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銃と魔法と臆病な賞金首  作者: 雪方麻耶
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ついてない二人とついてる二人

 時計塔の周囲は品のある静けさだったため、もう夜も更けたと思っていた。しかし、それは勘違いだったようだ。繁華街にはまだ人が溢れかえっており、人々の楽しげな笑い声が飛び交っていた。酒を入れてご機嫌になったサラリーマンが大声で話している。そんな感じと似ていた。日中とは違う陽気のエネルギーが溢れ、より開放的になっているようだ。

 光来とリムは、酒ではなく料理に力を入れている店を選んで入った。万が一にも、昼間のようにガラの悪い奴らに絡まれないようにと、用心してのことだ。今は些細なトラブルにも巻き込まれてはならない。

 外から見た店内の雰囲気だけで店を選んだ。待たなくてはならないほど混んでいたり、客が下品に大声で笑ったりしていない店だ。入店すると、すぐにウエイターに案内され、二人掛けのテーブルに腰を落ち着けた。位置的には店の奥の方だ。

 リムは男装を解いているし、光来もこの街ではありふれたウエスタンファッションなので、一目で見破られることはないだろう。それでも窓際よりはずっと安心感があった。

 光来は字が読めなかったので、注文はすべてリムに任せた。

 空腹も手伝ってか、運ばれてきた料理はどれも美味しかった。中には未体験の食感の肉なんかもあったが、敢えて材料は聞かなかった。途中でネィディ・グレアムのことを思い出し、料理を口に運ぶ手が鈍くなったりもしたが、数時間が経過しショックが和らいだのと、為すべきことがある行動原理があるのがよい効果をもたらして、食欲が落ちることはなかった。


「美味い」


 光来は、生きている限りどんな状況においても腹は減るんだな、などと感慨に耽ったりした。 食後にはデザートと飲み物を注文した。食事が済んだ頃には、急いで行動した方が危ういと開き直る気分だった。

 甘いものも嬉しかったが、それ以上に感激したのは飲み物の方だった。コーヒーが出てきたからだ。光来はコーヒーには拘っていて、インスタントなどではなく、自宅の近所にある専門店から豆を購入している。種類は南アフリカや南米で採れたものを好み、焙煎はシテイローストで注文する。高校生が生意気にと思われるかもしれないが、将来の夢の中には、コーヒー豆を仕入れて販売する店を持つとか、喫茶店のマスターなんかも候補に入っているくらいで、自分なりの知識を仕入れていた。

 思いがけない幸運に舌鼓を打つも、二人の会話少なめだった。この街からの脱出を図る逃走経路を考えているせいだ。さっきまで拘束されていた保安局の規模から推察すると、何百人もの目を掻い潜らなくてはならないということではなさそうだが、リムの話では、街から出るための街道は東西南北の四本に加え、細い路地が数本通っているのみだということだ。それ以外は、険しい山やら大きな川に阻まれて、容易には越えられないようになっている。つまり、街から出る者をチェックするには、数人から十数人居れば事足りるということだ。


「やっぱり、少しくらい険しくても山中を突破するのがいいじゃないか? 夜の山なら見つかる心配も少ないだろ?」

「駄目よ。恐ろしい獣が徘徊してるし、その獣を捕獲するための罠も仕掛けられている。下手したら、保安官を相手にするより厄介よ」

「…………」


 考えを巡らせながら、アップルパイのようなデザートを口に運んで咀嚼していると、少し離れた席に座っている一組のカップルが、光来の目に入った。

 特に目立つ二人ではないのだが、なんとなしに気になって意識してしまった。女性がお洒落しているのに、男性の方は薄ら汚れた服を着ているので、アンバランスさが目についたのかも知れない。一度気になると、それまで素通りだった二人の会話が妙に耳に浸透してきた。


「それじゃあ、また発たなくちゃいけないの?」

「そうなんだ」

「そんな……。今夜はゆっくり二人で過ごせると思ってたのに」

「本当にごめん。でも、明日の朝までにラルゴに物資を運び入れないといけないんだよ」


 男の台詞を聞いて、光来は思わずリムを見た。リムの耳にも入っていたようで、デザートにフォークを突き刺したまま動きを止めている。

 ラルゴ。まさに二人がこれから行こうと思っていた街で、リムが次の目的地としていた場所だ。聞くともなしに聞いていた会話だったが、改めて耳に意識を集中させた。


「でも、この前は休みが取れるって……」

「それが、ソーチの奴がさ、この前会ったろ? あいつ。あいつが風邪ひいちまったらしくて、今朝から休んでるんだ。さっき見舞いに行ったけど、今夜も無理そうって言うからさ。俺が代わりだ」

「そんなぁ」

「埋め合わせはするからさ。今夜はこの食事だけで勘弁してくれ」


 光来は、二人の会話から大体の背景を理解した。そして念じた。

 我儘言うのはそのへんにして、肝心なことを訊いてくれ。

 光来の念が通じたのか、女性の口から望んでいた台詞が発せられた。


「何時までいられるの?」

「出発するのは十二時丁度だけど、荷物を積まなくちゃいけないから、十時には駅に戻らないと」

「え~。あと一時間もないじゃない」


 光来とリムは、打ち合わせたように同時に立ち上がった。支払いを済ませ店を出た。足早に歩き、再び雑踏に紛れた。

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