決別の時
体育館の前まで着いた。
魔力でわかる。この先には確実にメイジがいる。
しかし周りには死人は誰一人としていない。
「オレ達も中までは入る。けど、戦うのはお前一人だ。それでいいな?」
「うん、それでいい」
「…それじゃあ、行ってこい」
こいしは目の前の扉を開けた。
広い体育館には、物も者も、何一つとしてなかった。
壇上の方を見ると、メイジが背を向けて椅子に腰掛けていた。
「来たね、古明地こいし。…他にも何人かいるみたいだけど」
「安心しろ、ただの観客だよ!」
「そいつはありがたい。ここでレミリアに邪魔されてしまっては私の計画は丸潰れだった」
メイジは一向にこちらに振り返らない。
「…メイジ。聞かせて」
「何をさ」
「どうして貴女はこんな事を?」
「こんな事、というのはどの事かな?」
「どうして自分の存在をなかった事にしようとしたのかって聞いてるのよ!」
話をはぐらかしてくるメイジに、少しだけイラつきを覚えた。
つい、強い口調で言ってしまった。
「決まってる。この地獄を終わらせるためさ」
「…確かに私を殺せば、この地獄に誰かが迷い込んでくる事もなくなるかもね。
でも、”今この現状”は変わらない。過去に起こった出来事を変える事は出来ても、起こってしまった後の未来は変わらない!一つの可能性として、残るはずだ!
それなのに何で、こんな事をしようとするの!」
そこまで言うと、メイジは少しだけこちらに顔を向ける。
「確かに現状は変わらないだろうね。けど、これでこの時間軸以外のフランやぬえ達は助かる。ここにお姉ちゃんやレミリア、伸介や聖さんが入ってくる事もなくなるわけだ。
それだけで、全然違うとは思わない?」
「…――!…でも…!」
「わからない?貴女の求める理想の結果にはどう足掻こうが辿り着けないって事さ。
それも、自分自身が原因でな」
−―――。
「私自分自身が、原因で……」
「言葉を返せないと言う事は、認めたという事でいいのかな?……とは言っても、お前も私なんだ。気持ちはわかるさ。私は我が儘だからね…認めてもまだどうにか他の方法を探そうとする」
「貴女は!!」
そこで、さとりが大声で言った。
「貴女は、自分がいなくなる事で悪夢を終わらせようとしているのでしょう!?それが最善の策だ、と思っているのなら、それは大きな間違いです!」
メイジは、影に隠れて顔がよく見えない状態だった。
しかし、こちらに振り向いたと言う事はわかる。
「自分が消えれば悲しむ者がいる事をお忘れではないでしょうね…!それで英雄を気取るつもりなら、貴女はただの愚者ですよ!
貴女だって知っているはずです!大切なものを失う悲しみを!」
そこまで言うと、さとりは黙った。
メイジは―――。
「―ふ、ふふふ、ははは」
「…何が、おかしいのですか…!?」
「いやぁ、実に傑作だよ。私が英雄を気取る?馬鹿言っちゃいけない。
ああそうだとも、私はただの愚か者さ。守りたいものも守れず、自身が生きる事の意味さえ見失い、やっと見つけた理由が自分殺しだ。これを愚者と呼ばずして何と言う?
今貴女が口にした綺麗事の数々が、私が犯している愚行に関係しているか?それで私が改心するとでも思うのか?
ねえ?お姉ちゃん?」
メイジは、口を釣り上げて笑みを浮かべる。
「それ、は…」
「私は自らが間違っている事を知りながらもそれをやめない愚か者だ。そんなものが英雄を気取ろうとするわけがないでしょう?
…どう?貴女の愛しい妹の成れの果ては。全てを失ったわけでもないのに、己の精神の脆さ故に世界に絶望し、選択を誤った。その誤った選択を変えようとも正そうともせずに、そのまま突き進んだ果てがこのザマだ。自身の大切なものを巻き込み、それを守る事すら出来ず、ただのうのうと死なせていく疫病神だ。
こんな馬鹿げた話が出来るのなら、初めから無かった事にする方が、よほど賢いと思わない?」
メイジはゆっくりと壇上の階段を降りていく。
何かを、こちらに向けて投げた。
それが、こいしの足元にまで飛んでくる。
「自害しろ、古明地こいし。それでフラン達は助かるよ」
「……」
「こいし…!」
−……私がいなくなれば、か……。
「メイジ」
「…?」
「貴女は、後悔しているの?」
「無論ね」
−……。
「だったら、やっぱり貴女は私とは別人だ」
「…何?」
メイジが歩みを止めた。
「自分が選択して突き進んだ道なら、私は必ず後悔しない。現実を受け入れて、次の未来へと繋がる事を考える」
「…綺麗事だな。まだ味わっていないからこそ言える戯言だ」
「いいや
私は後悔なんてしない。メイジ、貴女は気付かないの?」
「…?」
「私達三人が目の前に現れた時、貴女はどう思った?この頃の自分達の関係を壊したくないとは思わなかったの?」
「…!」
「貴女は自分という存在に後悔したからこそ、そこで選択を間違えたんだ。目の前にある希望を、自らの手で壊す選択をしてしまった。
だったら、私はお前と言う自分を否定しなければならない」
メイジがまた歩き始めた。
「私を否定する、か。そうだね、それが一番手っ取り早い。私もその案に乗るとしよう」
「こいし…!」
「ありがとう、お姉ちゃん。もう大丈夫。
負けていたのは私の心だったんだ。メイジは間違っている。けど、それは『正しい間違い』なんだ。誰だってそうなって当然だからこそ、私は否定できなかった。けど、今ならはっきり言える。
メイジ!」
メイジとこいしの距離が五メートルほどになった。
「私はお前のその間違いと、お前という自分を打ち負かす!」
「受けて立つさ、そのくだらない理想は、夢想にすぎないと教えてやる。
刀剣発動」
メイジが、両手に短剣を出現させた。
「あの剣、ただの剣じゃないわよ…!」
「ああ、魔力で生成された剣だ。だが何だ、まるで真剣のような…そういう見た目にしているだけか…?」
「そんな猪口才な事じゃないさ。本当に”作り出してる”だけ。
構成さえわかっていれば、どんなものであろうと精巧に複製してみせよう」
「……」
−あれは投影魔術と呼ばれてるものだろう。
長らくサードアイを閉じていたおかげか、それがなくても近い事をできる。
物の構成を読み取る。悟り妖怪である私なら、それだけであの魔術は使えるはずだ。
「…刀剣、発動」
「……!」
こいしの両手に、短剣が現れた。
「さあ、始めようか。メイジ」
「同じ人物なんだ。そりゃあ同じ事もできるだろうな。だが……戦闘技術はどうだかな」
メイジが武器を構える。
こいしが走ってメイジに向かっていく。
「行くぞ、私!!」
「やはり一人で来たか。命知らずにも程があるぞ。
フランドール」
校門の前で、フランとギルガメスが対峙していた。
「私一人で来なくても、どの道一対一にさせるつもりだったんでしょ?」
「まあ、そうだな。おかげで手間が省けた」
「…貴女は、あの時幻想郷のためだと言った。けど、どう考えても私達を殺す事が幻想郷に何か役立つ事だとは思えない。だったら……思い当たる節は一つある。
…”それ”は、本当に起こってしまう未来なの?」
ギルガメスの顔を見つめながら、フランは言った。
「我の観測た限りは、だがな。どう足掻こうが起こってしまうだろう」
ギルガメスは表情を一切変えず、そう言った。
「だったら何で、今の貴女は……」
「それこそ、憑依の賜物だ。お前にならわかるだろう?”上書き”されるのさ。基本情報がな」
「……もう一つ聞かせて。貴女はどうして、ギルガメスになったの?」
フランがゆっくりとギルガメスの方へと歩き始める。
「言っただろう?幻想郷のためだ。あの災厄を未然に防ぐには、こうするしかないと踏んだ。…何、要因が多少あれど、当人が消えさえしてくれれば要因もその意味を失い、ただの妖怪となるさ。
こいしやぬえ達、そして幻想郷そのものを救う。その為に、私は『我』になったのさ」
ギルガメスが指を鳴らすと、背後に砲門が展開される。
「さあ、始めるぞ。随分長かったが…この悪夢を終わらせるとしよう」
武器がフランに向けて射出される。
フランはその武器を全て弾いていた。
「…ええ、そうね。終わらせよう」
フランから紅いオーラが発生する。
右手には、赤黒い剣が持たれている。
「人間の体でレーヴァテインを使うとは、やはり命知らずだな。体が壊れるぞ?」
「構わないよ。それで悪夢が終わるのなら」
「……っはっ、良い覚悟だ。その決意に免じて、我も最初から本気で行くとするか」
フランは右手にレーヴァテインを出現させていた。
それを、ギルガメスに向けて翳す。
「しかし、ほとほと愚行だな。真実を知っておきながら、まだ別の方法を探すか。
貴様もわかっているはずだぞ?”あれ”は自身の力でどうにかなるというものではない。一度起きてしまえば誰にも止められん」
ギルガメスが再度砲門を展開させる。
「わかっていて尚も足掻き続けるのは勇気でも何でもない。そういうのをただの愚行と言うのだ」
「そうさ。私がやってる事は愚行だよ、いくらでも言ってくれて構わない。
自分が原因で世界が壊れるかもしれないというのに、他の方法を探そうと最後まで惨めに足掻く。これは正しく愚行だろう」
フランが一歩、ギルガメスの方へ踏み出した。
「でも…その愚行を正しいと認めてくれる人がいる。一人でも正しいと言う人が他にいれば、それは愚行であっても間違えなんかじゃない。
何が何だろうと、私は絶対に生きる事を諦めない。最後の最後まで、この愚行を貫いて、また生きてみんなと一緒に遊ぶんだ!!」
フランがギルガメスに向けて、そう叫んだ。
「…何を言っても無駄か。やはり愚かな奴だ。
いいだろう、ならばその愚行、貫いてみせよ。その命尽きるまでな」
ギルガメスの背後に展開されていた砲門の数が増える。
「行くよ、ギルガメス。
…いいや、私!」
ベタな展開すぎたか?
ま、まあ所詮自己満足だし…




