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銃と魔法と臆病な賞金首  作者: 雪方麻耶
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すれ違いの二人

 通過したドアの一つに、男性を意味するであろうアイコンが貼られたものがあった。おそらく、トイレだろう。そう思ったら、途端に尿意を感じた。そういえば、食事はしなかったが、水だけは何杯も飲んだんだった。


「リム」

「なに? 静かにして」

「トイレに行きたい」


 リムは呆れ顔で振り向いた。


「こんな時に? もうちょっと我慢しなさい」

「悪い。できそうにない。漏れちゃうよ」

「仕方ないわね。早く済ませてよ。まだ効果は続くけど、時間は節約したいから」

「? 分かった」


 光来は、効果とはなんのことだろうと思いつつ、急いでトイレに入った。中は個室と小便器があり、ここらへんは元の世界と変わりはなかった。

 勢い良く用をたすと、開放感を覚えた。しかし、今の立場を忘れたわけではない。洗面器で手を洗いながら、鏡で自分を見た。改めて漠然とした不安でもやもやしてくる。

 とにかく、今は、あのリムって娘に付いて行くしかない。

 ハンカチがないので、手首を振って水を切っていると、個室から水が流れる音が響いた。

 背筋が凍り、動きが止まった。やばい。誰かいたのか? 逃げようと思ったが、個室の扉が開くほうが早かった。


「なんだよ。すげえ勢いで小便してたな。あんまり溜めると膀胱炎になるぞ」


 品のない冗談を言いながら出てきた保安官は、光来を見て硬直した。二人の間に張り詰めた空気の膜が貼られた。


「おまえ、なんで」


 光来は脱兎のごとく逃げ出したが、保安官に手首を掴まれた。


「リムッ!」


 思わず叫んでいた。死刑。その言葉が光来の脳裏をよぎった。

 バンッと扉が開き、リムが突入してきた。その手にはナイフを握っていた。一瞬しか見えなかったが、刃の部分は鋼などの素材ではなかった。ぼんやりとバイオレットの光を放ち、なにかの呪文のようなものが刃の形を形成していた。

 無駄のない流れるような動きで、あっという間に距離を縮めた。保安官が身をかわす暇さえ与えず、リムのナイフが保安官に突き刺さった。


「うっ」


 刃の部分がほとんど体内に入りこんだ。弾丸の時と同じように、刃を中心に魔法陣が広がり、そして四散するように消えた。出血はない。


「あ……あ」


 保安官はその場に崩れ落ちた。苦しそうにしていたが、そのうち、寝息を立て始めた。光来は、さすがにもう取り乱しはしなかったが、やはりまだ信じられない思いで、一部始終を見ていた。


「こんな場所に乙女を入らせるなんて、サイテーね。この人、ずっと個室にいたのかしら」

「それ……、それも魔法なのか?」

「は? 当たり前じゃない。シュラーフの刃よ。昼間、ワタシが喰らったやつ」

「シュラーフってのを喰らうと、寝ちゃうんだろ? 俺も撃たれた。銃じゃなく、ナイフもあるんだ」


 光来の確認するような言い方に、リムは怪訝な表情を作った。


「あなた、やっぱりなんか妙ね。でも、今はここを出るのが先決」

「ああ、そうだな。でも……、スターウォーズのライトセイバーみたいで、ちょっとかっこいいな」

「スター……。なんですって?」

「いや、なんでもない」


 リムは更に眉を寄せた。

 正面入口の横にある事務所を覗くと、中では三人の保安官が眠りこけていた。それで、光来にも理解できた。リムが侵入できたのは、全員にシュラーフの魔法を掛けたからだ。

 しかし、これほどの人数を相手に、銃撃戦や肉弾戦を展開したとは思えない。それに、室内が荒れている様子もない。騒ぎを起こしたなら、トイレにいた保安官は、呑気に用など足していなかっただろう。


「…………」


 深く潜航するように、魔法を掛けられた当人ですら、気づかないほど隠密に仕掛けられたようだ。ひょっとして、あの食事か?

 保安局を出た。リムが「付いてきて」と歩き出したので、光来は離れないように歩いた。十数メートルも歩くと、まだ賑わっている街中に自然に溶け込んだ。あちこちの店から明かりが漏れ、笑い声や歌声が漏れ聞こえてきた。やはり、かなり大きな街らしい。この街全体が、生命力あふれるひとつ生き物のようだ。


「ひとつ確認したんだけど、この世界の魔法って、なにかに仕掛けて発動させるのか?」

「この世界?」


 リムが顔だけ光来に向けた。


「本当に妙な人ね。それに、なんでそんな当たり前のことを訊くの?」

「いや、魔法ってのは杖とかステッキからとか出るイメージだから……」

「杖からどうやって魔法を発射するのよ」

「いや、飛ばすと言うか何と言うか」

「わけの分からないこと言ってないで、さっさと歩いて。とにかく、一度身を隠す必要があるんだから」


 自分が異世界から飛ばされた存在であることを、リムにどうやって説明すればいいのだろう。そんな不安をよそに、リムはどんどん先に進んだ。とにかく、今はこの娘に付いて行くしかなかった。

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