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イオナ  作者: 響子
10/13

10 REIGN OF FIRE(サラマンダー)

『あにいもうと』の03話の後ですが、読まなくても繋がります。

 色々あって、ぼくが呼んだ友人のケンジが、高邑さんの妹さんの髪をカットしてあげた。でまあ、あいつは例によって失礼な口の利き方で……、かなりのシスコンな上に、確か警察官だという高邑さんが、どう見てもむっとしてるから……、ぼくは冷や冷やして見てた。

 それでも無事に終わり、高邑さんはぼくだけに挨拶をして去っていく。割と、分かりやすい人だ。

「島村さん、お世話になりました」

 この間ヒバリが、ぼくのことををそう呼んでいたのを、覚えていたらしい。だけど、違いますと言う前に、妹さんを連れてさっさと出ていってしまった。

「何でお前のこと、『島村』っていうんだ?」

「こないだ、とある小僧が、ぼくのことをそう呼んでたのを覚えてるんだろ。元々はそのガキが、ぼくを『ジョウ』って呼び出して」

「ふんふん、009か。でもお前、『ジョウ』でもないだろ?」

「だからその『ジョウ』っていうのも、訳があって。パソコンなんかでさ、」

「いいよもう。面倒臭いから」

「自分から聞いておいて、何だよ」

 ケンジはさっさと帰ってしまった。でも、高邑さんの妹さんの髪が、気に入ったのは確かなようだ。そしてぼくは、営業時間内だというのに店に掃除機をかける羽目になる。

 そのとき、ふと、気づいた。なるべく急がせるとは言っていたけど、手術後すぐには間に合わないよな。柔らかい生地のスカーフで、包むように結んだらいいんじゃないか。お見舞いがてら、届けてあげよう。そして、そのついでに……、イオナのところに寄ってみよう……。


 正直言って、ついでの用事の方が大きいのだが。あの病院に行ったら、さっそくつまづいた。『高邑さん』という女性は、入院などしていないというのだ。でも確かに、イオナは彼女をここで見かけたと言っていたのに。受付で押し問答をしていたら、嫌な相手が通りかかる。

「何の用だね。まさか、どこか悪いという訳でもあるまい」

「具合が悪くなっても、ここにだけは来ませんよ」

「うむ、それは助かる」

 皮肉の応酬のあと、念のために聞いてみた。一応、この病院の責任者なのだし。

「うちのマンションに住んでる人のご家族が、ここに入院してるみたいなんですけど。目がご不自由な若い女性で、明後日、手術を受けるとか。その人は高邑さんっていうんで、病室をお聞きしようとしたら、そういうお名前の方はいらっしゃいませんし、病状などを言われても、推測でお教えする訳にはいかないって」

「当然だ」

「……本当に、嫌な奴だな」

 言っただけ、損をしたような気がする。それでも、院長はぼくを奥へと促す。

「だが、受付で騒がれても迷惑だ。こちらへ」

「心当たり、あるんですか」

「君のところの住人と、患者との関係は?」

「その人の、妹さんだって聞いてます」

「では、同一人物だろう。ついて来なさい」

 指差された病室の名札には、『三宅陽美』と書いてあった。これで『ハルミ』と読むのなら、あの人は『ルミ』と呼んでいたし、そうなのかもしれない。

「おや、どこかへ出ているのかな」

「院長先生」

 母親らしい人が急いで立ち上がり、深々と頭を下げる。

「では、私はこれで。忙しいのに、君のために時間を無駄にした」

「どうも済みませんね!」

「あの、何でしょうか……」

「あっ、その、ええっと。唐突ですが、高邑さんってご存知ですか、高邑宏一郎さん」

 有難いことに、その人は二人のお母さんだった。姓が違うのは、家庭の事情だろうし、興味を持つのも失礼だと思う。もしかしたら、妹さんがもう結婚しているという可能性もない訳じゃないし。

「ぼくは高邑さんの住んでるマンションの大家で、建物の一階でブティックをやってるんですが、妹さんのご事情を説明され、何か頭を覆うものか、ウィッグを見繕ってくれと言われて」

「それはそれは、ご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。友人が美容師をしているので呼んだら、いっそ、ご自分の髪の毛でウィッグをという話になって、妹さん、陽美さんも、その気になられたんですが、すぐには出来上がらないらしいんです」

「あらまあ」

 だから、お見舞いがてらスカーフを、と言ったら、その女性は口元を手で覆い、一歩後ずさる。何があったのかと思ったが、ただ、泣きそうになっただけだった。

「……優しい方なのですね。宏一郎がそちらにお世話になったのだって、つい最近でしょう? それなのに、勝手を申し上げてご迷惑をおかけした上に、お心遣いまで……。ありがとうございます」

「えっ。いえあの、そんな……」

 ぼくがあわあわしていると、その人はもっと恐ろしいことを言いだした。

「あなたのような方が、陽美をもらってくださればいいのに……。ああ、ごめんなさいね。詰まらないことを」

「いえ」

「宏一郎に聞かれたら、怒鳴られますわ。陽美を溺愛しているんです。あれではどちらも、結婚なんか夢のまた夢で……」

 ぼくのどこかが気に入ったのか、あるいは単に、話し易いからだろうけど、女性はしばらく一人で喋っていた。家族の人だって、頭の手術なんか怖いよな。だからきっと、お喋りしたかったんだろうって思って、黙って聞いていた。

「……すっかりお引き留めしてしまいました。後ほど改めて、ご挨拶に伺わせていただきます」

「どうぞお気遣いなく。退院されて、近くにいらっしゃることでもありましたら、店の方にでもお気軽にお出でください。ああ、そうだ。先日、陽美さんにって、コートをお買い求めいただきました。その節は有難うございます」

「まあ、まあ……」

 誰かが喜んでくれたと思えば、気持ちも軽くなる。少しはいいことをしたんだろう。だからぼくも、ご褒美代わりに彼女に会って行こう……。そう考えて、ぼくはエレベーターホールまで戻り、上昇ボタンを押した。


 病室のドアって、大抵はいつも開いているものだが、イオナの部屋のドアは閉まってる。でも鍵はかかってないから、ノックして声をかければ、普通に入って行けるんだけど。

「イオナ、いる?」

 引き戸に手をかけて軽く力を入れれば、すーっと右に開く。カーテンを引いてて、部屋の中は少し薄暗い。

「あ、ごめん。眠ってたのかな……」

「眠ってはいない。何の用だね」

 返事をしたのはイオナではなく、あの、医者だった。

「……何であんたが、ここにいるんだよ」

「彼女を治すのが、私の仕事だからな。君こそ、先程の女性患者の見舞いが済んだのなら、さっさと帰りたまえ。ずい分と気の多いことだ」

「うちのマンションの人の家族だって言ったろ?わざとイオナに誤解させようとして、何て言い草だ」

「君になど興味はないはずだから、誤解も何も……。おや、起きるのかい?」

 途中で猫なで声になって、彼女のベッドを起こしてあげてる。横になっていたということは、あんまり具合は良くないんだろうか。逆に、あの男も手を出せなかっただろうとも言えるが、さすがにそれよりは、心配の方が先に立つ。

「大丈夫?」

「ありがとう。ついででも、寄ってくれて嬉しいわ」

「違うよ。ここに来るついでに、用足しをしただけ」

「私の手まで、煩わせてか。かなり必死だったようだが」

 横から医者が口を出し、ぼくもむっとした。

「恩着せがましいな。忙しいんだろ? 仕事すれば?」

「そうだな」

 コツコツ靴音をさせて窓際に行き、わざと勢いよく、カーテンを開ける。まるで今まで、部屋の中を隠していたみたいだ。

「では、また今夜」

 イオナに向かって優しく言うと、ぼくのことはもう無視して、さっさと出ていく。

 聞きたいことは山ほどあったけれど、上手く言葉に出来ない。あの男が、我が物顔にふるまうのも、どうせ思わせぶりの嫌がらせだろうけど……。

「あの医者も、耐性がついたのかな」

「なあに?」

「きみに、あんまり馴れ馴れしくすると、茶化されて振られるんだけど。ぼくくらい鈍くなかったら、腹を立てて、すぐ出ていくんじゃないかなって」

 イオナは悲しそうに、ぼくを見た。

「本当は、違うことを考えているでしょう」

「……うん、ごめん。あいつがきみを、力ずくで手に入れたのかと思った。でもきっと、何もなかったと思う。信じるよ」

「相変わらずね。院長先生は最近、とても優しいの」

「ふうん。路線変更かな。べたべた甘やかして、きみに好かれようとして」

「きっと、あんまり良くないからだわ。もうすぐ死ぬから、優しくしてくれるんでしょう」

「止めなよ!」

 大きな声を出してしまい、慌てて謝ろうとしたが、イオナが先に口を開いた。

「……あのひとは、毎晩来るわ。朝までいるときもある。そういうこと。だから、あなたももう、私なんか相手にしないで、」

「きみが好きで、用もないのに来てるだけだろ。ぼくやヒバリと同じで、可愛いものだよ」

「無理にそう言ってくれる必要はないわ。軽蔑してくれていい。あなたは元々優しい人だけど……、それでも怖いわ。ねえ、教えて。私以外は皆、知ってるんじゃないの? 本当は私、もうすぐ、」

「止めなって、言ってるだろ。誰も何も知らないよ。ただあの医者は、治す気まんまんだけどね」

「私が死んだら、院長先生には、データが残るわ。だけどあなたには、迷惑がかかるだけ。だから今のうちに、」

 三度目の泣き言は、キスで黙らせた。やっぱり、応えてはくれなかったけど。

「こういうの、あんまり好きじゃない。もうすぐ死んでしまうにしても。もしも若くて綺麗で健康で、男の人をからかう元気があったとしても……、誰にでも、なんて……」

「きみは十分に、若くて綺麗じゃないか。それに、」

 言いたいことは、何となく分かった。どの程度までか知らないが、知りたくもないが……、あの医者も、彼女に、触れているのだ。イオナはきっと心細くて、毎晩訪れるというあの男に、つい縋ってしまうのだろう。

「これからは、ぼくだけにすればいい」

「優しくしないで。私には、そんな価値はありません。元気が出たら、また遊びに行くわ。そろそろ、引き払わなくちゃね」

「駄目だよ。あのオフィスは、イオナだけのものだ。ずっと、待ってる」

「ありがとう。おやすみなさい」

 まだ夕方だけど、そう言って目を閉じられれば、ぼくも引き下がるしかない。

「うん……。ゆっくり休んで」

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