シルクハットの男
四人は世界中の様々な敵を倒しながらギルドのクエストをクリアし、そうしてギルドから得られる金とポイント──ギルドポイント──でスキルや装備を強化して、更なる敵とクエストを踏破した。この世界で名の知れたチームを上から数える事が可能ならば十指には入っただろう。
ギルドポイントと交換できるものはスキルや装備だけでは無い。その一つが特殊クエストへの参加権だ。この特殊クエストの中でも最高ランクの一つである「皇神との邂逅」。コーティがこれへの参加権を欲しがった為に今回の争論は起きた。
このクエストに参加するには膨大なギルドポイントの他に、特定の通常クエストをクリアしていなければならなかったが、四人の中でその条件をクリアしているのはコーティ以外では彼女と最も付き合いの長いホービーだけだった。そのクエストに進むとなれば必然、チームは解散となる。
問題はそれだけではなかった。そのイベントで待ち構える皇神はこの世界の創造主であり、四人が倒してきた魔獣や邪神などはおろか、彼等に試練を与えてきた幾多の神々すら足元に置く絶対唯一の存在なのである。冒険者の間では皇神と対峙して帰った者は居ないと言われて忌諱されていたし、実際、皇神との邂逅を果たした冒険者を彼等は知らなかった。
グレゴリは戦士、ネッドは盗賊、ホービーは剣士であり、コーティは賢者だった。そう、彼女は生粋の賢者だったのだ。全てに疑問を抱き、真理を探求し、叡智を渇望する、産まれついてのフィロソフィアだった。
翌朝。一向は獣道を分け進んで街道へ入った。コーティとホービーはギルド本部へ向かう為に街道を南下し、グレゴリとネッドは新たな仲間を求め王都へ向けて北上する事に決まった。
「楽しかったぜ今まで。なに、きっとまた会えるさ。志を高く持っていればな」
「二人の事は忘れないよ。また一緒に旅できるのを待ってるからね」
四人は握手を交わすと、それぞれの方向を目指して歩き出した。もう誰も振り返らなかった。
「ずっと気になっていたのよ」
ホービーはコーティにどんな言葉をかけるべきか思案していたが、やがて彼女の方から話が始まった。
「あの透明な壁や、目の前で突如消える人達の事を」
ホービーは返す言葉も無く、ただコーティの話を聞いていた。コーティと共に進むと決めたホービーだったが、実のところ彼にしても真理や世の中の仕組などに興味はなかった。
「何故だか解らないけど……私には時間が無い気がするの。一刻も早く皇神と会わなければ手遅れになる。ずっとそんな気がしてた」
ホービーにはその横顔が寂しそうに見えた。
ギルド本部は街からそう遠くない場所にある為、ほどなく到着した。
受付で件のクエストを希望すると、鍵を渡され、大陸中央に聳え立つ塔へ向かうよう指示された。だがあの塔の主である邪神アスラは以前のクエストで彼等が退治した筈だった。
二人が困惑していると、奥からシルクハットと黒の燕尾服で固めた男が現れた。
「アスラが座っていた玉座の奥の壁が隠し扉になっています。鍵穴があるのでその鍵で開けて下さい」
男はにっこりと微笑んだが、彼の笑顔はいつでもホービーの癪に障った。
「アンタがギルドの人間だってのは本当だったんだな」
いつも通り男に悪態をついて見せるホービーだったが、やはり男がそれを意に介す事はなかった。
この優男はホービー達の行く先々で神出鬼没に現れ、一方的にヒントを与える謎の人物で、彼の正体を、否、名前すら知る者はいなかった。ホービーはこの男が嫌いだった。
「行こう、コーティー」
ホービーがコーティーの手を強引に引いて受付を後にした。コーティーが振り返ると、もう男の姿はそこには無かった。
大陸中央の塔は天より高く聳えている。突端は霞みがかって消え、地上からその天辺を知る事はできない。かつて人々の間で頑なに信じられてきた楽園に通じているという噂も、今では多くの冒険者によって否定されていた。
ホービーとコーティーは再び塔へ挑戦し、以前より強くなったモンスターを倒しながら進み、男の指示通りに玉座背面の隠し扉から更に上へと昇った。そこには今まで倒したリーダークラスの幻獣が復活して待ち構えており、二人は辛くも撃破しながら塔を昇り続け、ようやく最上階へと辿りついた。