表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃と魔法と臆病な賞金首  作者: 雪方麻耶
5/52

出逢い

「……で? なんにする?」

「はい?」


 間の抜けた返事に、バーテンダーは大げさに両腕を広げた。


「あのなぁ、ここはバーだぜ。そして、にいさんは自分の足で入ってきたんだ。なんにも注文しないってこたぁないだろう」


 自分の足でという部分に、反論したい衝動が湧き出た。しかし、これ以上ややこしい展開にはしたくなかったので、素直に注文することにした。


「あの……、メニューは?」

「ここには、そんな洒落たもん置いてないよ。この中から好きなの選びな。食いもんを所望なら言ってくれ。大抵のもんなら作れるつもりだ」

「そうですか……。じゃあ、オレン……」

「オレン?」

「あ、いや、ちょっと待ってください」


 状況を理解しようと頭をフル回転させているせいか、妙な計算が働いた。

 ここは酒場だ。しかも、客層はお世辞にも品がいいとは言えない。こんなところでオレンジジュースなど頼もうものなら、柄の悪い連中が寄ってきて「おいおい、ここはいつから託児所になったんだ」なんて絡まれるに決まっている。

 考えで出した結果は、堂々と酒を注文し、それは置いておくだけで飲まない、だった。


「……じゃあ、その、マスターの後ろに置いてあるやつを一杯」

「ん? どれだ?」

「それです。その透明のヤツ」


 それを選んだのに、特に理由はなかった。強いて言うなら、透明だからミネラルウォーターを連想したといったところか。

 バーテンダーは口をへの字に曲げ、光来を見つめた。和やかに話し掛けてくれていたバーテンダーとの間の空気が、少しだけ濁ったように感じられたのは気のせいか。


「へえ……、人は見掛けに寄らないって言うけどね……」


 言いながら、グラスを置き、光来が指差したボトルに入っていた液体を注いでくれた。グラスは猪口よりも一回り大きくし、背を伸ばしたような形をしていた。

 なんだ。妙に小さい器だな……。

 覗き込むように見つめると、グラスの周りの空気が揺らめいていた。

 なんじゃ、こりゃぁ!

 声を出さないで叫んだ。

 アルコールが蒸発して、背景が歪んでるじゃないか。度数いくつだよ!? ムリムリムリムリムリ! こんなの飲んだら、体中の血液が沸騰しちまうっ!


「おい、こいつ、スーアサイドなんか頼みやがったぜ」


 背後から、いきなりガラが悪い声がした。振り向くと、頭がトカゲっぽい獣人が二人立っていた。光来が異質すぎて、今まで遠目で様子を覗っていたらしいが、バーテンダーと普通に会話していたので、与し易いと踏んだようだ。


「おい、早いとこ飲んでくれよ。スーアサイド、つまり、自殺って意味だ。そいつを飲んでるやつ、今まで見たことないんだ。ぜひとも、見てみたいぜ」


 そいつの挑発的な目で、絡まれているのだと分かった。不思議なもので、頭がトカゲだというのに、不良とかチンピラが醸し出すのと同じ匂いがした。胸の辺りに重石を乗せられたような、なんとも嫌な感覚が襲い、手を当ててもいないのに心臓の鼓動音がはっきり聞こえた。


「早く飲まないと蒸発してなくなっちまうぜ」


 うなじがピリピリと刺激された。


「なあ、俺たちの期待を裏切らないよなぁ」


 額がうっすらと汗ばんだ。


「おい、なんとか言えよ。俺たちの高揚感をどうしてくれんだよ」


 ちくしょう。見ず知らずの俺にちょっかい出して、なんか楽しいのか。いいから、ほっといてくれよ。

 熱い屈辱が蓄積されていった。しかし、言い返そうなどとは微塵も思わなかった。原因は決して恐怖だけではない。

 子供の頃から思っていた事だが、自分には闘争心というものが決定的に欠落しているのだ。心の中には、爆発を待つ圧力釜みたいな高まりを確かに感じるのだが、本当に破裂させたことなど、ただの一度もない。その時はひたすら耐え忍んで、後日、想像の中だけで、相手を徹底的に叩きのめす。いつの間にか身に着けていた処世術だ。

 おかげで、大きな争いに発展したことは一度もないが、必ず、悶えるような惨めな感情が付いて回る。

 飲んでやる。一気に飲んで、気を失うなりゲロを吐くなりすれば、満足するだろう。こんなわけの分からない環境に放り込まれてまで、後ろ向きな対処法しか頭に浮かばない。くそっ、なんだってこんなめに……。

 そろそろとした動作で手を上げたが、グラスを掴む前に、横からさっと伸びた手に奪われた。えっ? と思う間もなく、取り上げられたグラスは、かっと一気に飲み干された。

 うそだろ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ