしたのは、メイド服を着た赤髪の女性。
こちらも、優雅に紅茶を飲んでいる。
「斯様な美しき世界も、もう時期我らのものとなる。そうなれば存分に我らの理想郷を楽しむことができるな」
「美しい自然に囲まれ、動物達と触れ合い、共存する……なんと美しい世界だろうか」
「ふふっ…やはり人間は不要だな。私自身のドス黒い思想で思い知らされたよ」
少女は自嘲するように笑う。
「まるで私のことを言われているようで気に食わないが、事実だな。私もそう思う」
女性も釣られて笑う。
するとそこへ、一匹の小鳥がやってくる。
二人が挟んで座っている机にとまり、ちゅんちゅん、と鳴いている。
「ふふっ…お前も我らの同志となるか?人間に支配される世の中などまっぴらだろう」
少女が左手の指をかざす。
小鳥はそこへ飛んで乗った。
「可愛い奴め」
微笑みを浮かべて、その様子を見ている。
そう、ここはクロとイザベルの住んでいる場所。
この小屋は元々あったもので、二人がそれを勝手に使っている。
「…しかし、意外だな。話を聞く限りはお前はもっと野蛮な印象が強いが」
「ふふっ、まあそうだろうな。だが考えてみろ、お前ならわかるはずだろう?」
「…ふん」
女性が二人分の紅茶を淹れ、椅子に腰かけた。
「一つ言いたいことがある」
「んん?」
クロは小鳥を愛でつつ返事をする。
「何故"その身体"なのだ?」
「主語がないな。返答に困るが」
クロは小鳥が乗った指を少しだけ動かして、小鳥を逃した。
「…何故その身体を選んだのかと聞いている」
「愚問だな、お前がわからないはずはないが」
「…?わからんな、生憎とそのような小娘に興味はない」
「…そうか、お前はまだ出会う前だったかな?」
「…?」
「ふっ、まあいい。この身体を選んだ理由は、強大な力を持っているからさ」
「…それだけか?」
「ああ、それだけだ」
「ならばそいつの父親でもよかったのではないか?そんな小娘よりよほどそちらの方がよかったと思うぞ」
そこまで言うとイザベルは紅茶を飲む。
「…さて、それはどうかな」
「ふん、"私"ともあろうものが落ちぶれたな。その判断は失敗だ。話を聞く限りではたしかに特別な力も持っているのだろうが……お前が戦って手も足も出ていないのは父親の方だった。
……そうだろう?"イザベル"」
「……」
「そのような小娘の何が気に入ったのかは知らんが、失敗したな」
フッ
「!!」
その時、クロが細い光線をイザベルの真横に飛ばした。
そして、背後で凄まじい大爆発が起こる。
空中で爆発させているため、山に被害はない。
「口には気をつけろよ」
「…!!」
「如何に『私』と言えど、フランドールを貶すような真似は許さん」
「……何故だ?」
「私は彼女を尊敬しているのさ。…たしかにかつては、色々あったが」
「…尊敬、だと?」
クロが笑みを浮かべて言う。
「そう、尊敬だ。全力の私でさえ、彼女は圧倒してみせた。しかも、私に操られて紅魔館を荒らし回った上でだ」
「……」
「私は自分を完膚なきまでに倒した者は尊敬してしまうようでな。レオールの時もそうだったろう?……しかし、彼女は特別だ」
「特別?」
「私の計画に気付いていたにも関わらず、最後の最後まで私を殺そうとはしなかった。彼女は、私を救う気だったのかもな」
クロは微笑みを浮かべて、そう言った。
「つまり、奴の優しさに心を打たれたと?」
「そんなところだ」
「…私には理解しかねる」
「ふっ、それでいい。敵の前では非情であらねばならんからな。妙な感情を持たれてもそれはそれで困る」
「訳の分からん奴だ。…まあ、次からはお前の前でフランドールを貶すのはよそう」
「ああ、くれぐれも気をつけろ」
その時、山の方で爆発が起こる。
「…なんだ?」
「慈しみ愛でるべき自然を……許せん」
「よし、これであいつらの注意はあの煙の方に向くはずだ!」
「で、どうするつもりよ。私たちであいつらに勝てるとは思えない」
「不意打ちなら、あの赤髪のやつなら何とかなるかもしれない。とにかく片方だけでも倒すんだ!あとは…過去の霊夢達に任せればいい!」
森の茂みに、この世界の魔理沙とアリスがいた。
格好は変わっていないが、魔理沙の髪の毛が短くなっている。
「まさかここで死ぬつもり?そんなことさせないわよ。私まで巻き添え食らうのはごめんだわ」
「おいおい、そんなわけないだろ?当て逃げだよ、当て逃げ。そっからは私達はずっと隠れてればいいさ」
「それはそれで性格悪いわねあんた…」
「今に始まったことじゃないぜ。生き残るためなら手段は選ばんもんね」
「…ここか、先の爆発は」
「そのようだな、周りに人間の気配はないが」
クロとイザベルが爆発の起こった場所に現れた。
それを、遠くの岩陰から双眼鏡で覗く人物が二人。
魔理沙とアリスである。
「爆破地点に二人が到着。この角度からだと…イザベルを狙うのは容易ね。あとは風に気をつけて」
「わかってる。幸いにもさっきの爆発の衝撃波のおかげか風はまだほとんどない。今がチャンスだ」
魔理沙の手には、スナイパーライフルが持たれている。
「…風良し、角度良し、敵の動きも停止。照準OK
魔理沙特性、魔力加工弾丸をくらえっ!!」
スナイパーライフルの引き金を引いた。
バンッ!!
弾丸は真っ直ぐイザベルの頭の方に向かっていく。
二人はそれに気付いていない様子。
爆発により周りの木々が吹き飛んだため障害物も無い。
イザベルも、その場から動こうとはしていなかった。
−殺った!!
魔理沙が勝ちを確信した、その時。
ガッ
「…は?」
「…なっ…!」
クロが、弾丸を素手で掴み止めたのだ。
「ん?」
「ふっ…」
「…まさかあいつ、初めからこのために…!?」
こちらの狙いは最初から気付かれていたのだ。
狙撃させることによってこちらの位置を確かめるために、わざと爆発地点に来た。
「…まずいわよ……今のであいつ、私たちの位置を…!」
「…そこにいたか、魔理沙。
見つけたぞ」ニヤァ…
「…ッ!!!」
双眼鏡でその様子を見ていた二人の顔に焦燥の色が出始める。
「逃げるぞ!!急げ!!」
「え、ええ!」
二人が逃げようと立ち上がり後ろを向いた。
「…え?」
そこには、右手を翳したクロが立っていた。
ドオオオオオオオオンッ!!
「──また随分と派手にやったな。自然が少し巻き込まれてしまったぞ」
「ああ、我ながら加減が下手だな。もう少し調整できるようになればいいのだが」
「ふっ、まあいい。これで邪魔者がまた減った。そろそろ永遠亭の方にも襲撃をかける頃合いだろう」
「奴等の不死性は私の能力で何とかしよう。…いや、正確にはフランドール の能力か」
「どちらでも良い。奴等を殲滅できるのであればな」
「ふっ…それもそうだな」
「…はっ…!!はぁっ…!かっは…」
魔理沙は、クロからの攻撃から辛うじて生き延びていた。背中にはアリスを背負っている。
アリスの方は、既に息絶えてしまっているようだった。
足を引きずりながら、森の奥へと向かう。
行く先には魔理沙達の隠れ家があるのだ。そこにさえつけば、もう奴等に見つかることもない。
落ち着いて傷も癒せるだろう。
「…すまねえ、アリス。失敗しちまった……」
こんなことになるなら、隠れ家でずっと身を隠しているべきだった。
魔理沙はクロ達を攻撃したことを深く後悔した。
アリスは魔理沙にとって、長く苦楽を共にしてきた、親友とも呼べる存在だった。
しかし、悲しんでいる暇はない。
自分まで死んでしまったら、その思い出すら残らない。
「…見えてきた…!」
魔理沙達の隠れ家が見えてくる。
洞窟の中に、無理矢理家を建てているのだ。
普段は森の木々や蔦に覆われて隠れているが、魔理沙は場所を知っているので問題はない。
蔦を退けて、隠れ家の入り口のドアの前まで辿り着く。
ポケットに手を入れ、隠れ家の鍵を取り出した。
鍵穴に差し込み、鍵を開ける。
ドアをあけて、中に入ろうとする。
その時。
バキッ
「!?」
魔理沙の背後の木が折れて倒れた。
何事かと蔦の間から外の様子を伺う。
「…さっきの爆発の時に飛んだ木が引っかかってたのか……」
倒木の上にのしかかるように、抉り取られたような状態の木が転がっている。
「…驚かせやがって…!」
魔理沙が隠れ家のドアを開けて、中に入った。
「おかえり」
「……」
そこにはなんと
クロが、椅子に座り、優雅に紅茶を飲んでいた。
「遅かったじゃないか。心配したぞ?」
「…ああ、遅くなったな。悪かったよ」
嘲笑うように言ってきたクロに対し、魔理沙が笑みを浮かべながらそう言い返した。
「全くだ」
「!?」
瞬時にクロが移動し、魔理沙の腹部を殴る。背中のアリスが吹き飛んでいった。
さらに右足のかかとを蹴り、魔理沙をひっくり返した。
一回転してうつ伏せに倒れる魔理沙。
そこへクロは魔理沙の頭を左足で踏み付ける。
「ぐっ…!!」
「…ひとつチャンスをやろう。
お前の持つ魔道書の場所を教えろ。ここにはなかったところを見ると…どこかにかくしてあるんだろう?用心深い奴だ。
教えてくれれば命だけは助けてやる」
邪悪な笑みを浮かべて言う。
それに対して魔理沙は──。
「……へっ…!
丁重にお断りする」
「ふっ、やはりそうか……
──ならば死ね!」
ドオオオオオオオオンッ!!
「無駄足だったな…まあ、これで完全に殺したわけだ」
「そうだな。魔道書の件はやはり聞き出せなかったな」
「だろうな…さて、これからどうする?」
「知れたこと。永遠亭を潰しにいくぞ」
「ふっ、よかろう」
二人は迷いの竹林の方へと飛んでいく。
生き残った幻想郷の住人は、とうとう永遠亭のメンバーだけとなってしまった。
この深く大きな絶望への反抗は、許されるのだろうか。
未来の現状を知らせる回




