あってはならない力
死ねっ!
「キーラッ」
リムが背後から抱きつき、全体重を後方に傾けた。
「うあっ?」
後ろの車両は無蓋車だった。一度積み荷の上でバウンドした。なんてことをっ! と思う間もなく、床に肩から落ちた。
「いっ!」
衝撃に貫かれ、次に鈍い痛みを肩に感じた。それでも、車両の床に落下したことに安堵した。無蓋車には低い柵が設けられているだけだ。バウンドした方向がずれていたら、地面に叩き落とされていた。
「なにをするんだっ⁉」
リムを睨むも、光来の怒気はすぐに削がれた。リムの目は見開かれていた。青白い顔をして自分に視線を固定していた。決して月明かりの青さではない。明らかに血の気が引いている様子だった。
「キーラ……、あなた……」
リムは、落下の衝撃で光来が離してしまった銃を床から拾い上げ、撃鉄の部分からカチッと開いた。二連の狩猟銃と同じ仕様だ。カートリッジの上の段、つまり、今まさに発射しようとしていた方から弾丸を一発取り出した。じっと見つめ、ますます青ざめる。もう少しで顔に縦線が浮き出るんじゃないかと思うほどだった。
光来も、取り出された弾丸を注意深く見た。薬莢に収められたそれに実体はなく、魔法陣と似たような紋様が蠢いていた。見ているだけでも気分が悪くなるような、ひどく不気味な紋様だった。
「これは……」
リムは再び光来に視線を戻した。まるでおぞましい虫の大群でも見ているかのような、引きつった視線だった。
「ブリッツの弾丸がトートゥに書き換えられている。あなた、なにをしたの?」
「……なにも。なにもしてないよ」
「まさか、そんな……」
「なにが?」
「こんなこと、あり得ない」
「だから、なにがっ」
思わず声を荒げてしまった。リムは黒く不気味な模様の弾丸を、光来の目の前に突きつけた。
「一度定着させた魔法を上書きして書き換えるなんて、超弩級の魔力が必要なの。それこそ魔人と呼ばれてもおかしくないくらいのね」
「そう、なのか?」
「しかも、あなたは詠唱すらしないで書き換えた。こんなことできるなんて、この世界に何人いるか……」
「それって、凄いことなのか?」
「凄いなんてものじゃないっ」
今度はリムが大声を上げた。
「しっかりしなさい。あなたは禁忌の魔法と呼ばれるトートゥをいくらでも精製できるということよ。これが悪人に知られ、利用しようなんて奴が現れたら大変なことになる」
「俺は……、俺は悪人になんか利用されないよ」
光来は反論した。しかし、まったく自信はなかった。囚われの身となり拷問でもされようものなら、簡単に屈してしまいそうだ。
リムは視線を逸らさない。その瞳に嫌悪が混ざっているように見えるのは気のせいだろうか。
「これは、この世にあってはならない力よ。あなた、本当に何者なの?」
「リム、俺は……」
頭上を弾丸がかすめた。二人揃って首をすくめる。光来の反撃を用心して一度止んだ銃撃が、再び始まったのだ。
「話はあと。とにかく今は、この状況を脱することが先決よ」
「そ、そうだな」
リムは手元の拳銃を見つめ、少し迷ってから質問してきた。とても言いづらそうな口調だった。
「キーラ、あなた、殺そうって考えてた?」
光来は、頭の中でリムの言葉を反芻した。問い掛けの内容が浸透して戦慄した。
殺す? 俺が殺そうと思って銃を構えたかって訊いたのか?
そんなはずはない。俺は怖かっただけ、捕まりたくなかっただけだ。それはそうだろう。連れ戻されたら処刑してしまうんだから。
「そんなはず、ないだろう……」
声が小さくなり、光来は己を叱責した。
どうした。もっと自信を持って言え。俺はこんな世界で死にたくないだけだって。
「ワタシの目を見て。さっきのキーラは完全に、なんて言うか、殺してもいいんだと考えていたように感じた」
「そんな、そんなこと、俺は……」
それから先は言葉に出せなかった。光来は自問し、そして戦慄した。
本当にそうだったか? 威嚇ではない、明確な殺意を持って撃とうとしていたんじゃなかったか? ひょっとして、俺は自分で思っているよりも危険な思想の持ち主なのではないか?
リムはじっと光来を見つめて、ベルトから新しいブリッツの弾丸を取り出し装填した。
「本当に、自分の身に危険が迫った時しか使わないと約束して。それから、絶対に当てないで。飽くまで威嚇用に使って。トートゥの弾丸を持っている者が銃を構えれば、それだけで相手は近づけなくなる」
「……約束するよ」
消え入りそうな声で約束した。リムは信じてくれたのか、それとも信じきってくれてはいないのか、どちらとも言えない微妙な表情だった。しかし、すっと銃を差し出し渡してくれた。
「もう一度言う。あなたはワタシが守る」
守る。その言葉が光来の体と心に浸透した。
俺はどうだ? 俺は目の前の女の子を信じられるか? ……当たり前だ。信じる。信じるしかないじゃないか。なにも知らない、なにも分からないこの世界で、たった一人の味方なんだから。




