9:多重積層結界
ホポの街はお祭りで大変賑わっている。そんななかで食べる屋台のインガルドの焼き串はなおのこと格別で、良太は早くも3本目に手を出していた。
「ああ〜…」
「よっぽど気に入ったのね、それ」
紗江も自分の1本目の焼き串を少しずつ食べながら笑う。
いつも思うけど、紗江さんは小食すぎやしないか。
本人は太ってるから気をつけていると言うが、別にそんなことはないし、ちょうどいいくらいではと良太は思う。が、言わない。もちろん。
「いやーだって、まさか地球の焼き鳥と同じ味が食べれるなんて思ってなくて」
「ねぇ」
そう、2人がかじっているインガルドの焼き串は、地球の焼き鳥そのものといっても過言ではないものだった。インガルド自体は鳥の魔獣なので、地球の鶏肉の代わりといわれても、そうおかしくはない。
しかしタレは。
地球の焼き鳥のタレとほぼ同じものがあるということはおかしい。ホポの街があるカーライルは、地球でいうと中東のような文化で、元々このようなタレはなかったという。
ならばこのタレはいつ、どこから?
地元の人に尋ねてみたところ、インガルドの焼き串はそんなに古い料理ではないという。
「2代目勇者かぁ」
我らが国々の2代目の勇者様が残してくださったのです。
みんなが口を揃えて言う。
「日本人よね、間違いなく」
「醤油と味噌伝えてる外国人は考えづらいわー逆に」
「よねぇ。今の所の情報では、料理知識の豊富な食道楽みたいだけど…」
「はぁー…うまいのはいいけどさ、一体、そんな食道楽がどんなことをして国を挙げて祭られるようになったんだろ。しかも、連合国中で一番田舎っていうホポを中心として」
◆
午後2時。
街の中央にある広場で劇がはじまった。タイトルは「2代目勇者 ハルト・ドイの活躍」である。
役者たちが伝承に基づいて勇者やそのパーティーメンバーに扮し、楽隊が音楽を鳴らす。魔術師を呼んで効果担当をさせているため、とても豪華で幻想的な劇になっていた。
2代目勇者、ハルト・ドイは線の細い若者だった。
しかしながら、当時国を悩ませていた食糧難や産業の未発達を、鮮やかな手腕で解決してゆく。頼もしい仲間たちが続々と増え、すべての民、そしてついには王にも信頼され、ハルトは王から王座を譲り渡そうと言われる。
「わたくしは、王位を望みません。この国はこの国の人が治めるべきです」
勇者役が、柔らかい、諭すような声を張り上げる。
「なぜ、なぜだ勇者よ。そなたは我らに多くを与えてくれた。どうか我らを報いさせてくれ」
王役が勇者役に跪いて懇願する。
「王位はいりません」
「ならば他の物を」
「では、わたくしを、わたくしの家へ帰してください」
「それはできぬ。そなたはこの国の勇者なのだ」
「そう、わたくしは勇者。王位は望みません。民を救い続けることがわたくしの使命です。それだけを望んでいる」
「なんと、なんと高潔な御方か!」
そして場面は移り変わり、その後勇者は王や民の支援を受けながら、東の国々を救い続ける。最後に目撃された、恋人の生誕地 カーライルの森の奥で国を守り続けているという。
「2代目勇者さま、ばんざい!」
「2代目勇者さま、ばんざい!」
「ばんざい!」
「ばんざい!」
観客のほとんどがスタンディングオベーションして8代目勇者を讃える中、舞台は幕を下ろした。
良太と紗枝は足早に劇場を抜け出していた。
◆
「どう思う?」
宿に戻って開口一番に紗枝は尋ねた。
道中で感想は言えなかった。言ってしまえばまずい言葉が心に溜まっていたからだ。
「2代目ってのは多分日本人だよな」
「かなりの高確率だと思う。ドイ、ハルトさん」
「帰れなかったみたいだな」
「みたいね。とってもきれいにまとめてたみたいだけど」
随分都合のいい解釈すぎだわ。
吐き捨てるように言う良太の顔はすこぶる機嫌が悪そうだ。紗枝も、気持ち悪さをあの劇から感じていた。
ドイさんは本当に地球に帰りたくなかったの?恋人がこちらの世界の人間だから?
どうしてカーライルで消えてしまったの?
そもそも、なぜドイさんはこの東の国々に召喚されたの?
大事なことが隠れすぎていて、気持ち悪い。
「あ、そうだ。街を歩いてるときに気がついたんだけど、この街のはずれに妙な結界があった」
ちょうど焼き串を食べていたあたりから見えたと良太は言う。紗枝はまったくわからなかったが、結界術に特化している良太が言うのだから間違いないだろう。
「どんなの?」
「えーと、結界ってのは、だいたいは立体の四角いのとか丸いのが1こあるかんじで」
「うんうん」
「で、おれが見た妙なのってのは、四面体を四角い箱3つ重ねて覆って、さらに最後は特大の丸いので覆ってるのを見た」
「な、なにそれ!」
魔法は基礎だけしか理解できていない紗枝でも、明らかにおかしすぎて驚愕した。
結界は重ねがけするのが難しいと、ブリアードにいた頃に基礎講座で習ったのだ。国一番の魔術師が3重にできるかどうか、という話だったはずである。
つまり、国で一番優秀なレベルのクラスの魔術師を複数人連れてこなければ、3重以上は作れないということになる。
5重クラスというのは従って、個人で発動できるものではない。さらに言えば、複数人集まっても作り上げることが難しい超技術である。
現存を確認されているものすべてが古代に作られた代物で、国の神殿の下に敷かれていて、現代では再現できないと言っていたはずだ。
とすれば、考えられるのは相当力のある魔術師が何人か集まり、持てる力すべてをつぎ込んで作った可能性があるということ。それはなにかを守っている可能性がある。
または。
「…隠してるってことも、ありえるのよね」
「うす。行って確認します?」
「もちろん」
実行は深夜ということになり、2人は仮眠をとることにした。