荒野にて
「どうしても行くのか?」
グレゴリがその隆々とした腕を曲げて顎鬚をさすりながら訊くと、彼女は強く頷いた。
「ずっと前から考えていたの。ずっと皆と旅をしていたかったけど、これは私の目標なのよ。皇神に会えばこの世の真理が、これまでの理不尽な事の仕組が解る筈なの」
「だがなコーティ。皇神に会って戻って来た奴は居ないって話はお前だって知ってるだろう。あのギルド関係者だとかいう男もそう言っていたじゃないか。他の同業連中だって同じ事を言ってる」
夕闇を剥ぎ取る焚火をコーティの頬が照り返す。切り立った岩だらけの川原には野鳥の声さえ届かず、薪の爆ぜる音だけが響いていた。火の周りに突き立てた串肉から滴りる脂は四人の食欲を刺激したが、誰もそれに手を付ける事をしなかった。
「僕は世界の真理になんて興味無いけど……、止めるべきだだと思うよ。そんな危険な事の為にギルドポイントを使うなんて間違ってる。これまで苦労して魔獣を狩ってきたのは、更にその先の冒険へ向けての事じゃないか。少なくとも僕はそう思ってたよ。コーティは違うの? 戻って来れないクエストなんて他に聞いた事ないよ」
四人の中で一等小柄な盗賊のネッドは大袈裟にジェスチャーし拗ねて見せた。今回の件──「皇神との邂逅」への挑戦──を最も反対し、最も残念がっているのが彼だ。
「まあ、ポイントを何に使うかは各々の自由だ。俺達がどうこう言う事じゃないし、言った所で聞くコーティじゃないだろう。仕方の無い事さ。……それより俺等はともかくお前はどうするつもりなんだホービー」
コーティと最も付き合いの長い彼、ホービーは今回の件が問題になってから殆ど喋っていなかった。元々口が達者ではないホービーだったが、落胆ぶりはネッド以上と言えた。ホービーは焦げていく肉を俯きがちに睨付けたまま、十分に間を含ませてからゆっくりと口を開いた。
「ずっと昔、僕は兄のお下がりの靴を履いていたんだ。だけどその靴あまりに大きくて歩き辛い上に靴擦れも酷かった。けど母親は『あなたもすぐに大きくなるんだから我慢しなさい』と言い、それが当たり前の事だと思っていたから、その合わない靴を履き続けていたんだ。
けど、その少し後。とても見た目の格好いい靴を見つけて、僕はお小遣いを貯めてその靴を買った。別にそれまでの靴が嫌だったとか──さっきも言ったけど合わない靴を履くのはそのくらいの子供にとっては当たり前の事だと思っていたからね──履けないくらいボロボロになったとかいう訳じゃない。けど、新しい靴を履いてみて驚いた。とても歩きやすくて足にピッタリとフィットしたんだ。それでようやく兄の足は人並み外れて特別大きかったんだという事に気付いて、僕はそれまでの靴を勿体無いけれど捨て、新しく買ったその靴だけを履くようになったんだ」
再び川原には薪の爆ぜる音だけが響き、三人は身じろぎもせず、かつては串肉だった炭の塊を眺めていた。ネッドだけが不安そうに彼等を見回してどうして今そんな話をするのかと訊いたが誰も答えなかった。