五年目 前期 その3
合宿の初日、マリスたちは集合場所へ行く前に、パピィの飼育小屋へ向かった。
「パピィ、おはよ。今日から合宿だよ」
マリスを見て嬉しそうに鳴くパピィを撫で、抱きかかえてから小屋を出て、集合場所に向かって歩く。
「マリス様、重くない?」
両手いっぱいにパピィを抱えているマリスに、シンシアが心配そうに尋ねる。背中には合宿用に大きめの袋を担いでいるため、マリス自身よりも荷物の方が重いくらいになっている。
「重い。地味にきつい」
「お嬢様、よろしければお荷物をお持ちいたします」
「ありがと。でも大丈夫。集合場所からはパピィに歩いてもらうし、ちょうどいい訓練になる」
カティの配慮に礼を言いながら、マリスはゆっくり進む。
そして到着するとパピィを降ろして、大きく深呼吸をして腕をほぐす。周りにはすでにたくさんの生徒が集まってきているが、マリスたちを見てさりげなく離れていく。
「なんだか遠巻きにされてるけど、何かしたかな?」
「王女様の言葉とは思えないわね。暴れていたパピィもいるし、二年の子たちは畏れ多くて近寄れないでしょう」
「ああ、そっか」
はじめ、理由が解らない様子だったが、シンシアに指摘されてため息を吐く。
「仲良くなりたい?」
「別に、どうでもいい。邪険にするつもりはないけど、用事がない」
「そうね。変に仲良くなって、巻き込んでしまっても大変だし」
雑談に花を咲かせていると、グルケとカイトがやってきた。お互いに挨拶をした後、周りを見渡しつつグルケがつぶやく。
「どうも避けられてるな。しょうがねえけど」
「怖がられてる?」
諦めた風のグルケに、マリスが質問を返す。
「どっちかっていうと敬遠っていうか畏敬っていうか。合宿に行って迷惑にならなきゃいいけどな」
「大丈夫と思う。別に私たちが何か邪魔するわけじゃない」
「グルケくんもマリス様も、普段通りでいいじゃないの」
二人で話しているとシンシアが助言を入れた。公的な場所ではともかく、自分たちだけの時はこれまで通りの態度を通すと決めたため、シンシアやカイトも、あまりかしこまらずに接している。
「そうだね。普段通りが楽でいい」
話をしているうちに集合時間となり、マリスたちも先生の指示に従って声の届く範囲に集まった。
五年生の担当であるアマンダが責任者となる。二年生の時と同様の注意事項を説明しているのを聞きながら、マリスはパピィが暴れないよう様子を見ている。
途中、前回にはなかった注意が入る。
「今回、マリス王女とグルケ王子が一緒だが、特別に何か気にする必要はないし、割り当てられる仕事はやってもらう。二年生も五年生も、必要なら遠慮なく声をかけるように」
若干孤立気味になっているのを見て、援護のつもりなのだろう。周りはざわざわとし始めたが、すぐに手を叩いて注目を集め直し、質疑応答に入る。
他に特記事項はなく、早速の移動となった。
「行こう、パピィ」
「マリス様、嬉しそうね」
「うん。久しぶりに目的がない行事だから楽しみたい」
マリスはシンシアたちと固まって歩きながら、機嫌が良い理由を告げた。納得の顔をする面々に、アンナがそういえば、と口を開く。
「パピィを拾ってもう三年なのですね。結構大きくなってますが、成竜になるまでどの程度かかるのですか?」
「えっと、早ければ二十年くらいで大人になるらしい。遅いと五十年以上かかるって聞いた」
「なるほど。じゃあまだまだ赤ん坊なのですね。マリス様と離れて暴れたのも解る気がします」
アンナは少し前を進むパピィを見ながらつぶやく。
「そうね。でも戦争に連れて行くわけにはいかなかったから、しょうがないわ。残ったアンナは大変だったでしょうけれど」
「いえ、私なんて何もしてません」
「ううん、先生からパピィの世話を頑張ってくれてたって聞いた。アンナ、ありがと」
マリスが笑顔を向けると、アンナはおたおたと慌てている。
「いえ、本当に何もしてませんから」
話をしながら足を動かしているうちに、夜になる。事前に振り分けられた仕事をこなしつつ、マリスはようやく周りと話をし始める。
五年生は少なくそれほど盛り上がらないが、二年生は貴族が中心となってマリスを囲んで話を聞きにきた。主に戦争がどうだったのか気になる生徒が多いようだ。
活躍するための極意を聞かれた時、マリスはしばらく悩んで、口を開く。
「自分がその時にできることをする。それだけですわ」
話しているうちに夜も更けて、交代で見張りを立てながら天幕で休みを取った。
「何か来た」
天幕の中で休んでいたマリスは、気配を察して目を覚ます。周りにはカティとシンシア、アンナが眠っている。
それぞれ揺り起こしてから、長剣を持って外に出る。
「あれ、マリス様どうなさいましたか?」
周りは寝静まっており、見張り当番の二年生が声をかけてくる。
「何か、変な気配がありますわ。先生を呼んできてくださる?」
「は、はい。すぐに行ってきます」
見張りの子が呼びに行った直後、シンシアたちも天幕から出てきた。
「マリス様、お待たせ。まだ何も起きてない?」
「うん、大したことないかもしれないけど、念のため」
先生はすぐにやってきて、マリスが事情を説明する。しばらく難しい顔をしていたが、斥候を出そうと提案する。
「先生、誰が行きますか? なんでしたら私が行ってきます」
「馬鹿をいうな。生徒、特にマリスに任せられるわけがない。教師で得意な者に行ってもらう」
マリスが警戒しているのを重く見て、生徒ではなく先生が見回りに行くと決まる。
次の見張りを予定していた生徒も起こして、二十人ほどが揃う。周りの様子を見ていたマリスは、誰よりも早く先生が戻ってきたのに気が付いた。
「戻ってきましたわ」
マリスの言葉通り、先生が戻ってくる。周りの二年生たちはマリスがなぜ気付けるのか、とざわめいたが、先生や五年生は一向に気にしていない。
「クマの親子が向かってきている。魔物化していないから、驚かせば逃げるだろう。半数ほど一緒にきなさい」
先生の指示にシンシアを含めた何人かが付き従う。
残った生徒で見張りをしながら、クマに向かった生徒たちが戻ってくるのを待つ。
「お嬢様、普通の朝は無理なのに、いざという時は起きられるのですね」
ほんのわずかだが皮肉の響きがある言い方に、マリスは平然と言い返す。
「一部の動物なんかも、普段寝っぱなしでいざという時に動くって聞いた」
「まあ、近しい人以外に迷惑をかけていないから良いのですが、明日の朝は頑張って起きてくださいね」
「自信ないけど頑張る」
シンシアたちがクマを追い払い、大きな問題も起きずに解散となる。
そして翌日、カティは予想通り動かないマリスを天幕から追い出し、かいがいしく世話をする。半分ほど目が閉じていて、寝ぼけながら動くマリスを見た生徒は、普段の所作との違いにびっくりして振り向いている。
「マリス様、相変わらずね。戦場では誰よりも気を配っていたから、反動みたいなものかしら」
「それにしても酷いです。お嬢様、食事までにはしゃきっとしてください」
「んー。解ってる」
「あまり解ってなさそうね」
シンシアが頬をつついても、マリスは「んー」と薄く反応する程度だ。解ってない、とうなだれるカティだが、周りは微笑ましく見ている者がほとんどだった。




