6:悪魔
自慰という単語がでます。
内容描写はなく、した、しなかっただけの表現です。
服を着た紗江を良太が先導して、湖から洞窟まで向かうことになった。
一連の問題が起こる前とは大違いね。
そうは思うが、なんだか悪くなく、足も心も軽い。不思議、と紗江は思った。
「…ねぇ」
「?」
「ふらついてない?大丈夫?」
良太の足取りがおかしいことに気づいた。まっすぐ歩いたと思ったら、1、2歩ほど歩みがブレている。
まさか、なにかあって自分が怪我をさせたのでは。
そう思い、血の気が引いた。
「井口さんのせいじゃないんで」
「そう、なの?」
「うす」
そう言われたら、そうとしか言えなくなる。本当に大丈夫だろうかと思いながら良太の背を紗江は追った。
◆
「背中の呪い、最高位の呪いでしょ」
「えっ」
野営地に戻り、焚き火のそばに座って沸かした湯を口にしてから口を開いた良太の言葉は、またも衝撃的な発言だった。呪いのことは伝えたが、そのランクまでは伝えていない。
ただただ驚いて、なんでとしか紗江は発することができなかった。
「そりゃ鎮めるんだから、ものがわからないとできないわけで」
紗枝はただただ言葉を失った。ブリアードの最高位の魔術師でさえなし得なかったことを良太はやってのけたという。
良太は紗江を真剣な顔で見つめてきた。
「おれの先代たちからの知識だと、井口さんの背中の呪いは、普通の状況じゃできないやばい呪いって分類で」
「…うん」
「いったいそんなもん、どこで…いや、どうして」
隠しようがないなぁ。
まだいくらでも取り繕えそうなのに、不思議とそう思った。
ここまで心配して真剣になってくれている人に、嘘をつきづけるのは心が痛む気がするのだ。
「どこから、話したらいいかな。力を取られたあとからが、きっとちょうどいいわよね」
確認するように呟いて、紗江は重い口を開く。
◆
異世界召喚時、祝福で与えられるスキルをクラスメイトに奪われた。
なぜそんなことをされたのかは未だにわからない。それどころか、奪ったクラスメイトの男は誰にも責められることはなかった。
その男はクラスのヒエラルキー最上位の男だったからだろうと紗枝はとりあえず結論付けている。
そして本題は、紗枝が本格的に疎まれるようになったことに入る。
紗江の召喚陣の狂いによる影響は、下半身の男性化だった。
女性の部分もある程度残ったままで、男性器と、少々の柔らかさを残している筋肉質な脚をえてしまったのである。もちろん、召喚時の出来事があるので、紗江と、検査をしてくれた担当医はこれを隠すことにした。
しかし王宮の風呂は大浴場であったがため、一人だけ別の時間帯を設けられたことからすぐに事態はクラスメイト、そして王宮の人々全てが知るところとなる。
「なんか、キモいじゃん?」
「悪魔みたい」
「まるで魔性の物ではないか」
そんな言葉を方々から投げつけられ、紗江は孤立した。
そして運命の日を迎える。
◆
「ある日ね、訓練も兼ねて、近くの草原に出た魔物を討伐しようって話になったの」
初心者向けと評判の草原の魔物を、クラスメイトたちはオーバーキルしていく。
一応紗江もラルドラビ4匹は仕留めたのだが、役立たずと笑われていた。ラルドラビは農民でもがんばれば狩れる弱い魔物だった。
そんなとき、暗雲渦巻き、クラスメイトたちでさえ歯の立たない高位の女悪魔が現れたのである。パッと見、耳が尖っている以外は人間の金髪赤目の美女風悪魔は言った。
「おバカな異界の人間たちィ、よぉく聞きなさぁい?1人、アタシと遊んでくれる子を差し出せば、みぃんな助けてあげるわよぉ。差し出した子も、助けてあ・げ・る」
とてもおもしろいことだから、出血大サービスなのだと悪魔は語った。そしてクラスメイトたちは、迷わず紗江を生贄にしたのである。
1人選ぶだけで、選ばれた人間も込みでみんな生かしてくれるという。その言葉に、踊らされて。
実際、紗江に呪いが刻まれたとき、身体がおぞましい黒の魔法陣に囲まれ、光を浴びせられただけで終わったので、紗枝以外の誰もが甘く見ていたのだ。
◆
「呪いはすぐに出なかったの。出たのは城に帰ってからでね」
紗江付きの侍女が、運んでいた水差しを落としてしまった。後片付けを手伝うと侍女は紗江にお礼を言った。
そのとき背中に激痛が走り、紗江は倒れ、次の瞬間には身体が熱を持っていた。
すぐに、人に感謝や好意を抱かれるような行為をすると、背中に施された魔法陣を基点に、鞭で打たれたかのような激痛が走り、そのような傷がつくことがわかった。そしてその後、自慰をしないと気が狂ってしまうような火照りが身体を焦がす。
大抵は一晩歯を食いしばって我慢するのだが、どうしてもダメなときもあった。良い行為を否定し姦淫に耽る。
まるで本当に悪魔になってしまうような呪いだった。
「お医者さんとも、魔術師も、どうにもできなかった」
「軽減するってのは?」
「悪魔を殺すって選択肢しかないくらい、強力なものだったからね。できなかった。もしかしたらクラスメイトの解呪が得意なのは、秋野くんみたいにできたかもだけど」
私、死んでもいいって思われてたほど嫌われてたみたいだし。
そう言って紗枝は苦笑した。良太は顔をかつてなくしかめた。




