語れば長い話だが
「さっきはシュラーフを仕込んでいたけど、今度はブリッツが込められてるわ。威力は、昼間に見た通りよ」
光来は、刃を見ようと顎を引いたが、死角になって見えなかった。代わりに、リムの豊かな胸が飛び込んできて、こんな状況であるにも関わらず、もうちょっと見えないかなと目を凝らしてしまった。悲しいほどに健全な高校生だ。男心を惑わすとは、まったくけしからん。男装していた時は、どうやって収納していたのか。などと考えている場合ではなかった。
「た、助けてくれるんじゃなかったのか?」
「あそこから出してあげるとは言ったけど、助けるとは言ってない」
ぐいと刃を押し付ける力が増した。おそらく、少しでも切られればブリッツとかいう魔法が発動してしまう。あんな、大の男が悶絶するような苦痛は味わいたくない。
「あなた、何者なの?」
リムの質問に、光来はそれはこちらが聞きたいことだと、心の中で言い返した。昼間の正確な射撃といい、先ほどの鮮やかな奇襲といい、普通の女の子ではないことは確かだ。
「黙秘するっての? いい度胸ね」
光来が答えに詰まっていると、リムの声に凄みが増した。慌てて言葉を探した。
「俺はっ……、ただの高校生だ。何者かなんて聞かれるほどのモンじゃない」
「コーコーセー? あなた、いちいち知らない言葉を使ってくるのね」
「君が知らないだけだ。俺のいたところでは、なんでもないごく普通の会話に出てくる言葉だよ」
ぐいいと、更に刃が食い込んだ。
やばい。魔法が発動する。
「なぜ、トートゥの弾丸なんて持っていたの? 入手経路は?」
「……その、トートゥというのがよく分からない。死の魔法とか言っていたけど、銃で脳天を撃たれれば、死ぬのは当たり前じゃないか」
「……どうやら、痛い目にあいたいみたいね。死にはしないけど、ブリッツを喰らえば、死んだほうがマシと思うほど苦しむわよ」
脅しではないことは、目を見れば分かった。光来は、焦りで自分の心臓の鼓動が分かるほど緊張した。しかし、どう説明すれば分かってもらえるか皆目分からなかった。双方の知識に差がありすぎて、まったく会話が噛み合っていない。
保安局で尋問を受けていた時も同様だった。挙句、ケビンの捨て台詞は「頭がおかしいフリをすれば」だった。
「…………」
光来は考えた。適当な嘘を言ってその場しのぎをするわけにはいかない。すぐにバレるだろうし、そうなったら、二度と信用は得られない。ここは対応を誤ることが許されない重要なシーンだ。
「信じるか信じないかは、君次第だけど……」
光来は大きく息を吸い込み、胸を上下させた。
「俺はこの世界の人間じゃない。他の世界からやってきたんだ」
リムは面食らった顔になったが、それはすぐに消えて、徐々に頬が紅潮してきた。完全に怒り出す前に、間髪を容れずに言葉をつなげた。
「とにかく聞いてくれ。これから話すことは、一切の嘘偽りない真実だ。聞き終わった後で、どうしても納得できないってんなら、そのナイフで俺を切ってくれ」
「本当のことを喋るのね」
「ああ、でもその前に……」
「なに?」
「こんな姿勢じゃなくて、ちゃんと座らせてくれ。なにしろ、長い話になるんだから」
「……いいわ。聞かせてもらおうじゃない」
リムは喉に押し付けていた刃を離し、立ち上がった。ただし、ナイフは向けたままだ。どうやら、話をするチャンスはもらえたようだ。
切れていないのは分かっていたが、光来は思わず喉に手を当てて長い息を吐いた。落ち着きを取り戻し、姿勢を整えてリムを見上げた。
「……まず、俺がこの街に来た経緯だけど……」




