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銃と魔法と臆病な賞金首  作者: 雪方麻耶
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旅立ち

 穏やかな水面に石が投げ込まれ波紋が広がるように、光来の感情が一気に高まった。思わず快哉の叫び声を上げたかったが、興奮で声すら出せない。


「おおおおおっ!」


 やっとのことで意味不明の雄叫びを上げ、ようやく噴出した歓喜が収まった。

 そうだ。ケビンを引き上げなくては。しかし、大の男であるケビンの体重は予想以上に重たく、掴んでいる今の体勢も無理があったので、思うように持ち上げられなかった。

 えっ? これってちょっと、いや、マジでヤバくないか?

 ケビンは完全に気を失っている。このまま落としてしまったら受け身も取れない。高さはどうということはないが、この速度から地面に叩きつけられるのって、かなり命に関わるのではないか?

 なんとか引き上げられないかと、体勢を変えたり足の位置を変えたりしているうちに、腕が痺れてきた。リムが並走しているのとは逆の方向なので、彼女に助けてもらうこともできない。

 途方に暮れ、焦りが高まっていった。その時、耳障りな重たい摩擦音がしたかと思うと、汽車が徐々に減速していった。進行方向を見ると、驚いたことにリムが汽車の前に回り込んで走っていた。そのため、機関士がブレーキを掛けたのだ。

 そうか。事態を察知したリムが汽車を止めてくれたんだ。

 安堵が胸に広がった時には、汽車は完全に停止してくれた。もう大丈夫だと判断し、ケビンから手を離した。バラストの上に落ちた彼は、ズザッと派手な音を立ててうつ伏せに倒れた。


「おまえらっ、いったいなにをやってるんだっ?」


 ただならぬ事態に、機関士が慌てて駆け寄ってきた。窓からは機関助士が顔を覗かせている。驚きに目を見張ったその表情は煤だらけだ。


「いつから乗り込んでるんだ? 危ないから降りてこい」


 機関士は、もう初老に入ろうとしている人の好さそうなおじさんだったが、光来とリムのあまりにも常軌を逸した行動に、激怒している。


「下に人が倒れてます。怪我はしてないけど、気を失っている」

「んあ? 人が倒れてる? おい、まさか……」


 自分が運転していた汽車で事故を起こしてしまったと思ったのか、機関士と機関助士が、どんどん青ざめていく。


「キーラ、こっちっ」


 引き返してきたリムが、光来を呼んだ。


「じゃあ、あとはお願いします」


 少し申し訳ないと思いながらも、事後の処理は彼らに押し付けることにした。屋根から飛び降り、リムの元に駆け寄った。


「あっ、待てっ。なにが起こったか説明しろっ」

「その人は保安官です。気がついたら、その人に聞いてください」


 光来はリムに手を引っ張られ、乗馬した。


「はあっ!」


 光来がしっかり乗ったことを確認したリムは、勢いよく馬を走らせた。乗り手の感情が伝わるのか、律動的な動きで瞬く間に風と一体になった。


「リムッ、君は魔法使いだっ」


 数々の鮮やかな活躍を賞賛して、思わず衝いて出た賛辞だった。だが、魔法が日常的に蔓延している世界の住人には、いまいち伝わらなかったようだ。


「あなたの魔力も、とんでもないものだったわ」

「そうじゃなくて……、とにかく信じられないっ。あの絶望的な状況から脱出できたなんてっ」

「二人で挙げた初勝利ってとこね」


 最後の一撃を決めたのは確かに光来だったが、ほとんどはリムの活躍で切り抜けられた。それを「二人で」と言ってくれたのは、リムの優しさだと受け止め、素直に喜びを共有しようと思った。

 しばらく走ると、リムは手綱を引き、速度を下げた。


「ゆっくり行きましょう。ここまで来れば明日の昼前にはラルゴに着く。この子も休ませてあげたいし」


 リムは、労をねぎらうように馬の鬣を撫でた。


「休むついでに、治療もしてくれないか? また背中が痛くなってきた。リムは怪我してない?」

「ワタシは大丈夫。休みながら、ラルゴに着いてからのことを話しましょう」

「ああ、そうだな」


 何気なく見上げると、大きな月と数えきれないほどの星を湛えた空が広がっていた。さっきからずっと見ていたはずなのに、初めて美しいと感じた。




 山道を進んでいくと、穏やかなせせらぎを見つけた。

 リムの提案で、この川沿いで一晩を明かすことにした。川で汗を流したり、焚き火を囲んでの語らいなど、光来にはどれも初めての経験で刺激的だった。

 会話の中で、リムは一つの疑問を口にした。


「あの時、なんで直接ケビンを撃たなかったの?」


 あの時とは、ケビンを気絶させた最後の一撃のことだ。

 回想してみたが、実のところよく覚えていなかった。無意識の動作というか、気づいた時にはナイフの方に照準を合わせていた。

 だから、改めて考え、思い至った答えで説明した。


「俺が撃つと、魔法がトートゥに書き換わるかも知れなかったからね……。ブリッツがそのまま発射されるか分からなかったんだ。ナイフを弾けば、トートゥを撃ったとしても殺さずに済むだろ?」


 光来の、拙いながらも噛んで含めるような説明を聞いて、リムはしばらく考え込んだ。


「自分でコントロール出来ないんだ……。そうよね。それができるなら、初めからトートゥなんか精製しないよね。理由を解明しなきゃ」


 この時、リムが口にした精製という言葉。十分に念を入れて作るという意味だが、実はそれにこそ、解答は含まれていた。

 そして、そのことは既にリムも薄々感づいていたのだが、その場では敢えて言わなかった。魔法は非常にデリケートな力であり、彼はその理に対して、あまりにも知識がなさ過ぎた。焦らず、一歩ずつ前進するしかないだろう。無謀な飛翔より、確実な一歩だ。


「そろそろ、寝ましょう」

「ああ、そうだな。なんか、今頃疲れてきたよ」


 光来は、多くのことを初体験した興奮と野宿という落ち着かない環境のせいで、なかなか眠れないと思ったが、極度まで疲労していたせいか、横になった途端に落ちるように眠りに入った。


 夜が明けた。

 昨日の星空も感動的な美しさだったが、ずっと東京の狭い空で朝を迎えていた光来にとって、平原のはるか向こうの山々の間から昇る太陽も、神秘的な輝きだった。まさに生命の源を感じさせる恵みの光だ。

 荷物をまるごと汽車に置いてきたせいで、ひどく心細くはあったが、リムはあまり気にしていないようだった。


「ラルゴで調達すればいいよ」


 旅に慣れているせいだろう。あっさりと言い放った。それよりも、光来のポケットにしまっていたスマホとイヤホンが無事だったことに、とても喜んだ。

 野営の後片付けをし、再び出発した。しばらく進むと、リムが思い出したように、あっと口を開き、光来に振り向いた。


「そう言えば、あなたの名前、聞いてなかった」

「? キーラだよ。何度も呼んでるじゃないか」


 光来の返答に、首を振った。


「それはファーストネームでしょ。ラストネームも教えて。ワタシたち、これから一緒に旅する相棒なんだから、フルネームを知っときたいの」

「ああ、それは……」


 光来は、キーラと言うのはケビンが間違えて呼んだ呼び方だと言おうとしたが、思い留まった。

 この世界では、キーラで通した方がいいと思ったのだ。昨夜の危機を切り抜けた縁起のよい名前という思いもある。


「……キッド」

「え?」

「名前だよ。キッド。キーラ・キッド。それが俺の名前だ」 

「キーラ・キッド……。素敵な名前ね。これからもよろしくね。キーラ・キッド」

「ああ、こちらこそ。リム・フォスター」

「行きましょう」


 太陽の登る方角。次の目的地であるラルゴに向かって、馬を走らせた。

 どのくらい、この世界に滞在することになるのか予想もつかないが、しばらくはキーラ・キッドという名前と、彼女に付き合うことになりそうだ。

 やれやれという思いの中に、未知なる旅路への期待を感じ、心が踊る自分に気付く。もしかすると、ずっとこんな世界での冒険に憧れていたんじゃないか……。

 馬鹿な。そう思いながらも、光来は自然と笑みが溢れてくるのを抑えられなかった。

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