プロローグ その1
誤字脱字などありましたら、ご指摘ください。
解りにくい表現なども、ご連絡いただけると嬉しいです。
暗闇に包まれた寝室で、男が一人眠っていた。男は若く、二十代前半から半ばくらいだろう。天蓋付きの寝台や部屋を飾る調度品、透明度の高い硝子が嵌った窓を見ると、部屋の主は大商人か貴族だと伺える。部屋の隣には控え室があり、呼びつけると即座に対応できるよう、常時使用人や護衛が控えている。
しかし、護衛が気付かないほど静かに、窓から侵入する影があった。影は気配を殺したまま眠る男に近付き、音も無く短剣を取り出した。黒く、光を反射しないようになっている短剣が首すじに振るわれる。それと同時に、寝ぼけた声があがった。
「二日酔いで頭が痛いんだから、もう少し眠らせてよ」
声と同時に、影の動きが止まる。影は男に掴まれた短剣を手放すと、後ろに下がりつつ懐から数本の投擲用の刃物を男に向かって投げつける。ほぼ同時にカンカンカンと軽い金属音が響き、刃物が絨毯に刺さった。
「旦那様!」
聞きつけた護衛が乱入してきて、部屋が明かりで照らされる。
「へぇ」
命を狙われた男が、興味深げに声を上げた。男が思っていた以上に、侵入者は小柄だったのだ。
「若いね。でも、大した度胸だ。逃げ道がないのに、慌てるそぶりもない」
「旦那様、落ち着き払っている場合ですか。さっさと縛り上げて、誰の差し金か吐かせますぞ」
護衛とともに入ってきた、長らく男に仕えている執事長は、呆れるような怒っているような、複雑な顔をしている。気にした様子もなく、男は侵入者に声をかける。
「こんばんは、小さな暗殺者さん。俺の名前は知ってるよね? 命を狙うくらいなんだから。でも俺は君の名前を知らない。これって不公平じゃないかなぁ?」
「ご自分のことは私と仰ってください。言葉遣いは普段から意識しないと、大事な時にぼろが出ますぞ」
「はいはい。で、名前は?」
護衛たちに囲まれ、手が出せず逃げられもしない侵入者は、興味が無いとばかりにため息を付いた。
「自分から名乗る程馬鹿じゃない。捕まって自白させられることも、ない」
そう言って、いつの間にか握っていた短剣を、自らの喉に突き立てた……かに見えた。
ぼとり、と短剣が手から落ちると同時に、侵入者は身体を震わせて倒れた。
「さすがは旦那様。焦ってなだれ込む必要はなかったですかな」
「まあ、おかげでこの子の退路を断てたし、誰も怪我をしなかったし。感謝してるよ」
寸前まで寝台で上半身のみ起こしていた男は、侵入者が自身に短剣を突き立てるよりも速く移動して、首筋に手刀を落としたのだ。一般人からは考えられない身体能力である。
「声変わりしていないし、まだ子どもだねえ。侵入経路の特定と裏を調べろ。たぶん2~3日は意識が戻らないから、目を覚ますまでに終わらせよう」
「かしこまりました。ところで……見たところ、まともな食生活をしていたとは思えませんな」
感想の通り細身というより痩せぎすで、育ち盛りの年頃にしては肉付きが悪い。検分していた執事長が主の誤りを指摘する。
「あと、この子は女の子です。目立った声変わりはしないでしょうな」
男だと思い込んでいたようで、えぇ? と間の抜けた声が上がった。