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銃と魔法と臆病な賞金首  作者: 雪方麻耶
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そして、異世界へ…

 帰りの電車の中、光来よりも友人の方が興奮冷めやらぬ様子だった。増田幸平と飯島豊。この二人は、高校からの付き合いで、クラスメイトの中でも妙にウマが合った。入学後、誰からともなく近づいて、数日後には友人と呼べる間柄になっていた。

 増田はサッカーが好きな今時の学生だが、自分ではチームに参加せず、サポーター専門だという。「高校卒業したら、金を貯めて一年に一度は海外に行きたい。それで、世界各国の試合を観るんだ」という夢を何度も聞かされている。

 飯島はスポーツにはさほど興味がない。体格も貧相で、一見、大人しそうに見えるが、実は野心家だ。コンピューターのシステムに滅法強く、その気になればハッキングもできてしまうのではないかと思うほどの腕前だ。以前、「将来はシステムエンジニアか?」と聞いたことがあるが、ふん、と小馬鹿にするように息を漏らし、「あんな労働力を搾り取られるような仕事じゃなく、自分で事業を立ち上げたいと思ってる」との答が返ってきた。ひょっとしたら、三人の中で一番稼ぐのではないかと思っている。


「しっかし、光来の射撃の腕だけはマスタークラスだよな」


 増田が尊敬とも冷やかしとも取れる台詞を吐いた。いつもの流れなので腹も立たないし、次の台詞も予想できた。 


「光来のくせに、生意気だぞ」


 勉強もスポーツも特に秀でたものがない光来だが、射撃ゲームだけは抜群に上手い。それをからかって、この友人二人は、猫型ロボットに頼りっきりの眼鏡の少年がよく言われる台詞「……のくせに生意気だ」と同じ決まり文句を投げ掛けてくる。

 あまり嬉しくないおふざけだが、親友と思っている二人なら笑って許せる。

 その後は、ごく普通の高校生が交わす会話になる。教師の悪口、クラスの女子の話し、新しく発表されたスマホの機種、You Tubeで面白かった動画などだ。友人との語らいは、時の流れを意識の外に押し出し、瞬く間に過ぎていく。


「じゃあ、また明日な」

「ああ」


 増田と飯島は、乗り換えのために光来より先に降りる。二人が降りる駅は、結構大きく、JRの他に東京メトロにも乗継ができる。そのため、客の入れ替えがあり、その隙に座席を確保するのが通例となっている。遅延による混雑などのトラブルでもない限り座れるので、慌てたりはしない。今日も、七人掛けのシートのど真ん中に座ることができた。

 さてと……

 おもむろに、スマホを取り出した。光来には読書の習慣はない。電車の中での暇つぶしは、専らスマホのゲームだ。ジャンルはいろいろと齧るが、一番得意なのは、やはりシューティングゲームだ。

 何気なしに車内を見渡すと、乗客の七割方がスマホを弄っている。自分もその中の一人なわけだが、改めて観察すると、少し不気味な光景ではある。

 それにしても……電車の中なのに、足を組んで座っている者や、自分の部屋でくつろぐが如く、菓子を食べている者。電車ってのは馬鹿を集める乗り物なのかと、半ば本気で思ってしまう。友人と一緒にいるときはなんでもないものが、一人になった途端、気になり始める。人の多い場所に身を置くと、焦燥、不安、ジリジリした感情に悩まされる。友人と遊ぶのは楽しいし、彼女も欲しいとは思うものの、基本的に独りが好きな性分なのだ。

 イラつく気持ちに追い討ちか掛けるように、隣から音漏れが聞こえた。心の中で舌打ちをし、ちらりと覗き見ると、スマホの画面には、金髪ツインテールの美少女が映っていた。ステッキ片手に変身し、仲間と共に敵と戦い画面の中を所狭しと飛び回っている。

 何年前のアニメだよ……。いや、そういえば、リメイク版みたいのが、最近、放送していたような……。なんにせよ、電車の中で観るもんじゃないだろう。

 外の景色を見るフリをして、首を九十度回転させた。隣に座っているのは、どう見ても三十代の、光来からしてみれば立派なおじさんだ。小太りのだらしない体格だが、スーツを着て、ネクタイもきちんとしているところから、サラリーマンだと思われた。光来よりも一回り年上の社会人が、音漏れもお構いなくスマホを弄り、しかも観ているものがアニメだという点が、余計に腹立たしかった。


「っん…んんっ」


 わざとらしく、喉がつかえたように声を出した。しかし、男はアニメを凝視し気付きもしない。

 どんなにムカついたところで、光来には男を注意する勇気はなかった。常々思っていることだが、自分は平凡な高校生、しかも、おそらく、人より内気で臆病な性格の高校生だ。音漏れが気に障るなら、相手が大人だろうが注意すればいいじゃないか思い、喉までは言葉が出かかるのだが、結局は先程のような咳払いが精一杯だった。

 あの、音が漏れてますよ。もう少し、ボリュームを下げてくれませんか。

 たったそれだけのことが言えない、自分の気の弱さに嫌気が差す。独りが好きなのも、この性格の影響かも知れない。ゲームの中では、何体ものゾンビを退治できても、現実ではこのザマだ。

 思い切って言ってみようか……


「あの……」

「あなた、音が漏れてますよ。音量、下げてもらえますか」


 光来の情けないほど小さい声は、元から発せられなかったかのように掻き消された。小太りサラリーマンを挟んで、光来とは反対側の隣に座っていた初老の男が、注意したのだ。

 注意された男は、すみませんの一言もなく、それでも、素直に音量を下げた。視線はスマホの画面に向けたままだ。初老の男は、なにか言いたそうだった。光来は少し緊張した。しかし、ひと睨みした後は、何事もなかったように目を瞑った。

 緊張が解けた。そして、自分に対する言い訳を始めた。世の中には、人に迷惑を掛ける馬鹿がいて、それを戒める人がいて、俺のように見てないフリをしながら、横目でしっかり見ている者がいる。自分はきっと、ずっと見てないフリして生きていくんだろうな。

 それでいいじゃないか。それで……

 電車が、光来が利用している駅に着いた。ひどく惨めな気分でドアを潜った時、もの凄い衝撃が光来を襲った。

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