ルーザの誓い
リムは光来の前にルーザを置いた。
「キーラ、ルーザの上に手を置いて」
光来の背中に緊張が走った。
「まさか、決闘を申し込んでるんじゃないよな」
「違うわ。とにかく置きなさい」
リムの声には有無を言わさぬ迫力があった。理由は分からなかったが、決闘を申し込んでいるのでなければ、危険ということはないだろう。光来は言われた通り、ルーザの表紙に手を乗せた。
「これは誓いよ。この本はルーザといって、この世の真実が記されている神聖な書物なの。必ず一人一冊所持しているわ」
「……なんか、凄そうな本だな」
「ルーザに対して嘘をついた者は、祝福から見放されて地獄に落ちると言われている。だから、誓いをたてる際には必ず用いるし、ルーザに誓えない者は心に疚しいことがある人よ」
リムはじっと目を見てくる。光来は狼狽えた。疚しいことなどないつもりだが、女の子に見つめられていると落ち着きがなくなってしまう。
「さあ、誓って。今話したことに、塵一つほどの嘘も混じってないと」
「……誓う。誓うよ。俺は一切嘘なんかついていない」
数秒間、見つめ合う。まるで、視線を外した方に非があるとでも言わんばかりのぶつかり合いだ。リムのあまりに真剣な眼差しに、光来は、これはお遊びでもなければ茶番でもない、真剣な誓約だと思い知った。
リムの目からふっと力が抜けた。
「……信じる。あなたは嘘は言っていない」
光来も力を抜いた。ケビンのように頭がおかしいと言われなかったのが嬉しかった。
「でも、信じるといった手前、あれなんだけど……」
ルーザを手に取って表紙を見つめながら続けた。
「他の世界からやってきたなんて話、理解を超えているわ。なにかしらの魔法が関わってるとしても、そんな魔法聞いたことない」
「でも、ここと俺が夕方までいた世界は、あまりにも違いすぎる」
「……そもそも異世界なんて本当に存在するのかしら」
「なんだよ、全然信じてないじゃないか」
光来は、思わず不満を漏らした。
「信じるってば。あなたはルーザに誓ったんだから。いえ、それ以前に、あなたはワタシにとって重要な存在になるかも知れない……」
リムは自分の顎を摘んで思案に耽る。重要な存在という彼女の台詞は、意味深ではあったが、理解できなかった。
「……私が知っている中で、似た話はあるわ……」
リムは急に落ち着きがなくなり、視線を彷徨わせたり、つまんだ顎を離したり、また摘んだりを繰り返した。そして、何かを決意したようにぴたりと動きを止め、再び光来を見つめた。
「漠然としてて、雲を掴むような話なんだけど、それは私が旅を続けている理由なの。あなたが見たこともない道具を使っている時、もしかしたらと思って、トートゥの魔法を使ったって聞いた時、ほぼ間違いないと思った。やっと旅が終わるんじゃないかって。あなたが旅の到着点なんじゃないかって。でも、到着点ではなく、そこにたどり着くための道標なのかも」
「えっ、なに? いきなりなんの話?」
困惑する光来の目の前に、リムはルーザを掲げた。
「あなたが真実を話したから、私も話すわ。私は父を殺した奴を探して旅をしているの。……そいつの名はグニーエ・ハルト。魔人と呼ばれていたわ」
いきなりの告白に、言うべき言葉が見つからなかった。ただ、頭の片隅にが湧き上がったのは、再びとんでもないことに巻き込まれるのかという嫌な予感と、自分がこの世界にやってきたのは、なにか意味があるのかという疑問だった。




