ジョン 〜杏の木の下で〜
ジョンがいなくなった。
私が三歳になった日、仔犬のジョンが我が家にやって来た。私が歩くと、ジョンは私のあとを一生懸命ついてきた。とてもうれしくてかわいくて、その夜私は、ジョンを腕の中に抱いて眠った。
小さなジョンはどんどん大きくなった。私も大きくなった。ジョンは散歩が好きだった。ジョンはボール遊びが好きだった。ジョンのお気に入りの場所は、庭の杏の木の下の風が気持ちよくて涼しいところ。
ジョンは私の気持ちをよく知っていた。悲しいときもうれしいときも。私たちはお互い、何でも知っていた。
なのに、いなくなるなんて。大好きだった、私の大切な、ジョン。
ジョンには苦手なものもあった。雷だ。私も雷は苦手だったけれど、ジョンはもっと苦手だった。遠くの方でゴロゴロ聞こえただけでも大騒ぎだった。笑ってしまうくらいに。だから雷の日は特別に、私たちはジョンを、玄関の中へ入れてあげた。誰にだって、どうしても嫌いなものってあるものね。
それなのに。あの日、私は友達との電話に夢中で気が付かなかった。雷が鳴っているのも、ジョンが鳴いているのも。ジョンは鎖を噛み切って逃げだした。ごめんね、ごめんね、ジョン。怖かったんだよね。
私たちはジョンの名前を呼び続けた。声を張り上げて、雨の中を必死に。声が枯れてもまだ、ずっと遠くまで探した。だけどジョンは見つからなかった。ジョンは死んでしまったのかもしれない。ジョンは帰ってこないかもしれない。死なないで、帰ってきて、ねえ、お願い、ジョン。
次の日の朝。泣き腫らした目でぼんやり外を見ていると、ジョンがいた! 雨で汚れているけれど、うれしそうな顔をして一生懸命走ってくる。ああ、ジョン、帰ってきてくれてありがとう! ジョンは何度も何度も、私の顔にキスをした。私もジョンをぎゅっと抱きしめた。ごめんね、ジョン。もう離さない、これからはずっと、一緒だよ、ジョン。
あれから三年がたった。ジョンはきっと幸せだったと思う。陽だまりが気持ち良くゆれる晴れた日の午後、ジョンは私の腕の中で眠るように死んだ。初めて出会った日の夜を私は思い出していた。涙がぽとり、ぽとりと落ちた。ありがとう、ジョン。ありがとう、ありがとう、ジョン。あなたに会えて、幸せだったよ。
庭の杏の木の下の風が涼しいところの下で、今でもジョンは眠っている。いなくなったんじゃなかった。そうだよね。
ジョンは今でも私の心の中にいる。