入学まで その1
マリスがディルの下に来て、およそ一年と少し。新年度に向けて、学校での新入生募集が始まった。ディルが二人分の手続きをして、試験の当日、遅刻をしないよう予定より随分と早い時間に学校へ到着した。
「大丈夫だと存じますが、お気を付けていってらっしゃいませ」
「では、行ってまいります」
一年間、礼儀作法や踊り方など、貴族としての基礎を教えてくれたベイルが声をかけ、マリスは馬車を降りた。隣には、一緒に試験を受けるカティがいる。二人は学校の敷地内に入り、試験会場となる建物へと向かう。
「緊張しますねぇ、落ちたら落ちたで、お嬢様のお世話で通うのですけれど」
この国に住むほとんどの人間と同様に、試験といったものが始めてなのだろう。歩きながらカティが不安な様子を見せる。
「大丈夫。教えられた試験の難易度を考えると落ちない。それにカティが落ちたら私も行かない」
「行かないではすみませんよ。授業は受けられませんが、むしろ落ちた方がお部屋でお待ちできるので良いのかもしれません」
「駄目。私だけ授業を受けさせて、カティが悠々自適な生活なんて。絶対同じ立場に追い込んでやるんだから」
「お嬢様、普段は冷静なようで、何気にお子様ですよね。それでいて猫の被り方もお上手ですし」
「猫を被るんじゃなくて演技。昔のなごり。必要だったから覚えただけ」
雑談するうちに、二人は試験会場に到着した。数百人の試験を受けているだけあって、非常に大きな建物だ。三階だてで飾りっ気が薄く、病院か何かのような印象を受ける。
「試験希望者ですね。紹介状をご提出ください」
「はい、二人分ですわ。お仕事お疲れ様です」
建物の入口で声をかけてきた受付に、マリスは柔らかな笑みを浮かべて応対する。紹介状の確認が済み、首からかけられる形状の番号札が渡された。
「試験中は、番号札で呼ばれます。どのようなお立場の方でも例外はありませんので、ご理解ください」
「はい、存じておりますわ」
入学希望者一人ずつに、控え室があるという。案内を付けるか問われて、不要と返す。
「一人ひと部屋もいらないと思う。身分不問というくせに、どこかに媚びてるのかな」
「さあ、どうなのでしょうね。それより、早く着替えてしまいましょう」
ほらほら、とカティがマリスを割り当てられた部屋へとうながし、自身も入った。
「では、お召し替えの準備をいたします」
「自分でできる。それより、カティもさっさと着替えて。軽く手合わせでもして、身体をほぐしておかないと」
「身体をほぐすのはよろしいですが、お嬢様のお手伝いは私の仕事です。お嬢様といえども、取り上げる権利はありませんの」
仕事と言われると、マリスは反論できなくなる。マリス自身が、養子の立場が仕事の一環とみているためだ。手早く身にまとったドレスを脱いで、乗馬服のような運動しやすい服装に着替える。
「ほら、カティも早く」
「お嬢様は、武闘派ですよね。一見すると……まあ、確かに勝気そうなお嬢様っぽいですけれど」
やれやれ、とため息をつきながら、カティも着替えを済ませる。それなりに広い室内、無手でやりあうには十分な広さである。カティはマリスにまったく歯が立たないが、疲れすぎず身体をほぐす程度に相手をした。
やがて指定の時間となり、二人を含めた入学希望者は広間へと集まった。