炎の魔法少女は「最強」でいたい。――赤園レイカの煌びやかな日常と、隠した罪
「おらレイカ! グズグズしてんじゃねぇ、早くタバコ買ってこいよ!」
「あ、ハイ! すぐ行くッス!」
深夜のコンビニの駐車場。けたたましい排気音を鳴らす改造バイクの横で、私はヘラヘラと愛想笑いを浮かべながら、先輩のパシリとして小銭を握りしめて走った。冬の冷たい風が、ペラペラの安物のダウンジャケットを通り抜けて肌を刺す。
これが、数年前までの「あーし」――赤園レイカのクソみたいな日常だった。
家賃数万円の壁が薄いボロアパートに帰れば、毎日毎日、パチンコと酒の金をめぐって怒鳴り合う両親がいる。酒臭い息、飛んでくる灰皿、ヒステリックな金切り声。そんな家には一秒たりともいたくなくて、私は夜な夜な街をうろついていた。
行き着く先は地元の不良グループの溜まり場だったが、そこにあーしの居場所があったわけじゃなかった。ただの「便利なパシリ」。先輩たちの機嫌を取り、笑い者にされながらも、そこにしかいられない金づる以下の底辺女子だ。
退屈で、金もなくて、未来なんて何も見えなかった。
ただただ、息苦しいだけの泥沼。それが私に与えられた世界のすべてだと思っていた。
あの日も、最悪な夜だった。
隣町の、仲の悪い別の不良グループとトラブったらしい。いつもあーしをパシリにしていた先輩たちが、青ざめた顔であーしを路地裏に呼び出した。
そして、待ち構えていた敵対グループの連中の前に、あーしを突き出したのだ。
「こ、こいつがやったんスよ! そっちのチームの財布盗んだの、全部このレイカって女が勝手にやったことで!」
「は……?」
意味がわからなかった。あーしはそんなことしていない。
だが、裏切った先輩たちはあーしを置いて脱兎のごとく逃げ出し、残されたあーしは、柄の悪い男たちに完全に包囲された。
「へぇ、お前がやったのか」
「ちが、あーしは何も……!」
弁解する間もなく、硬い拳が頬にめり込んだ。
コンクリートの地面に倒れ込んだあーしに、容赦ない蹴りの雨が降る。
「痛ッ、やめっ、あぐッ……!」
鉄の味が口の中に広がる。全身の骨が軋み、視界がチカチカと点滅した。
男の一人が、しゃがみ込んであーしの髪を乱暴に掴み上げた。
「落とし前、どうやってつけてくれんだ? お前、顔はそこそこなんだから、売春でもさせて償わせるか? なぁ?」
下劣な笑い声が路地裏に響き渡る。
ショックだった。いや、ショックを通り越して、自分という人間の価値の無さに何かがプツンと切れる音がした。
親にも愛されず、居場所だと思っていた連中にもゴミのように捨てられ、挙句の果てにこんな男たちの慰み者にされる?
これが、あーしの人生?
ポロポロと涙がこぼれた。それと同時に、腹の底から乾いた笑いが込み上げてきた。
「あはは……ははっ……」
「あ? なに笑ってんだこのアマ」
(こんな日常なんて……全部、全部、跡形もなく壊してやりたいッ!!)
胸の奥で、ドス黒い怒りと憎悪がマグマのように沸騰した。
その時だった。
ボワァァァァンッ!!
男たちの背後に停められていた何台もの改造バイクが、突如として猛烈な炎を上げて燃え上がったのだ。
「なっ!? なんだこれ!!」
「熱ッ! どこから火が――」
あっけにとられている男たち。だが、炎は彼らの驚きを待ってはくれなかった。
熱に耐えきれなくなったバイクのガソリンタンクが次々と引火し、鼓膜を破るような大音響とともに連鎖爆発を起こした。
ドガァァァァンッ!!!
爆風と熱波が路地裏を吹き飛ばす。
あーしの視界は、美しく燃え盛る紅蓮の炎で真っ赤に染まり――そこで意識が途切れた。
「う……ん……」
目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。消毒液の匂いが鼻をつく。体を起こそうとすると、全身が筋肉痛のように痛んだが、幸いにも致命傷はなかった。
病室に入ってきた看護師が、あーしが目覚めたのを見てホッとしたような顔をした。
「よかった、気がついたのね。……あなた、本当に運が良かったわよ。かすり傷程度で済んだんだから」
「あーし……」
「でも、一緒にいたあの不良の男の子たちは悲惨よ。大小の火傷や爆発の破片で、全員大怪我。中には重症の子もいるわ」
看護師の説明を聞いて、あーしの脳裏に、あの路地裏での凄惨な光景がフラッシュバックした。
自分を殴りつけた男たち。突如燃え上がったバイク。すべてを吹き飛ばした爆発。
だが、何が起きたのか全く理解できなかった。
(……なんで、急に火が?)
「ひっ……!」
あの日、あの瞬間の恐怖を思い出し、頭を両手で抱え込んだ。
その時だった。
ジリリリリリリッ!!!
突然、けたたましい火災報知器のベルが病室中に鳴り響いた。ふと顔を上げると、病室の窓を覆っていたカーテンが、突如として燃え上がっていたのだ。
「きゃあああっ!? 火事っ!?」
看護師が悲鳴を上げ、慌てて病室を飛び出していく。廊下から「消火器を持ってこい!」という大人たちの怒号が響く。
あーしはベッドの上で、白煙を上げて燃えるカーテンを、ただ呆然と見つめていた。
(……なにが、起きてるの?)
* * *
退院して数日後。
アパートの前に、黒いスーツを着た中年の男が立っていた。「公安の、田中だ」と名乗ったその男は、有無を言わさずあーしを黒い車に乗せ、郊外にある、体育館くらいの広さがあるコンクリートに囲まれた巨大な部屋へと連れて行った。
施設の中心には、マネキンやドラム缶、廃棄された車両などが無造作に置かれていた。
「あの夜の状況を思い出して、炎が出るか試してみてくれないか」
防弾ガラスの向こう側から、マイクを通して田中の指示が飛ぶ。
あーしは言われるがままに、手のひらを前に突き出し、「炎、出ろ!」と念じてみた。だが、何も起きない。
「ダメですね。……あのバイクが燃えた火の夜、当時の状況を思い出して試しなさい」
田中が問いかける。
あーしは目を閉じ、あの夜の屈辱と怒り、そして自分自身の価値のなさに絶望した瞬間を思い出そうとした。
急にそんなことを言われても、思い出したくない記憶であったため、なかなか明確に思い出せなかった。
一時間ほどいろいろと試したが、炎なんて出る気配はなかった。
「……期待外れか」
田中が諦めるような顔をして呟いた。
レイカは何を期待されていたのかは分からなかったが、このままでは『ただの役立たず』として扱われ、あのクソみたいな日常に戻されるのだと恐怖した。
パシリにされ、殴られ、慰み者にされかけた、あの薄暗い底辺の世界へ。
(冗談じゃない。あんな世界に戻るくらいなら……!)
数十メートル先のマネキンを睨みつけながら、ドス黒い感情をぶつけた。
あーしをバカにした先輩たち。助けてくれなかった親。あーしを見下す、すべての人間たちへ。
(消えろ……あーしの視界から、全部消えてしまえッ!)
カッ、と指先の空間が歪んだかと思うと、マネキンの一つが、一瞬にして爆発的な炎に包まれ、ドロドロに溶け落ちた。
「ほう……今のは……」
ガラスの向こうで、田中が目を見開く。
レイカは何度も呼吸を整え、あの夜の怒りを再び胸の奥底から引きずり出した。トライアンドエラーを繰り返すうちに、怒りの熱量が空間の一点に収束する感覚を掴み始める。
そして――
カッ!!
今度は狙いすましたように、ドラム缶が凄まじい爆炎を上げてひしゃげた。
ガラスの向こうで、田中が満足そうにゆっくりと頷いた。
「素晴らしい。君の能力は本物だ。……君は今日から『魔法少女』だ」
そこからのあーしの人生は、まさにシンデレラストーリーだった。
「空間に炎を発生させる」という圧倒的な能力。政府から正式にライセンスを与えられ、大手エネルギー企業がスポンサーについた。一躍トップスターの仲間入りを果たした、炎の魔法少女・赤園レイカ様の誕生だ。
それから三年が経ち、十六歳になった現在。
都内の高級ショッピングモールにあるVIP専用ラウンジで、あーしは自撮りをしてSNSにアップする。秒で数万の「いいね」がつく。
今のあーしは、どこに行っても主役だ。莫大な報酬で手に入れた都内の高級マンション。クローゼットにはハイブランドの服が並び、テレビをつければ、自分が刃物を持って立てこもった強盗犯を炎で威嚇し、見事に制圧したというニュースが流れている。
毎日喧嘩ばかりしていた両親は、今ではすっかり態度を変えた。
「レイカちゃ~ん、ケーキ買ってきたわよ。ママにできることない? ……そうそう、今度パパと温泉に行きたいな~と話していたんだけど、ちょっと援助して貰えるかな?」
あのカビ臭いアパートで灰皿を投げていた母親が、今ではあーしの顔色を窺いながら、媚びへつらうように金の無心をしてくる。
昔あーしを路地裏に置き去りにした不良の先輩たちも、今では街でレイカの姿を見かけると、露骨に顔を青ざめさせ、足早に道を開けるようになった。かつてのように軽口を叩く者は誰一人おらず、万が一にもレイカの機嫌を損ねてあの時のように黒こげにされることを恐れ、遠巻きに怯えた目を向けるだけの関係性になっていた。
(マジで、才能に目覚めてよかったわー。あーしは最強っしょ)
誰からもバカにされず、主役としてチヤホヤされるこの日常。これこそが、あーしが手に入れた最高の居場所だ。
このまま何不自由なく、この世界を死ぬまで満喫してやる。主役として扱われる日常は、何よりも大事だ。
……ただ、たまに面倒な「裏の仕事」も頼まれる。
ふと、三年前にスポンサーを通じて、あの「聖女」こと桐里ミチルから直接頼まれた仕事が脳裏をよぎった。当時十三歳、右も左も分からなかった魔法少女になりたての頃の依頼だ。
『不要になった廃工場を、跡形もなく燃やしてほしいの。中に『ネズミ』がいるかもしれないけど……レイカちゃんなら、できるよね?』
あの時、ミチルは天使のような笑顔でそう言った。
正直、深く考えるのは苦手だ。「あーしに任せな!」と二つ返事で引き受け、指定された通りに出入り口を塞ぐように炎を出し、工場を丸焦げにした。
調子に乗って安請け合いしたけれど、本当に良かったのだろうか。
燃え盛る炎の中で、工場のシャッターの奥から、何かを必死に叩くような鈍い音が聞こえた気がした――なんて、ただの気のせいだ。
(あの時に工場に居たのは本当に『ネズミ』だったのか、実はネズミじゃなくて本当は『人間』がいたりして……?)
その考えが頭をよぎるたび、体の芯がブルッと震える。
あーしは人殺しなのか? このキラキラした日常は、誰かの命を焼き尽くした上に成り立っているのか?
「……いやいやいや! ナイナイ!」
あーしは首をぶんぶんと振って、その嫌な考えを強引に振り切った。ミチルは、みんなから「聖女」って呼ばれてるくらい優しい子だ。そんなミチルが、人を殺すような酷い事を依頼するわけがない。中にいたのは、きっと本当のネズミだったんだ。そうに決まってる。
深く考えるのは、あーしの柄じゃない。あーしが考えなきゃいけないのは、明日の新作コスメと、週末の合コンのことだけだ。
「今日も晴れた良い日だ。ネイルでも新しくしにいくか!」
あーしはブランドのバッグを手に取り、ラウンジを飛び出した。
眩しい太陽の光が、あーしを明るく照らしている。あーしは表舞台の主役。この先もずっと、この光の中で生きていくんだから――。
本編『魔法少女が表なら、忍びは裏。——国に見捨てられた姉妹は、偽りの聖女を影から狩る』にて主人公と敵対する魔法少女の物語になります。




