表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ジョン 〜杏の木の下で〜

作者: 桐生星男

 ジョンがいなくなった。


 私が三(さい)になった日、犬のジョンがにやって来た。私が歩くと、ジョンは私のあとを一生懸命いっしょうけんめいついてきた。とてもうれしくてかわいくて、その夜私は、ジョンをうでの中にいて眠った。

 小さなジョンはどんどん大きくなった。私も大きくなった。ジョンは散歩さんぽが好きだった。ジョンはボール遊びが好きだった。ジョンのお気に入りの場所は、にわあんずの木の下の風が気持ちよくてすずしいところ。

 ジョンは私の気持ちをよく知っていた。悲しいときもうれしいときも。私たちはおたがい、何でも知っていた。


 なのに、いなくなるなんて。大好きだった、私の大切な、ジョン。


 ジョンには苦手にがてなものもあった。かみなりだ。私も雷は苦手だったけれど、ジョンはもっと苦手だった。遠くの方でゴロゴロ聞こえただけでも大(さわ)ぎだった。笑ってしまうくらいに。だから雷の日は特別に、私たちはジョンを、玄関の中へ入れてあげた。誰にだって、どうしてもきらいなものってあるものね。


 それなのに。あの日、私は友達との電話に夢中むちゅうで気が付かなかった。雷がっているのも、ジョンがいているのも。ジョンはくさりみ切って逃げだした。ごめんね、ごめんね、ジョン。怖かったんだよね。

 私たちはジョンの名前をび続けた。声をり上げて、雨の中を必死に。声がれてもまだ、ずっと遠くまで探した。だけどジョンは見つからなかった。ジョンは死んでしまったのかもしれない。ジョンは帰ってこないかもしれない。死なないで、帰ってきて、ねえ、お願い、ジョン。

 次の日の朝。泣きらした目でぼんやり外を見ていると、ジョンがいた! 雨でよごれているけれど、うれしそうな顔をして一生懸命走ってくる。ああ、ジョン、帰ってきてくれてありがとう! ジョンは何度も何度も、私の顔にキスをした。私もジョンをぎゅっと抱きしめた。ごめんね、ジョン。もうはなさない、これからはずっと、一緒いっしょだよ、ジョン。


 あれから三年がたった。ジョンはきっと幸せだったと思う。だまりが気持ち良くゆれる晴れた日の午後、ジョンは私の腕の中で眠るように死んだ。初めて出会った日の夜を私は思い出していた。涙がぽとり、ぽとりと落ちた。ありがとう、ジョン。ありがとう、ありがとう、ジョン。あなたに会えて、幸せだったよ。


 にわあんずの木の下の風がすずしいところの下で、今でもジョンは眠っている。いなくなったんじゃなかった。そうだよね。


 ジョンは今でも私の心の中にいる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ