2:救世主
2017.2/15 改稿
良太は奥庭を襲った賊たちのアジトの牢屋にいた。
先ほどまで大泣きしていたのだが、落ち着いたので少し周囲を観察してみることにしてみる。泣いていたってどうにもならない。
ここにいる賊の男たちは全部で8人だが、どうやらアッシュヴァルにも何人か潜伏しているらしい。牢屋は賊たちが生活するスペースのすぐそば、穴に木材をたてただけの簡易なもの。
そこまで見てため息をつく。
泣いて泣いて、賊たちがオロオロするのも気にせずに泣いたので本当に疲れているのだ。
胸元のペンダントを握って、体操座りの膝に顔を埋める。
それもこれも、亜矢の”遺言”のせいだった。
賊たちのアジトにきて、牢屋にありえないほど丁寧に入れられたあと。
良太は脱出したらペンダントを握ってメッセージを再生しろといわれていたのでそうしてみたのだ。
するとペンダントから亜矢の声が流れはじめる。
まずいと思って慌てて周囲を見渡したが、どうやら賊たちには聞こえていないようだったので、バレないように静かに聞いた。挙動不審になったのは間違いないメッセージだった。
◆
これを聞いている頃には、私はもう死んでいるだろうね。
あんたには大丈夫だといったけど、魔法陣の上に姫巫女が2人立って神官が儀式を始めると、自動的に先代は魔法陣に還元されだすんだ。それは止められない。
黙っていてごめんよ。
さて、私がやる…ううん、やったことを説明しておこうかね。
まずは情報を流した。賊が狙えるようにね。そして結界の、アッシュヴァルに敵意を持つ人間が入れない、という条件を消した。賊が侵入できる穴を開けた。
あとはあんたの知っての通りだよ。
骨は折れたけど、7代も毎日結界に張り付いてたら、構成はある程度自由にいじれるようになっちゃうんだよねぇ。でも、最重要の還元術式は消せなかったから、私だけはどうあがいたって消えちまうって話さ。悔しいねぇ。
でも、あんたが悔やむ必要なんて全然ないから、あまり泣いてはだめだよ。泣いてくれるか知らないけども。
あぁ、忘れてた。
最後は、私の残りの命まるごと使って、結界と守りの魔法陣、ついでに神殿ごと勇者召喚陣もドカン!しちゃう予定さ。うまくいってりゃいいけども…。
もう1代目から私までの想いや知識なんかを継いでいると思うからわかると思うけど、この国いい加減潰れるべきなんだよ。異世界から人を召喚なんてする国なんてさ。結界がなくなれば、そんなに長く続かない国だろうから楽しみだねぇ…。
さて、賊に囲まれて不安だろうけど、ほんとのちゃんとした助けは後から必ずくるからね。安心しなよ。まぁもし来なくてもあんたの美少年補正と結界術があればなんとかなるだろう。
…ごめんよ、こんな勝手なババアで。
でも、もうこんな思いは誰にもしてほしくないんだよ。だから、だから生きるんだよ、良太。
…ええと、地球帰れたら今までの姫巫女の家族に遺品渡してやってね。それじゃあね、さよならだ。
◆
メッセージ再生のあと、頭の中にペンダントの収納空間が思い浮かんだ。
そこには、布に包まれた服、財布、家族への手紙がある。財布に入っている保険証には、亜矢の地球での住所と年齢が書いてある。
亜矢はが召喚されたのは23歳、そして老婆のように見えたあの亜矢は43歳。結界維持のために魔力を供給し続けた結果であった。
「なんだよ。なんだよ…なんなんだよぉ…」
ただただ、良太は無力であった。
もちろん、しょうがないものである。だけど、しょうがないなんかで済ませたくなかった。
悔しい。
◆
「姫巫女様ぁ、お水だけじゃあ身体がもちませんぜ」
「どうか果物だけでも食べてくだせぇ」
それにしても、賊たちが本当に甲斐甲斐しい。やはり顔補正があるのだろうか。
ぐう。
攫われてからかなりの時間がたっているようで、良太の腹が空腹を主張してきた。
自分は腹が減っているのだと認識すると、都合よく食欲が少し戻ってきたので、賊が差し出した果物をありがたくいただくことにする。その際こっそり知識で得た魔法を使って、毒入りかどうか判定したが問題ないようだ。
「お頭ァ、通信です!アッシュヴァルの結界はマジで完全崩壊してるみたいですぜ!侵入し放題だそうです!」
「ハハン、あの婆さんマジでタレコミ通りやりやがったんだな。おかげさまで色々捗りそうだぜ」
本当に、亜矢は結界を壊したらしい。不発だったらもっと泣いたところであった。
「んで、姫巫女さんの身代金の反応は!」
「それが…つっぱねられているようでして」
「なにィ?姫神子だぞ?あの、アッシュヴァルの。結界が壊れたって、一級の勇者であることには変わりねぇだろう」
「なんでも大結界がもう復活できないからいらねぇって話になってるらしいですわ。もったいねぇ話ですがね。召喚できねぇ国が泣いて怒りそうな話ですわ」
「ふうむ…」
賊の頭がなにかを熟考して、くるりと良太の方を振り向いた。
目がばっちり合ってしまう。
「お国は姫巫女様がいらねぇ。俺たちは姫神子様がほしい。そうだな?」
頭の声に、賊たちが数秒呆けて、歓声をあげた。
ものすごい嫌な予感がして、良太は牢屋の奥の壁へ、座ったまま下がる。
「なぁに、姫巫女様、殺したりしねぇよ。こんなべっぴんさんなんだからよ」
「俺たちみぃんなでかわいがって一生困らねぇように暮らさせてやるからよう」
「男だけどお姫さんみたいに暮らさせてやるよぉ」
「だからよう」
牢屋の扉が開けられる。
賊の男たちの目は、尋常じゃない光を放っていた。
「ちょっとくらい楽しませてくれたって、いいんじゃないかね?」
「ヒッ…!」
怖い。
怖い。
恐怖で身体が1ミリも動かない。
ガタガタと震える良太に、賊たちがにじりよってくる。
一体なんだというのだ。
最初は死ぬまで監禁フラグかと思えば、次は男なのに貞操が狙われてこれまた一生監禁フラグなんて!
亜矢やその先代たちが遺してくれた魔法や結界術ですら、恐怖でうまく発動できない。
助けてと、良太は蚊のなくような声を絞り出した。
「あ」
「え」
驚愕したような賊の男たちの声が遠くに聞こえる。続いて、断末魔らしき悲鳴も。
濁った声の、敵襲という声が、静寂を撃ち抜いた。
「バレただと!?」
「姫神子様を守れ!」
「やれ!」
誰かが侵入してきたらしい。
姿が見えないので遠隔から攻撃をしかけているようだ。賊の男たちはそこを叩くために1人を残して走っていく。
時折、断末魔の声が聞こえた。
そしてしばらくして、全身に返り血を浴びた人間が1人、良太と見張りに残された男の前に現れた。
全身を防具で覆い、頭も防具をかぶっていて顔が影っているので性別まではわからない。
「て、てめぇ!他のやつらはどうした!」
「…殺した。あんたで最後よ」
思ったより高い声の人物が、あの賊たちを屠ったらしい。
賊の男は怒りの叫びをあげながら返り血の人物に向かっていく。なんどか剣を交えて…賊の男の胸から剣が生えて、地に伏せった。
返り血の人物は剣を引き抜き、血を払って布で拭きとったあと、良太に近づいて、目線を合わせるように跪いた。対する良太は相変わらず、身体が震えて動けない。
「大丈夫ですか」
「あ…」
うまく話せない。
「ええと、私はギルド経由でアヤ・クスノキ…楠亜矢さんからあなたを救出する依頼を受けた者です」
「亜矢さ、から?」
「はい。私の名前は井口紗枝です。貴方と、楠亜矢さんと同じ日本人」
「え、ええ?」
「字はこう書きます」
井口紗枝と、土に示された。本当に日本人だし、達筆だった。
そして井口紗江がフードを外すと、そこにはいかにも日本人な女性がいた。
「日本人だ…」
「信じてもらえますか?これから依頼通り、貴方を安全な場所まで運びます」
亜矢の遺言が脳裏をよぎる。
ちゃんとした助けは、目の前の女性なのだろうか。
ならば、遺言の追伸にあった依頼をこの女性に伝えねばならない。大丈夫だ、もう話せる。
「あの、井口さん」
「あ、はい」
「確か依頼に、救出時に依頼がひとつ発生するってなかったっすか?」
「え、あぁ、ありましたね。貴方からなんですね」
「うす」
良太は大きく深呼吸をした。
「俺を連れて、どっか遠いとこに逃げてください!!!」
「…え?安全な所では…」
「お、俺、アッシュヴァルってとこの姫神子ってやつで召喚されてて!多分追われるから、いぐちサンに連れて逃げてもらえって亜矢さんが…」
なんと、なんと恥ずかしい依頼か!
普通こういうのって性別逆じゃないのか!と内心で葛藤し、顔を赤くしながら、しかし亜矢の遺言追伸通りに良太は依頼を言い切った。
紗江は、目をしぱしぱと瞬かせ。
「…えーと、まぁ大丈夫です、はい」
案外驚いていなかった。