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プロローグ その4

 マリスと別れた後、ディルはゴドウィン家の執務室で執事長、侍女長と打ち合わせを行なっていた。


「そんなわけで、入った時に困らないように一般常識、言葉遣い、友人の作り方を教えてやって欲しいんだよ」

「はい、ご命令であれば。でも、友人の作り方だけは、余計なお世話だと思いますよ」


 侍女長が、まるで親馬鹿を見るかのような冷めた目をディルに向ける。執事長も無礼を咎めないところを見るに、同意見なのかもしれない。


「いやあ、マリスに接していると、何とかしないと駄目だという気になるよ。『ここに置いて欲しい、ついては誰を殺せばいい?』だからね」

「なぜ、そのような危険人物を育てようとお思いになられたのですか」

「ご立派な理由を並べてもいいんだけどね。一番は私があの子を気に入ったから。多分、本質は素直で真面目なんだろう。倫理観が歪んでいるだけさ」


 ディルは、教えればある程度矯正できると断言した。


「では、私どもはしっかりと躾ければよいのですな。専属の教育係をつけましょう」

「年の近い子を付けた方が良いでしょうね。私の伝手を当たってみます」


 それぞれ自身の分担を確認して、執務室から出ていった。

 ディルは一人になってしばらくは椅子に体を預けてぼんやりしていたが、大きく伸びをして勢いよく立ち上がった。


「さて、どこかから文句が来る前に、さっさと養子にしておこう。陛下にも話を通しておかないと……」



 初めのうちは、黙々と言われた通りに課題をこなしていたが、一ヶ月も経つ頃には愚痴が目立つようになっていた。


「もう無理。ほんとに無理。ベイルが悪魔に見える」

「あら、お嬢様。ベイルさんみたいな美男子をつかまえて悪魔だなんて、失礼ですよ」


 マリスの愚痴に対して、どこかずれたような注意をしたのは、マリス付きの侍女として雇われたカティだ。


「お嬢様はやめて。少し役目が違うだけで、カティと立場はそう変わらないんだから。働き始めたのも、大体一緒」

「いえいえ。何度でもいいますけれど、お嬢様はお嬢様。使用人とは違いますよ」


 カティは昼食の準備をしながら、マリスの会話相手をこなす。軽口をたたけるだけ、仲良くなったと言える。初めのうちは、事務的なやりとり以外は必要ないとばかりに、マリスからは何も話しかけなかったのだ。


「夕食は食事というより、礼儀作法の勉強会みたいになってるし。カティ、今からでも変わらない?」

「無理だよ。書類上も、私の娘はマリスなんだから」


 扉を開けて入ってきたディルを見て、カティが目に見えてぎこちない動きになる。マリスはディルを睨むが、ディルは意に介さない。


「カティを私として育てたらいい。私がカティって名乗ればいいだけ」

「そんなわけあるか。ところで、今から昼食か」

「だ、旦那様もこちらでお食事をなさいますか?」

「うん、そうだね。頼めるかな」


 もともと上からの指示で、急にディルが食事に割り込んでも対処できるよう、多めに準備している。だが、少し前まで一般家庭で暮らしていて貴族にも慣れていないカティにとって、ディルは雲の上の存在なのだ。鶏肉を切り分け、皿に移そうとしているが、普段通りに切れない。

 マリスは立ち上がり、用意をするカティに近づいた。


「貸して。やってあげる」

「お嬢様、これは私の仕事なので」

「でも、下手。いつも綺麗なのに。体調が悪い?」


 二人のやり取りを見て笑っているディルは、当然ながら自分が原因だと解っている。結局、立場が弱いカティは、マリスに包丁を取り上げられてしまった。

 カティが見守る中、マリスは器用に切り分けていく。


「久しぶりに刃物を持った。最近は礼儀作法ばかりで、体を動かしてない。ちょっとくらい運動したい」


 過去の経験を考えると、運動で済むのか解ったものではないが、体を動かしたい気持ちはディルにもよく理解できる。


「じゃあ、週に一回程度、私と模擬戦でもしようか。ちょっとは気が晴れるだろう?」

「うん、悪くない。ところで、仕事は? さぼり?」

「ちゃんとしてるよ。今日は城に行く日じゃないし、自宅で書類整理だよ」


 お前は俺の目付け役か、とこぼすディルに、マリスは真顔で反論する。


「目付け役じゃないけど、ディルがお金稼がないと、私たちの生活が困る」


 隣でカティが慌てたように手の上下運動を繰り返しているが、マリスには何がしたいのか伝わらない。ディルは、目を細めて微笑んだ。


「心配しなくても大丈夫さ。前にも言ったけど、マリスを学校に行かせる必要があるからね。その程度の蓄えはあるよ」

「カティは? カティだけ行かなくていいのはずるい」

「お、お嬢様、ずるいという問題ではなく……」

「一緒が良ければ、カティも学校に行けばいいさ」


 ぶんぶんと悲壮な顔で首を横に振るカティを無視して、ディルはあっけらかんと答えた。


「さすがに養子にするわけにはいかないから、後見って扱いにしておけばいいね」

「そ、そんな! 私なんかが学校に行くなんて……」

「そんなに行きたくないところ? 死ぬかもしれない?」


 カティとマリスが言い合っているのを聞き流しながら、ディルは今後の予定を検討していた。

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