入学まで その4
カティに割り振られた部屋に少年を連れ込み、それぞれ椅子に座る。
「私はマリスで、こちらがカティ。あなたのお名前は?」
「グルケ」
無理矢理連れてこられたせいだろう、ぶすっとした態度のまま、少年は名乗る。
「なんで連れてきた?」
「いくつかあるけど、一番大きな理由は何も食べずお腹を空かせていたら、午後からの試験が大変だと思いましたの」
怪訝な顔のまま、グルケはマリスを見つめる。マリスはカティに昼食の準備を指示すると、グルケへ向き直った。
「この試験って、落とすためのものじゃなくて、受かるためのものだと気付いてますか? 筆記でも簡単な問題だけで九十点まで確保できますわ。午後からの試験、内容は未確認だけど班ごとに分かれて加算式の模擬戦か何かの可能性が高そう。つまり、足を引っ張られると困るのです」
丁寧な口調はそのままで、マリスは若干えらそうな態度を取る。グルケは貧乏そうで、普段から一日二食くらいの生活が当然なのだろう。同情していないという態度を見せるより、施していると見せる方が変な波風は立たないと判断した。
「つまり、一対一の模擬戦になった時、相手が弱いとつまらない、と?」
「それもある」
カティの突っ込みに、正直に答えるマリス。呆れたカティに笑みを返し、本来二人分だった料理を三つに分けたカティに礼を言う。
「ありがとう。さて、食べましょうか」
「いらない。お前の心配も不要だ。俺は午後の試験は受けないから」
こてんと首を傾げるマリスに、立ち上がりながら言い放つ。
「午前の授業で百点を取った。次が三十点でも、面接が良ければ合格できる。貴族だからって優遇されないのと同様、孤児だからって冷遇されないと聞いたし、そもそも百点を取って合格すると特待生として学生の間はすべて面倒を見てくれるから、俺だって試験を受けたんだ」
マリスとカティは、少し驚いた顔をする。グルケに聞こえないよう、小声でやりとりする。
「百点を取ると授業料他すべて免除って、ディル言ってた?」
「いいえ、初耳です」
「帰ったらディルを問いただそう。知ってたら、午前中全部埋めたのに。ところで、受けないなら昼ご飯あげなくていいかな?」
「私は次が自信ないですし、全部埋めましたけどね。それはともかくお嬢様、筆記で百点の自信があるってことは、彼は少なくとも戦術論は学んでますよ。直接の手合わせは無理でも、お互いに合格した後に彼の率いる兵と戦うのも面白いかもしれませんよ」
試験を受けないと聞いてがっかりして冷めていたマリスの目にやる気が戻り、にこやかにグルケへ話しかけた。
「そうでしたの。なら、院でお腹を空かせている子がいるでしょう? 持ち帰って子どもたちにあげてくださいな。誇りでお腹はふくれませんよ」
グルケは当然、カティもどういった経緯でマリスがディルの養子になったのか知らない。ただ生きていくための選択だとは思いもよらないため、グルケには貴族が貧乏人に施しを与えているように見えた。
「お断りだ、と言いたいところだが、確かにちびたちにあげると喜ぶだろうね。こんな無駄に上等なもの、食べたことないだろうからな」
ありがたく頂戴いたしますよ、とカティが袋に詰め直してくれた食べ物を手に持ち、部屋を出ていった。
「よろしかったのですか、お嬢様。たぶん傲慢な貴族だと思われましたよ」
心配そうにしているカティに対して、マリスは肩をすくめてみせる。
「大丈夫、問題ない。傲慢な貴族と思ったかもしれないけど、別にいい。ずっと値踏みする目はしていたけど、真剣な目だった。私を馬鹿にしていたわけじゃなさそう。どこまで横柄な態度でも怒らないか、調べていたんだと思う」
通い始めてからが楽しみね、と本心からの笑みを浮かべたマリスを見て、カティは寒気が走った。グルケがお嬢様のお眼鏡に適わなければ、私も巻き添えで怒られそう、と。
会話に時間を取られていた二人は、会話を切り上げて食べる方に専念した。