Catering
こういったお喋りも、嫌な顔をせず受け入れる。なぜなら、時として他愛もない会話から耳寄りな情報を得ることができるからだ。人々の口は、水面に生じた波紋より早く噂を広げる。
リムは、お喋りなウェイトレスに少し付き合うことにした。作戦を練るのは、食事をしながらでいい。
「いいことばかりじゃないよ。将来どうなるかまるで分からないし、常に不安が付きまとう。毎晩、今日も何とか生き延びたなって思ってるよ」
「真面目に働いてたってそうよ。ここの安月給じゃ、いつになったらまともな暮らしができるか分からない」
カウンターの奥から、店のマスターらしき人物が「悪かったな」と割り込んできた。スモーレはぺろりと舌を出した。その仕草はなかなかチャーミングで、リムは、この娘目当てで通っている客もいるのかな、などと思った。
「ここには長く滞在するの?」
「う~ん……、そうだな。ひとつ仕事があるから、それ次第だね」
スモーレは少し屈んで、リムに顔を近づけた。
「ねえ、次の街に立つとき、ワタシも一緒に行っていい?」
「冗談はよせよ」
「冗談なんかじゃないわ。ワタシは自由が欲しいの」
「のたれ死ぬ運命だよ」
「かまわないわ」
「変な輩に絡まれることだってある」
スモーレは大げさに手を叩いた。
「そうだ。変な輩といえば、すごいことが起きたみたい。今日の昼間のことなんだけど、貴女と同じ旅の人が、決闘して相手を殺しちゃったんだって」
ころっと話題を変える娘だ。リムは知らぬフリをして、先を促した。
「殺すとは、穏やかじゃないな。どんなヤツだい?」
「なんでも、黒い髪で見たこともない服を着ている、若い異邦人らしいわ」
「異邦人……。殺したってのは、ナイフかなにかで?」
リムの質問に、スモーレは、さらに顔を近づけて声を潜めた。
「それが、死の魔法を使ったらしいの。そんな恐ろしい魔法が本当にあるなんて、ねぇ」
「死の魔法? トートゥ?」
「そう。そのトートゥ。一撃だったみたい」
「それは嘘だよ。死を司る魔法なんて、お話だけの存在さ」
リムは、わざと挑発してみた。
「でも、大勢の目撃者がいるのよ。ワタシもその場にいて、見てみたかったなぁ」
「見てみたかったって、人が死んだんだろ?」
「でも、殺されたのはネィディっていう大悪党なのよ。みんな口にこそ出さないけど、いい気味だって思ってるわよ」
「おい、スモーレ!」
マスターが、思わずといった具合で大声を出した。
「滅多なことを口にするんじゃない」
「だって、本当のことですよ」
「誰が聞いてるか分からないって言ってるんだ」
会話を中断されたのが不服らしく、スモーレは頬を膨らませた。
「それより、こいつを保安局に出前してくれないか」
リムは飲みかけのコーヒーを噴き出しそうになった。
「保安局? ここって保安局に出前してるの?」
「そうよ。異邦人の話も、さっき食事しに来た保安官が教えてくれたの」
スモーレはさらりと言い「じゃあ、また後でね」と言い残し、カウンターに戻った。
あの娘は、さっき自由が欲しいと言った。でも、それほど不幸を感じているようには見えなかった。きっと、明日も、明後日も、来年の今頃も、こうしてこの店で働いているのだろう。
リムは、サンドウィッチを一口齧った。美味かった。
惜しい。どうやら、ゆっくり食事を楽しむ時間はなくなったようだ。本当に、この店を選んで正解だった。
夕食くらい満喫したかったが、リムは急いでコーヒーだけを流し込んだ。




