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銃と魔法と臆病な賞金首  作者: 雪方麻耶
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エピローグ

 ラルゴ。その街は、元は旅人の疲れを癒やす宿場町として自然と誕生した。

 近くに火山などはないが、深層地下水が地表まで湧き出ており、昔からあちこちに温泉が見られる地域で、旅の途中で自然の恩恵に与る者、その旅人相手に商売を始める者、商売人相手に物資の運搬を引き受ける者、生活するために様々な人々が次第に集い、発展した経緯を持つ。

 現在は温泉一色というわけではないが、旅人の足を留めて金銭を落としていってもらうため、遊楽施設にも力を注ぎ、観光地として賑わっている。そんな街である。

 そんな街の外れ。用がなければ人など通らないような場所にその小屋は建っていた。丸太を組み立てただけの無骨な建築物だったが、男なら一度はこんな小屋で暮らしてみたいと憧れる渋さがあった。

 中は工房になっていた。壁際には棚が並び、銃を製造するための工具が溢れていた。作業机も木製で、大きな力にも耐えられるよう、天板は分厚く脚も太い。銃に携わる職人なら、その充実した環境にため息を漏らすだろう。しかし、こんな辺鄙な場所に銃工房があると知っているのは、ごく限られた者のみである。そもそも、訪れる者など滅多にいなかった。 

 一人の老人が、小屋の真ん中を陣取っていた。と言っても、小屋の中にはその老人一人しかいないのだが。

 その老人はワイズ・レイアーといった。顔だけ見ると、もう六十代後半、もしかすると七十歳を超えているのではないかと思えるほど、年輪を重ねた風格を纏っているが、体つきはがっしりしており、まだ四十代半ばでも通用しそうなほど筋肉が盛り上がっていた。

 ワイズは腕組みをし、ひどく難しい顔をして、一丁の拳銃を凝視していた。

 ワイズの前に置かれた銃は型こそリボルバーだが、通常のそれとは違う特徴のある形をしていた。バレルが長く、魔法の刃を仕込むことが出来た。普通の銃剣とは違い、バレルの先端部から刃が突き出ているのではなく、折りたたみ式になっていて、普段はバレルの下部に収まるように設計されている。


「…………」


 ワイズは銃を手に取った。ズシリとした重量感が、その存在を主張する。その重さは頼もしくもあったが、同時に心を暗くもさせた。

 外で人の気配がした。急いで銃を机の引き出しにしまった。引き出しを閉めたのとドアが開いたのは、ほぼ同時だった。


「ただいま。お祖父ちゃん」


 入ってきたのは一人の少女だった。ショートボブで艶のある髪。透き通るような白い肌。凛とした雰囲気。リム・フォスターとはタイプこそ違うが、間違いなく美少女と呼べる顔立ちをしている。

 少女の名はシオン・レイアー。彼をお祖父ちゃんと呼んだ通り、ワイズ・レイアーの孫だった。

 シオンは抑揚のない目で室内を見渡した後、音を立てないでドアを閉めた。彼女の行動はいつものことだったが、ワイズは彼女の気配を消すような動作を見る度に、あの事件以来、どこかが壊れてしまったのではないかと憂鬱になる。

 シオンが横を通り過ぎた時、かすかな異臭が鼻腔をくすぐった。


「なんだ? どこかで撃ってきたのか?」


 ワイズが嗅ぎ取ったのは、火薬の匂いだった。


「分かるの?」


 シオンは踵を返すと、ホルダーから銃を引き抜いて、ワイズに手渡した。


「銃を扱って、もう四十年以上経つんだぜ。たとえ一週間前に発砲したとしても、この鼻は見逃さねえ、いや、嗅ぎ逃さねえぜ」


 シオンから受け取った銃の弾倉を開き、残った弾丸を確認した。


「使ったのはアウシュティンか。寝穢いヤツにでも会ったか?」

「ホダカーズで決闘の場面に出くわしちゃって、一人シュラーフで撃たれたのがいたから」


 ホダカーズとは光来が現れた街である。

 彼女こそ、驚く光来を尻目に、リムにアウシュティンを撃ち込み目を覚まさせた少女だった。


「決闘とは穏やかじゃねえな。どうせ、どこぞの馬鹿だろう」

「一人はネィディだった」

「稲妻のネィディか。そりゃあ、相手が悪かったな。やられたのはどんな奴だった?」

「違う。負けたのはネィディよ」

「なんだと! あのネィディが負けた?」


 銃を扱っていれば、きな臭い噂も自然と耳に入ってくる。ネィディ・グレアムの悪行と銃の腕前は、ワイズも聞き及んでいた。


「相手はトートゥの魔法を使ったわ。死を司る魔法なんて本当にあったのね。お話だけかと思ってた」

「トートゥ……。じゃあ、ネィディは」

「死んだわ」


 まるで「鳥が鳴いたわ」と言うのと同じ調子で言う。普段なら窘めるところだが、今のワイズには、トートゥを使う者が現れたことの方が重要だった。

 トートゥ

 死を招く禁忌の魔法

 その精製には、通常では考えられない程の濃密な魔力を必要とするという。

 そんな魔力を持っている者と言えば……。

 動揺を悟られないよう平静を装って、日常会話のように訊いた。


「そのトートゥを使ったのって……、どんな奴だった?」


 シオンは少し沈黙した後、心象を語った。


「……不思議な男の子だった。一つの檻の中に、子猫と虎が同居しているような」


 よく分からない例えだった。しかし、他人への興味が淡白なシオンの口調が、少し熱を帯びているように感じられた。意外な感じだった。それよりも……。

 男の子……。では、あの男ではないのか

 落胆したが、いや、と思い直した。あいつではないにせよ、関係者であることは十分に考えられる。なにしろ、トートゥなんて規格外の魔法を使うような奴だ。『黄昏に沈んだ街』を引き起こしたと言われている、グニーエ・ハルトとなにかしらの繋がりがあると考えるのは、それほど強引ではない。


「それで、その少年はどうなった?」

「保安官にシュラーフを撃ち込まれて、そのまま連れて行かれたわ」

「そうか……。じゃあ、極刑は免れねえな……」


 思わず沈んだ声を出してしまい、絶句した。

 今、自分はなにを考えた? まさか、妙な期待を抱いたのか?

 そんなはずはないと思いながらも、胸の中にはごまかせない喪失感があることを否定できなかった。


「あんまり、余計なことに首を突っ込むんじゃねえぞ」


 自分の焦りはおくびにも出さず、孫に注意を促した。


「ええ。でも……」


 シオンは、全てを見透かすような不思議な瞳をワイズ向けた。


「なんとなく……、なにかが起こりそうな気がするの」


 シオンには、先を見通す能力などない。しかし、彼女の予言めいた言葉が現実となるのは、それから数日後のことになる。


〈了〉

これにて「銃と魔法と臆病な賞金首」は完結です。

ここまで読んでくださった方へ、ありがとうございました。


この物語は、何作か続けるシリーズものとして書き始めたので、まだ説明が成されていなかったり、解明されていない出来事が残っています。

近々、同じ主人公が活躍する続編を投稿するつもりですので、よろしければ、そちらもお読みいただければ嬉しく思います。


それでは、この更新を持ちまして、この作品を終わらせていただきます。

ありがとうございました。

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