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LIMIT  作者: kokusou.
2/2

後編

 同棲生活が四か月も過ぎた頃に、二人の運命を変える事件がおきることになる。


 その事件の切欠は、博士が街にでかけたことにあった。

 博士も父と同じように家を出ることが少ない男であった。父が一年に一回出かけるのに比べれば、最近は何やらふらりとでかけ、研究材料を持って帰ってくることがあるだけ、博士の方がまだ外出頻度は高いとは言えたが。


 その博士にある日、手紙が届いたのである。


 科学者としての権利を更新するために、一度街に出て来いというものだったらしい。

 博士の持つ科学者としての称号は、かなり高位のもので、その為莫大な研究費用を貰っているとのことだった。費用がなければ研究ができない、そのため博士は遠くの研究者の本部の街まで外出するに至ったのである。

 普段なら博士は千歳に報告もなくでかけ、勝手に帰ってくる。しかし今回はどうやら遠くにいくということで一応報告はしようと思い立ったらしい。

 眠りについてから、久方ぶりに出かける街―――千歳が食いつかないはずはなかった。博士は千歳を連れていくつもりはなかったらしく、渋りに渋っていたが、結局千歳に根負けし、二人は初めて一緒に外出したのである。




 一つ一つの店の前で歓声をあげる千歳と違い、さっさと進みたいらしい博士であったがそこは千歳が譲らない。

 たっぷりと時間をかけて店を見回るころには、博士は疲れ切っていた。

 期限の時間も迫っているからとなんとか千歳を店から引き剥がし、急ぎ足で役所に向かっていたときだった。


 近道しようと通っていた路地裏で、急に博士と千歳の道を塞ぐように男が現れたのである。

 通りすぎようと足を進めた博士たちに、ぎらりとした視線を向けた男に、博士もさすがに足をとめた。


「なんだ、君は」

「お前に恨みはないが、お前の脳みそ、高く売れるらしくてな」


 驚く千歳を尻目に博士はいつもと同じ顔だった。男は博士に殺意の籠った視線を向けていたのに。


「この機会を待っていたんだ」


 男は血走った眼でそう言い放つと、腕を厳重に巻いていた布を解く。解けた布の下からは、銀の両腕が現れた。キュインと響いた音に、博士が目を細めた。


「ふむ。旧式のサイボーグか」

「…博士」

「大丈夫だ」


 何が大丈夫なのかと焦る千歳の横で、博士は平静そのものだった。


「…俺も金が必要なんだ勘弁してくれよな」

「金なら自分で稼げばよいだろう」

「…それができれば苦労しねぇよ!」


 叫ぶような怒声とともに、男のサイボーグの両腕から大ぶりの鉈が飛び出し、博士に襲いかかった。

 突っ立ったままの博士に、千歳は焦りを募らせる。


「―――博士っ」

「大丈夫」


 博士の言葉を、千歳は信じることができなかった。四ヶ月間ももやしな博士を見てきたのだ。信じれる筈がない。

 自分は、ロボットだが、博士は人間だ。刺されたら死んでしまう。


 ―――――――また、一人になってしまう。


 千歳の頭にその言葉がよぎった瞬間、千歳は博士の前に飛び出していた。

 博士が止める間もなく、男ももうとめれらない勢いの所まで来ていたその時の行動に、男二人の行動は、間に合わなかった。


 ――――――千歳の華奢な身体を鉈が襲った。




 全身のナノマシンが沸騰するような、例えようもないそんな感覚。きっと自分以外この感覚はわからない。

 そして、自分以外、こんなことはできないことを千歳は知っていた。




 千歳の身体に鉈が触れた瞬間、千歳の目が黄金に輝いた。




 ――――――――男の腕が、砕けた。




 自ら分解するかのように崩壊していく腕に、呆然とする男。


「な…」


 呆然としたのは男だけではない、博士も千歳のとっさの行動に眼鏡の奥の目を見開いていた。そんな男二人を尻目に、千歳の目は再度黄金に瞬く。地面に落ちた筈の腕の部品が浮かび上がり、意思を持ったかのように男に向かって飛んでいく。

 数々の部品が男の身体に当たり、男は吹っ飛ばされた。両腕を失った男は為すすべもなく路地裏に叩きつけられる。

 呻く男の周りに浮かぶ部品が、千歳の黄金の目に従うかのように動いた時、はっとしたように博士が声をあげた。


「やめなさい、千歳!」

「だって!」


 振り向いた千歳の目の色に、驚いたような博士であったが、いつもの無表情に戻るとゆっくりと動き出した。


「…旧式のサイボーグの体では、仕事も碌に付けないだろう」


 最近の機械は発達しすぎているからね、と博士は言うと、無残に弾け飛んだ腕の男に近づき、一つ一つ部品を拾い集め始めた。

 一つの部品をその手に取った時、ぴたりと博士は動きを止め、瓶底眼鏡の奥で目を細めた。


「…けれど、だからといってこのようなことをしては、娘さんも悲しむのではないか、と情に疎い私でも思うがな」


「娘って…」


 驚く千歳に、博士は今しがた拾ったばかりの腕の部品をぽいと投げた。

 決して外からは見えない、肩との接触部分の部品に、男と5、6歳の少女が一緒に映っていた。その写真の男は今と違い両腕は健在で、眩しいくらいの笑顔を浮かべていた。


「このお金、娘さんの腕に使ってやってはどうだ」


 そういうとごそごそと胸元を探り、厚い束を男の前に差し出した。現代では珍しい、現金と呼ばれるものだった。

 博士は高給取りで時代の先端を行く科学者の癖に、この現金というものをいたく気に入っていた。


 男は呆然と博士を見つめた。

 博士は札束を差し出したそのままの姿勢で、男を見ていた。

 何かを会話するかのように見つめあっていた男と博士であったが、やがて男の顔がくしゃりと歪み「…すまない」と呟いて男は唇を噛みしめた。


 博士は手ずからその現金を腕のなくなった男の胸元に押し込んだ。男はその眼を後悔に沈めながら、「然るべき処罰は、必ず受ける」そう言って、静かに路地裏に消えていった。



 その後、博士と千歳は、予定通り称号更新の道に戻ったのであったが。



「…やっぱり納得できない。あいつがどんなに不幸だって、博士は殺されかけたんだよ?!」


 博士に対し納得がいかない千歳は、博士の胸倉をつかみ上げた。

 苦しそうにもがく博士であったが、なんとかそのままで言葉を発する。


「私だって狙われたことは一度や二度じゃない。対策もある」

「じゃあなんで動かなかったのよ!」

「私が動く前に君が動いたからだ。…しかし、感謝する」


 ありがとう、と零した博士に、千歳の茶色の目はまん丸になる。千歳の腕から力が抜け、博士の身体はゆっくりと地面に下ろされる。

 博士は無事地面に足を付けると、未だ自らの胸元をつかみ上げる千歳の手に、そっと触れた。


「ただな、千歳」

「…なに」

「私が対策を持っている事を知っているなら、一人では襲わない。それだけの威力があると、皆知っているからな」


 だから、と博士は呟く。


「本当の阿呆か……そんな情報も買えないくらい金のない奴等しか、ああやって襲ってはこないんだ」


 黙ってしまった千歳に対し、博士はふっと笑いを零す。そのレアな笑い顔を千歳が見ることはなかったが。


「しかし千歳、君、あんな能力ももってたんだな」

「…人には知られるなって、言われてた。だから…」

「だから話さなかったのか。しかし四か月もかけてその能力が見つけられないとは。私もまだまだだな」


 しかし、と呟く。


「あれは、『干渉能力』だろう。今も確立されていない、夢のような技術だと言われていたが」

「…博士」

「恐ろしい、父だな」


 千歳の能力は、自己治癒だけではなかった。千歳の中のナノマシンには、機械に干渉する能力を持つものもあったのである。

 千歳が触れた機械には、その干渉ナノマシンが流れ込み、その機械は千歳の意思で動く傀儡となる。機械が普及した世界で、千歳が持つ能力は、至高のものであった。

 千歳さえいればどんなにインプットされた命令も抹消される。ラインさえ繋がっていればそこから千歳が入り込み、兵器のスイッチも思うがまま。そんな都合のいい、都合の良すぎる能力だった。


 ――――――正に時代の欲する、能力だったのだ。


 博士はその能力を他に明かすつもりなどなかった。

 これ以上の千歳に関する研究もやめ、元々していたという研究に戻ると千歳に言った。


「このまま、私の研究を傍で支えてくれていたらいい」


そう言って、顔をくしゃくしゃにした千歳と静かに笑う博士は家に戻っていった。











 その路地裏の事件を、たまたま見ていた男がいた。


 その男は、千歳の使った能力を、軍の関係者に情報として売った。


 ある日二人の家に、軍の関係者がやってきた。胸元から取り出した軍属証明書を盾に、軍の関係者は強い口調で博士に詰め寄った。千歳のことを根ほり葉ほり聞こうとしてきたが、渋る博士に、軍の関係者は立腹した。


 ――――――研究者風情が。


 その言葉と共に、軍の関係者は手を上げた。

 その次の瞬間、軍のサイボーグに博士の腹は撃ち抜かれていた。








 千歳はその日、博士に命じられて地下室に隠れていた。




 ――――――軍の関係者に、お前のことを知らせるわけにいかんだろう。ここに隠れいていろ。直ぐ終わる。





 その博士の言葉を信じて、千歳は待っていた。

 今度は信じよう、その気持で、千歳は地下室で博士の作ったロボット達とじっとしていた。

 しかし階上から聞こえた銃声に、千歳が博士の虫に命じて見に行かせれば。




 血の海に身を沈める、博士がいた。



 千歳は絶叫した。地下室から駆けあがり、二人の家に入ろうと見えない防御壁と格闘する軍の人間と機械を目にした瞬間、千歳の目の前は真っ赤に染まった。その瞬間のことを、千歳はあまり覚えていない。

 あまりの怒りに、我を忘れていたからだった。

 その場にいた軍の関係者の機械たちは、一刻の後には千歳の配下に置かれ、千歳が綺麗にした庭は、機械たちの人への反逆と同時に、荒れ果てた。






 それから、二人は追われた。


 国の軍本部が動いた。隣国の軍も千歳のことを知って、乗り出してこようとしているという。その情報を千歳は使役した軍の機械から入手していた。更に、追手がもうすぐそこに迫っている事も、分かっていた。


 千歳は博士を使役した大型ロボットに抱えさせ、ひたすらに逃げた。


 博士の腹に空いた穴は、なんとか表面上は塞いだが、内臓まではなんともならない。

 千歳はこれ以上の治療方法は持っていなかった。

 なぜなら、博士の身体にナノマシンは一つも流れていなかったからだ。

 ナノマシンのない博士の身体に、千歳ができることはなかった。


 負傷の博士を抱えた千歳の行く先々で、軍の関係者は現れ、千歳と博士を捕まえようとした。

 千歳は『研究材料』として、博士は千歳の中身を知っているから博士の『知識』を軍は求めていた。もし掴まってしまえば、博士の方が千歳以上にどうなるかわかったものではなかった。重症の博士を治したうえで協力を求める――そんな方法がとれる人間達には、とても千歳には思えなかったのだ。




 二人は今、二人の家から遠く離れた森まで逃げてきていた。

 機械の跋扈する世界では、すぐに軍関係者に見つかってしまう。千歳が襲ってくる機械たちに次々に『干渉』し、逃げ続けてきたが、博士の身体がもう限界だった。

 なんとか次の軍の攻撃を乗り切り、機械を奪って医療施設に向かう必要がある。きっと施設も軍の兵隊たちがいるはずだ。千歳の能力はバレているから、対策もされているだろう。

 言いようのない不安を覚えながら、千歳はぐったりと木に寄り掛かる博士を見た。

 博士が目覚めてくれれば、なんとかなると千歳は信じていた。

 もやしな博士だが、最後はきっと、頼れる男なのだ。いつもいつもそうだったように。



「ち…せ」


 か細く聞こえた声に、辺りを警戒していた千歳は慌てて博士に駆け寄った。


「博士?!目が覚めたの?」


 小さく博士が頷いた。相変わらずの瓶底眼鏡のせいで表情はよくわからないが、その瓶底眼鏡も、大きなヒビが入ってしまっていた。

 千歳がそっと手を握れば、小さく握り返してきて、千歳はほっと息を零す。薄紫色になった博士の唇が、ゆっくりと動く。



「す、まな、い…千、歳。ずっと身体、が…思うようにいかな…くて、な」

「いいよ、博士。もうすぐ病院に連れていくから、もう少しがんばって」

「…あ、りが、とう…」


 もしも博士があの時ナノマシン治療をしていたなら、と千歳は何度も何度も考えていた。

 あそこで博士が嫌がってもしていたなら、千歳が治療を施すことができて、事態は今より少しは好転していただろうか。

それとも千歳が目覚めたときから、間違っていたのだろうか。

 千歳は、博士に目覚めさせてもらったとき本当に嬉しかったのだ。父に眠らされた時の悲しさ、もっと世界をみたかったという思い。博士に初めて会った時の心は、とても言葉には表せないくらいのものだった。


 潤む視界に、どろどろに汚れた大きい手が延ばされるのがみえた。


「な、くな…」


 苦しそうに息を吐きながら、博士は声を出す。むせた博士の口からこぽりと血が溢れだす。千歳は慌てて博士に手を伸ばすが、その手を博士はぐっと握った。そしていつになく真剣な声で「千歳」と呼んだ。


「ぼ、くは…」

「博士…?」

「ぼく、は、千歳に会えて、本当、に、感謝、している、んだ」


 だから、泣くな。笑っている方が、いいと何度も博士は千歳に言った。

 千歳がくしゃくしゃな顔で笑えば、博士も、嬉しそうに口元を綻ばせた。


 博士のひび割れた眼鏡に、千歳は手を伸ばした。

 いつもなら嫌がるその所作を、博士は止めなかった。

 そっと千歳の手が、博士の眼鏡を外す。

 その下から現れた涼しげな切れ長の目に、千歳は驚く。


 ――――――博士はもやしなのに、すんごい美形だったんだ。


 何カ月も共に過ごして、全く知らなかった。

 なぜこんな顔で、あの瓶底眼鏡。


 全く理解できないと千歳は声を呆然と声を漏らした。


「博士、なんで、ナノマシン治療しなかったの」

「…この、眼鏡を、外す、と…女、が、寄ってき、て、面倒、だった」


 不機嫌そうに呟く博士に、千歳は目を見開き、笑った。


「ふふっ、馬鹿みたい…馬鹿みたいな理由だね。博士らしい」

「馬鹿、と、言う、な」

「馬鹿だよ、博士は」


 もやしで、家事一つ出来なくて、研究ばっかりで人のことなんて気にもしない。優しい言葉をかけることも得意じゃない博士だけれど、でも芯の部分ではどうしようもなく優しいことを知っている。


 そんな博士だから。


「博士…」

「どう、した」


 顔を真っ赤にして目を潤ませる千歳に、博士は怪訝そうに声をかける。


「博士」

「は、やく、いえ。どう、したんだ、千歳」


 空気を読まない人だ!と千歳は思いながら、思い切って口を開いた。


「博士!いつか私が人として生まれたら、その時には…一緒になってくれますか?」


 言い切った後、千歳は俯いて博士からの返事を待った。


「…………」

「…………」

「…………」



 待てども待てども博士から全く反応がないことに、千歳は焦り出す。

 ―――――ロボットの癖に、と思われたかしら。でも、博士はそんな人じゃ…!

 博士が身じろぎする気配を感じ、慌てて千歳は俯いたままいい募る。


「必ず、見つけに行きます!生まれ変われたら何度でも!!絶対に、見つけますから。だから…」

「馬鹿、か」


 そう言われた瞬間に、千歳は博士に抱きしめられていた。


「…そういう、時くら、い、僕に、迎え、にいか、せろ!」


 千歳は目から溢れてくる涙を止められなかった。人間に近い機能を併せ持った千歳であったが、こんな風に身体から溢れそうなほどの気持に押されて涙が流れたのは、初めてだった。


「それに、傍で、支えてくれ、ると、約束、したろう」

「それは、研究のことでしょ…」

「……。言い直す」








「一生、僕の、傍に、居てくれ。千歳」



「…勿論です。博士」









 意識を失った博士の身体を、千歳はゆっくりと横たえた。

 博士を守るように、博士の作ったロボットの一匹が緑の幕を張った。


「…博士を、お願いね」


 そう呟いた千歳に、もう一匹の虫が飛んできた。今まで見たことのないピンクの虫ロボットは、何やらフォルムも丸くて、可愛げがあった。

 ピンクの虫ロボットは、千歳の肩にぺたりとくっつくと、臨戦態勢を取った。


「…一緒に、来てくれるってこと?」


 千歳を励ますかのように明滅するロボット。


「…博士、いつの間に」


 明らかにこんな女の子趣味なロボット、博士の趣味じゃない癖に。


 その直後に千歳を照らし出した数多のライトに、千歳は目を細める。


 千歳は人とロボットの隊群に向けて、駆けだした。








***







「よぉ」

「おぉ」


 白衣を着た二人の男が、銀の塔でであった。

 別々の方向からきた二人であったが、足並みを揃えて歩き出す。

 カツカツと靴の音が、廊下に反響する中、片方の男が口を開く。


「お前、きいた?第二位博士のあの事件」

「あぁ…あの『干渉ナノマシン』の件か」

「実際、ナノマシンはデマなんだって?軍関係者も口噤んだままらしいし」

「さぁな。さすがにデマだとは思うが、それより」

「あぁ、第二位博士の方な、あれから行方知れずだってなぁ」


 最初に喋り出した男が肩を竦める。それを横目で見て、もう一人の男はぼそりと呟いた。


「…死んだという噂もある」

「…やっぱ?だから俺ら部屋の整理に向かわされてんのかな」

「だろうな」


 やがて二人は一つの部屋に辿りつく。

 そこは三年前まで、二人が共に学んだ友人の部屋であった。友人はある事件を機に行方知れずになり、今はその部屋の整理を頼まれて二人はここに来ていた。

 自分の家を持ってからも時たまここに来ていたという友人が、何か情報を残していないかとこの部屋は既に上層部で虱潰しに捜された跡らしい。

 しかし何の有益な情報も出てこなかったらしく、次の住人のためか部屋の整理をしてこいと二人が派遣されたのだった。


 上層部から借りたスペアキーでドアを開ければそこには最小限の家具と、並べられた本、そして白衣程度しかなかった。

 元々出無精で管理と名のつく事が下手な友人であったから、ここにはもう殆ど物を残さなかったのだろう。

 では何をここにしにきていたのか、二人には皆目見当がつかず、とりあえずと並べられた本を手に取った。



「『サイボーグの心得』…なんだこりゃ」

「『病気全書』、なんだこれは。ラインが引いてあるな。…『心拍を抑える方法』?」


 二人は首を傾げ、更に奥に仕舞われた本に手を伸ばす。


「『女性の気持ち』…何に使うんだ、これは。」

「あいつの実験って生物実験だったっけなぁ?」

「いや、違う筈だが」


 とてもじゃないがお世辞にも人間関係云々が上手いと言えない友人だった。それどころか頓着していない様子であったのにと、二人は頭上にはてなマークを大量に浮かべた。


「お、まだ奥に本があるぞ」

「とってみろよ」

「おお。…っと」

 

 本をかきわけ、男の一人が奥に手を突っ込む。そして出てきた本に二人の目は点になった。


「『愛を伝える行動指南書』?!」

「…付箋があるな。『君は僕の人生の一番大切なネジだ』………。」


「……」


「……」


「…なんか、見てはいけないものをみてしまったんじゃないのか…?俺らは…」

「そうだな」


 二人は出した本を丁寧に持ってきた箱の中に入れた。この箱は恐らくこのまま処分されるだろう。それが友人にとっていいのか悪いのか、二人には判断できなかった。


「…なぁ、あいつも一端に、好きな女がいたのかな」

「そうみたいだな」

「…あいつにいたのか。俺なんて…俺なんてもう2年も振られっぱなしなのに…」

「食堂の子か。そろそろ諦めろ」

「いや、もう一回、アタックしてみる!アイツだって慣れない癖に一人で頑張ってたみてぇだしよ」

「実際自分でちゃんと告白してたのか、俺は知りたいね」



 その後、研究者達が去った建物はそのドアを固く締めた。そこに残された荷物は、そのまま処分され、数日の内に新たな人間がその部屋に住みだした。


 しかし最後に彼が住んだという家は、そこに残った噂が原因か、不思議なことに誰もその家を買い取ろうという人物は現れず、その後また三十年間誰にも手を付けられぬままその場所はそのまま残っていた。

 


 そしてある日、一人の人物がそこを訪れる。


 その人物とは、まだ成人を迎えるか迎えないかぐらいの少女だったという。

 少女は言った。この家を買い取りたいと。


 その髪は緑、瞳は茶色の、大変目元の涼やかな少女だったという―――




これにて完結です。

読んでいただき、ありがとうございました。

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