19:死の影
ミアデリーナ公爵令嬢を逃す指示を出したあと、リミアスタは母に治癒魔法をかけることにした。
気力を使い果たしたのか、母の顔色が悪くなり、呼吸も荒くなったからだ。
本当は今すぐにでも第1王子ジオニードに説教し、関係者を牢屋へ放り込みたいらしいが、それは信頼のおける家臣に任せ、身体を休めている。
「ありがとう、リミィ。なんだかとても魔法が上手になったのね…身体がとても楽になったわ」
「そうですか?嬉しいです!」
治癒魔法と並行して布団自体も温める。母の手を握ったとき、とても冷たいことに実は驚いたからだ。
『冷えは身体に良くない』
また漠然とそう思ったから試してみたのだが、随分と効果があるようでよかった。
しかしなぜ、どうして、母の身体は一向によくならないのか。病の原因がわかればいいのに。
『それが見えたら。身体が透けて悪いところが光るとかすれば楽なのに。』
…光魔法の応用でみることはできないだろうか。
狩りにいくとき、獲物をみつけるために遠見の魔法を使う。それの応用だ。遠くを見るのではなく、見たいものの近くをより詳細に見たい。
目の周囲に魔力が集まり、どういう原理かはわからないが、なんと母の身体が透けて見えた。
骨やら、内蔵やら。
「うっ…」
「リミィ?」
「だ、大丈夫です!」
このぐらい耐えずして、なにが王族か!
気合いでグロさに耐え、唾を飲み込みつつ、一度集めていた魔力を解く。ポイントを絞り、かつ、そこが悪いかどうかを判じられればいいのだけど。
「…母上、お身体のどこが一番悪いのですか?」
「強いて言えば、胸かしら。呼吸が苦しくなることや、胸が痛いことが時々あるの」
「わかりました」
胸に治癒魔法を当てながら、母の胸を透かして見る。
「…?」
心臓に、なんらかの刻印がある。魔力を纏っているが…それがどんな効果があるものかはわからない。
もしかして母上は心臓が悪かったのだろうか?
…聞くしかないだろう。
「母上、母上は生まれつき心臓に刻印をお持ちなのですか?」
「え?」
珍しく母が固まった。すぐさま立て直すのはさすが王妃だ。
「先ほどから目に魔力を集めていたようだけど…まさか、わたくしの身体の内を見ていたの?」
「はい…その、ごめんなさい。原因が知りたいと思ったらできるようになりました」
「それで刻印を…リミィ、わたくしはそのような刻印を受けた覚えはないわ。ちなみにそれはどのようなものなの?」
「あ、共有します」
自分の見たこと、感じたことや記憶などを共有する魔法、共有魔法。
こういう時に本当に便利だよなぁ。
母に繋げると、その顔が見たこともないような、まさに般若のようものになり、リミアスタは恐ろしくて一歩下がった。
やばい。
「あ、あなたに向けてではないのよリミィ。ごめんなさいね、驚かせたわね」
「は、はい」
よしよしといつもの顔で母が頭を撫でてくれた。
驚いた…殺されるかと思った…。
「ええと、母上はあの刻印をご存知なのですね」
「えぇ。今回の件の黒幕もこれでだいたいわかりました。ただ…」
「?」
「この刻印は…そうですね、時間のかかる死の呪文のようなものです。いつ受けたのかわかりませんが、解除しないかぎり私は死ぬでしょう」
「いっ…嫌だ!」
母が死ぬかもしれない恐怖に、思わず鼻がつんとする。
それと同時にリミアスタは、このような卑劣な刻印を母に刻んだ者を必ずこの世から消さねばと強く決意した。
そんなリミアスタを、母は起き上がって抱きしめてくれた。思わず、リミアスタは抱きつく。
本当は、もう10歳の王族なのだから、あまり好ましくはないのだけど。
母は小声で囁いた。
「変換魔法です」
「そ、れは…人に使ってはいけないものではないですか!」
「いるのですよ、それを平然と使い続ける愚かな一族が」
やはり根絶やしにするべきでしたわと母が呟く。
これは母自身、別の時に何かしらの被害を被ったようだ。そうでなければこの温厚な母がここまで怒り狂うわけがない。
「解除は、解除はできるんですよね?」
「…リミアスタ、落ち着いて聞くのですよ」
嫌な予感がした。
「この禁術は、一度定着したものが消滅するまで消えることはないのです」
「そ、んな」
「強力な魔力と、深く魔法に精通している方なら解除できるとも聞いたことがありますが…我が国にこの禁術を解ける技量の人間はいません」
「呪い…」
「そうともいえるでしょう」
この国は初代勇者の力により、古より発展することができた。
しかしそれで気分がよくなったのか、2代目の勇者の代でとてつもない愚かで恐ろしい仕打ちを勇者に対して行う。
姫を勇者にし、勇者とひっつけようとしたのだ。
そのために、召喚された4人の勇者の内1人に禁術をかけ、消滅させ、成り代わらせようとしたのである。
その勇者はなんとか監禁された場所から逃亡して行方不明とのことだが、どんなに条件を揃えようと、未だにアルサラスに魔法に秀でた勇者が現れないのは、その勇者の呪いだとされていた。
「それでは母上が、母上がぁ…!」
「泣かないで。幸いすぐに、というわけではないの。ただ、時間はあまりないから…やることがたくさんね」
リミアスタを元気付けようとして笑う母に、ついにリミアスタの涙腺は崩壊した。




