最悪の再会
重厚な音を発しながら、汽車が近づいてきた。元の世界でも蒸気機関車なら実物を見たことはあるが、それは走る姿や無骨なデザインを楽しむためだった。こうして飛び乗ろうと構えて対峙すると、まるで鉄の怪物が迫ってくるような圧倒的な迫力がある。
リムは、運転手に気づかれないよう最後尾に近い車両に飛び乗ることを提案した。駅の近くなので、リムが言った通り、全然加速されていない。走ってでも追いつける鈍さだ。しかし、こんな大胆な行動など経験したことのない光来にとっては、それなりに緊張感があり、動悸が早まった。列車が長いことも、緊張感を煽るのに一役買っていた。まるでロケット発射までの秒読みのように、着地ポイントが近づくにつれて息苦しくなってくる。
来た。来た。来た。
予め打ち合わせをして、最後尾から五両目の車両に飛び乗ろうと決めていた。その目的となる車両が近づいてきた。
「ワタシから先に飛ぶから、すぐに続きなさい」
「分かった。気をつけて」
「誰に言ってるの」
リムは躊躇いもなく、しゅんっと飛び出した。ほぼ垂直に落下し、見事に狙っていた車両に着地した。先程の宿屋といい、あの娘の身の軽さは天性のものなのか。なんの迷いもなく飛び降りるなんて、これまでの旅で何度も危険な橋を渡ってきたのではないだろうか。
今は渡るんじゃなくて飛び降りんだけどね……。
光来は自虐的な笑みを口元に浮かべた。
リムが手招きをしている。泳ぎそうになる心を強引にねじ伏せ、光来も飛んだ。宿屋でのジャンプが成功していたおかげで、思っていたより体が動いてくれた。着地と同時に体がよろけた。とっさにリムが手を掴んでくれたので落ちないで済んだが、冷や汗が出るくらいビビった。みっともない声が出てしまった。
「しっかりしなさい」
「はっ、助かっ……」
光来は視野の端に不穏なものを捉えた。決して動いているものではない。しかし、危険を察知する本能とも言うべき勘が、その存在を教えたのだ。車両から落ちそうになった瞬間以上に、心が波打ち乱れた。
「……なんで、よりにもよって……」
「え? なに?」
光来の視線の先には一人の男が立っていた。ケビン・シュナイダー。決闘責任者を務めたヤツ。俺を留置所にぶち込んだヤツ。俺を犯罪者と呼んだヤツ。とことん、俺の前に立ちはだかろうと言うのか。
ケビンはこちらを凝視していた。見開かれた目が徐々に力を帯びていく。それは、光来には闇の中でぼうっと光る肉食獣の眼光に見えた。
なんであの男がここにいるんだ? 列車を利用することを読んで、駅で張っていたというのか。推測したのか、単なる勘なのか。いずれにせよ、バレた。
「リムッ、こっちだ」
掴んだ手もそのまま、リムを引っ張った。
「ちょっと、なんなの?」
「見つかった。あの男だ」
「見つかった? 誰に?」
リムは光来の着地を手助けした為、駅を背にしていた。彼女には見えていない。
「ケビン保安官だ。あいつと目が合ってしまった」
「あいつ……。邪魔されるとしたら、あいつだと思ってた」
二人で身を屈めながら最後尾を覗き見るように確認した。ケビンとその他数名が列車に向かって走っている。飛び降りる時はこの鈍さがありがたかったが、今は逆に、幼子のように叫びたくなった。
早く。もっと早く加速してくれ。
光来の念も虚しく、ケビンが列車に取り付くのが見えた。リムが舌打ちをした。
「あいつの他に乗り込んだ奴、見えた?」
「二、三人……。いや、もしかしたら四、五人は乗ったかも」
「やるしかないか」
呟きながら、リムはホルスターから銃を取り出した。その目には、出会った時に感じた冷気をはらんだ光が滲んでいる。
光来は、ぞくりと背筋に鳥肌が立った。




