花一輪の手向け
佇む彼がそこにいた。
雨の中、傘も差さずじっとその場にいた。
振り返る者もいない。
あっ、またあれだなと私は感付いた。
「どうしたの?」
私は彼を傘の中に招き入れ、問いかける。
彼はキョトンとした目で私を見つめるだけ。
何も返事は返っては来ない。
私も返事を期待していた訳では無かったので、特に気に病む事も無かった。
それから私が微笑むと、彼もぎこちなく笑んだ。
辺りを見回し、そのあたりに生えている雑草の花を見つけた。
私は無造作にその花を手折ると、彼の足元に供える。
そして、膝を折りたたみ、手を合わせた。
目をつむり、彼の安寧を祈った。
次に目を開くと彼の姿はもう何処にもない。
「花一輪で成仏か。それならもっと早くに見つけてあげられたら良かったのにね。でも、誰にも気づかれない時間が長くあったから花一輪でも十分だったのかしら?」
私は何もない空に話しかける。
そして、何もない空から返事が返る。
『私には何とも。それよりも姫。そう易々と誰彼なしに話しかけるのはおやめくださいとあれほど。人間に善人と悪人がいる様に幽鬼にも善悪があるのです。先程の様な行動は危険・・・』
「そのために貴方がいるのでしょ?」
『そうではありますが』
「なら何の問題もないでしょ?」
『四条家に憑いてより幾年、貴方様ほどのお転婆は初めてでございます』
「あら、主人に向かってその口のききようは無いんじゃない?」
『これは失礼。つい本音が』
まあ、いいわと私は言って歩き出す。
四条は死浄、幽鬼の類とは縁が深い。
見えるのはよくあることだ。
とは言え、この長雨。
幽鬼が出やすいのは何故だろう?
傘の花の中に映っている鬱々とした表情。
あれが誘い水となっているのだろうか?
そんな風に私には思えてならない。
空を見れば、まだ曇天。
雨は続きそうだ。