17:聖モードゥック+3章まとめ
これにて3章完結です。さくさくいきます。
4部も中盤までできてるので、終わりまでがんばりたいですね。
追いすがるゾイラントダルガを倒してから半日と少しほどたち、夜を迎える。
一行は峡谷を抜けて、最寄りの町 サナザに到着していた。
通常は3日かかる行程を、リオネルの優秀な身体補助魔法と、良太の結界術のおかげで、1人と1匹を運搬しながら無理やり行軍したからこんなに早く着くことができた。
…といっても、魔物活性化の原因であるスライムに封印結界をかけ忘れていて、モンスターが活性化しっぱなし、ゾイラントツベインの群れから逃げたというのが真相なので、なにやってんだかと紗枝は内心ため息をつく。
そんな紗枝は現在、リオネルと対峙していた。しかも。リオネルに短剣を突きつけて。
「嘘をついたら、これがあなたの喉か心臓を突き破るために飛びます。それでもあなたは私たちに嘘をついていないと、裏切らないと誓えますか?」
サエが胸の前に持ち上げた短剣を握りしめる。
「はい。私、リオネルは勇者様を決して裏切りません」
神妙な面持ちで、リオネルは厳かに、紗枝に跪いて誓った。無言の静寂が張り詰める。
そしてしばらくのち、紗枝は短剣を下ろした。疑うことは容易いが、真実かを極めるのは難しい。今の所リオネルは害のないように見えているし、なにかあれば対処もできなくはないだろう。
本当は裏切った瞬間、対象の人物の命を奪う術など持っていないが、その脅しにも揺るがないのだから、様子見するしかない。
「…しばらく、よろしくお願いします。すみません」
「いいえ、謝られるようなことなど、なにも」
リオネルの笑顔が怖い。別に含みがあるというわけではなく、どうしてここまで疑われているのに平気なのだろう、紗枝たちを信じてくれるのだろうと思うからだ。
紗枝としても信じたい。けれど信じるのが恐ろしくてたまらない。
スライムが見せた過去の幻影で、自分になされたことを思い出してしまって余計に難しい。
「聖モードゥック教の教えに、怯える勇者を見よ、機を測り、耳を傾けよ、という言葉があります」
「え?」
リオネルは、困ったように、少しだけ笑みを浮かべていた。
「聖モードゥック様は長命だったため、その生涯において多くの勇者を見たと伝えられています。その中には虐げられた者もいたそうです」
「そう、なんですか」
驚いた。
時代こそ違えど自分のようなものが他にいたというのか。だからそんな言葉が遺っているのか。
時を超えた話に、ただただ紗枝は愕然とした。
「勇者様は強い力を持ちます。それゆえ、為政者や人々から恐れられる」
「あぁ、それはなんとなく」
「そして、勇者同士でもそれは起こり得ます」
「あ」
驚く紗枝に、またもリオネルは苦笑した。
「人の祝福を羨ましいとおもったり、自分の天敵となるであろう祝福を妬ましくおもったり…普通の争いの発端となにひとつ変わらないのですけど、やはり人間だからあるのです」
紗枝はほうっと、思わず声を出してしまった。
宗教観が薄い日本で育ち、あまり触れ合わずに生きてきた。そのため、なんで宗教っているの?と思っていた方なのだが…なぜ宗教が在り続けるのか、なんとなくわかった気がする。
「…聖モードゥックは、すごくデキた人ですね」
「聖モードゥック様もさぞお喜びでしょう」
黒歴史の話を聞いたときは笑ったものの、勇者審問術式や、怯える勇者への対応を聞いて、紗枝は聖モードゥックへの尊敬の気持ちがこみ上げるばかりだった。
先達は、あとに来る後輩たちを救ってくれている。
感動していると、不意に足元からスライムがタプタプと登場した。
めっちゃびびったので、紗枝は、ウオともウェオとも取れる、変な声を出してしまった。顔が熱い。
「聖モードゥックなどとおかしな名を付けたものよ」
「お、おかしいなどとそんな、」
反論するリオネルを小馬鹿にしたように、スライムはぷるりとゆったり優雅に震えた。
「名の由来は遺してないのか?」
「え?いえ…失伝しています」
「私の記憶によれば、モードゥックというのは、そやつの好物の名をもじってつけた、仲間内でのふざけたあだ名らしいが?」
「え…」
愕然とするリオネルを置いて、紗枝は良太と顔を合わせた。良太が問いかけてくる。
「聞いたことないよな?」
「モードゥックでしょ?もー、もー、ドゥ、ジュ、うーん…」
そもそもこの世界の生まれでもないため、わかるわけはないのだが、少し良太と考えてみる。すると、スライムが元勇者たちを見てきた。
「…そういえばあの男、お前たちと容姿が似ていたな。もしや同じ国の出なのではないか?」
「あっ!そうだ、日本人!」
良太が閃いたようで、ブツブツと高速でモードゥックの名前を、言い方を少しずつ変えて連呼し始める。
「モードゥ、モーヅ?モーヅッ…あ!」
わかった!というかのごとく、良太が右腕の拳を突き上げた。紗枝も、なんとなくわかった気がする。
ひじょーに、あほらしい。
「え、え、わ、わかったのですか」
「もずくね。でしょう?」
良太を見ると、せーかい、と言いながら腕で大きな丸を作っている。
これはひどいと呟く良太にリオネルが縋り付く。
「も、モズクとは?!」
「海藻ですよ。海にある、えーと、こんなかんじの。お酢につけて食べるとおいしい」
良太が地面に描いたウニョウニョのもずくの絵を見て、リオネルは立つ力を失い、ひどくショックを受けた顔でしゃがみこんでしまった。
「か、かいそう…」
そんなリオネルを小馬鹿にして笑うかのように、チャプチャプと飛沫を軽く散らしてスライムがその隣へ移動する。
「まぁ、そう嘆くな」
「…スライムに励まされても嬉しくない」
「奴は少しふざけがすぎる性格もあったが、心根は聖職者めいていたのは間違いないだろう。そう記憶にある」
スライムの微妙な励ましに、少しリオネルは落ち着いたようだが、やはりショックなのは隠せないようだった。
「これからも、このような事が判明していくのでしょうか…私は教会の皆になんと伝えればよいのか…」
「ま、まぁ、もっといいことがわかるかもしれませんし、ね?」
旅への同行を一番敬遠していた紗枝ですら慰める具合である。
傷心のリオネルを励ましながら、一行はとりあえず連戦で疲れた身体を癒すのだった。
<3章完>
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▽リオネル(聖モードゥック教導師)
身長190cm、ムキムキマッチョメンな物理で戦う聖職者。
秘蹟調査室の人間であり、聖モードゥックの歴史を追い求めている。
犬系。
▽スライムのようなもの(???)
魔物であるのは間違いないスライム的ななにか。
40cmくらいの水色の液状球体に、なぜか鳥の足がにょきっと生えている。高さ1mくらい。
おそらくは魔王に関するなにかではありそうだが謎に包まれている。
ただ、古代の勇者についてや、高度な魔法理論に精通しているなど、ただものではない気配を感じる。