第1話 異変
俺は中国って国を良くは知らなかった。
そして、今もほとんど知らない。
なぜかって?
俺は中国へは行ってない。
なぜかって?
中国行きの飛行機の中。
窓の外は厚い雲に覆われていて景色も見れない。
退屈凌ぎに俺は機内で上映している映画を観た。
白黒の香港アクションだ。
熱い男の世界に戦いに入り込んでいる最中に時たま通るスチュワーデスから、甘ったるく誘うような匂い立つ女性の香りがするのが邪魔に思える。
映画に熱中すればするほどしてくると、その感覚は酷くなる。
古い映画なのだろう、やけに音声が飛ぶ、雑音もひどい。
2本目の映画は今ヒット中のハリウッド映画だ。
そういやこの映画は親友の木松が
「あれは良かったぜ~。俺なんて何度も泣いちゃったよ~」
なんて教室全体に響くようなデカイ声で薦められていた映画だ。
映画の始まる前にコーラを1杯頼む。
ちょうど映画が始まる頃にスチュワーデスがコーラを持ってきた。
心なしかスチュワーデスの手が震えているようだ。
俺のイヤホンが壊れているのだろうか?
最新の映画のはずなのに音声がやけに悪い。
それにさっきっからの飛行機のゆれが大きくなってきている気がする。
はっきり言ってこれは映画を観ている方がつらい。
この映画は後でじっくり観ようと思い、ゆっくりとイヤホンをはずす。
それまでは気づかなかったが、揺れと共に外から奇妙な音までする
「ゴーッ」という飛行機が風を切る音に混じって「ザー」という砂が流れるような音がする。
周りを見渡すと他の乗客もそれに気づいたらしく、しきりとスチュワーデスを呼び止めて質問している。
ゆっくり目をつぶると周りの乗客達の声がどんどん大きくなっていく。
というか、大きい声を出さないと聞こえないぐらい外の音が大きくなってきている。
揺れも今ではスチュワーデスが何かに捕まってないと立ってられないくらいだ。
ふと映画の画面に目をやるといつのまにか映画は終わっていて、何やら妙な画面に切り替わっている。
どういうことだ?
「皆さんお手元のイヤホンをお付け下さい。これより皆さんに機長からのお話があります。」
スチュワーデスの声がかすかに震えている。
さっきはずしたイヤホンをまた耳に付ける。
「皆さん、本日は当機をご利用いただきましてまことにありがとうございます。」
月並みな挨拶だが機長の声は雑音がひどく、やけに聞き取りにくい。
「私は、機長であると同時に一人の人間です。しかし、この機の安全を預かっている以上は、みなさんに自分でも信じられない事を話すべきかどうか非常に迷いました。
しかし、私はいま自分の前に置かれた信じがたい現実をみなさんと共に戦わなければと思い、今この現状をお話しようと思います。
皆さんも私からの話だけでは信じられないでしょう。
これは当機の外部カメラの映像です。」
さっきまで映画が映し出されていた画面に今度は雲が映し出された。
今は雲の中を飛んでいるってワケだ。
しかし、しばらくすると、雲の切れ目から海が見えてきた。
この海の先が中国だ。
日本を出てから結構時間も経った。
そろそろ中国大陸が見えてくるだろう。
「皆さん、いま我々は中国の上海上空を飛んでいます。」
雑音の中でも機長の言葉はしっかりと聞こえた。
理解するにはそれからしばらくの時間を要した。